イカとクジラ
2008年 07月 21日
で、2005年に公開されたノア・バームバック監督・脚本の「イカとクジラ」を観たのでした。この作品、万人が絶賛するようなものではないと思うが、私はかなり気に入ったし、面白かった。とにかく、監督自らの脚本における人物描写が実に巧みでリアル。ベースにはご本人の子供時代があるようで、やはりこれほどまでに赤裸々に家族の姿を描くのには実体験が絶対必要だわな。
バームバックは「ウディ・アレンの再来」とも呼ばれているらしく、確かにそれを感じさせる「臭い」みたいなものがある。ブラック・ユーモア、皮肉、諦観を通奏低音に置きながらも、現代のポップ感覚やノリがあるので、観ていて楽しいのだった。と同時にイタイというかコワイというか。(これ以後はネタバレになりますので、ご注意を)
とにかくとにかく、ダメな負け犬家族の物語。ほんとにほんとにとことんダメな人間達。特に父親は最悪最低な存在だが、妙に憎めない。非常に親近感を憶えた。かつては人気作家だったが、今はスランプで落ちぶれてしまった彼の心情や嫉妬、傲慢、思いやりのなさ、それでいてやけに知識をひけらかして優越感にひたろうとするセコさ、その人間としての「小ささ」全てに共感してしまう、というか「自分に近い」と思ってしまう。
その父を崇拝し、カフカは凄いと父から聞けば読みもしないで人に吹聴し、ガールフレンドの扱いまで父から指南を受ける長男、結局それも外面だけで中味はナシ、つまり崇拝しているフリをしているだけなのに、自分はそれに気付かないでいる。そしてあげくには、彼はピンク・フロイドの曲をパクって自作として発表する。それでも悪びれた様子を見せない。
そんな彼の姿は自分にも「身におぼえ」がある。
母親は唯一成功者のようだが、実は彼女も欠陥人間で、ダメ夫への不満を浮気に求め、子供への配慮にも欠け、デリカシーがない。1人奇行に走る次男は、世の中的には一番危ない存在だが、逆にここでは一番「真っ当な」態度、反応に映る。傷ついた心を素直に表していたのは次男だけだった。
だが、このどうしようもない家族がとっても身近に感じられるほどリアリティがあったのは、脚本の素晴らしさとともに、役者の巧さもあったと思う。特に父親のジェフ・ダニエルズは大変な好演で、最高にハマっていた。彼は出世作とも言える「愛と追憶の日々」で、デブラ・ウィンガーの夫役を演じたが、これもどちらかと言えばダメ夫で、まさにこの手のものはお得意なのかも。他の3人の家族役の役者さん達も素晴らしい。さすがアメリカの俳優のレベルの高さを感じる。
で、エンディングでは長男がほんの少し「希望」を感じさせる、そしてこの映画タイトルの謎解きをみせてくれるシーンがあり、それもあっさりと表現するので、ハリウッド的スピルバーグ的にはなっておらず、その辺にもバームバック監督のセンスの良さを感じた。
だが、それ以上に印象に残ったのは、そのラスト2つ前のシーン。心臓発作で倒れ救急車で搬送される夫が元妻に向かって、「感謝」を言ったり「許し」を請うのかと思いきや、ゴダールの映画「勝手にしやがれ」での主人公の最後のセリフを披露し、それもJ・P・ベルモンドのようにかっこ良く「キマラナイ」という徹底的なダメぶりが、スゴイ!
そしてラスト前、病院のベッドで寝ていながらも相変わらずの父親の姿を見て、長男はそこからの脱出を決断するわけだが、その父の姿はカフカの「変身」における主人公がオーバラップする。まさに、父親は「虫」に変身した。だが、それでも自分ってものに気付いていない。
この映画は観ている時は、苦笑の連続で楽しく過ごせるが、終わってからいろいろと怖さを感じるものだった。でも、かなり好き。ノア・バームバック監督はこれからも注目したい。