(1)からの続き。

 m6.上を向いて歩こう〜7.テネシー・ワルツ

 アコギとコーラスにプロデューサーの森さんを迎えての中盤戦。ここでは、カヴァー曲で少しリラックス・モードへ。

e0093608_13343036.jpg m6は言わずもがなの坂本九さんの大ヒット曲。ウィキペディアによると、当初は日本歌謡界での評価はあまり高くなかったとのことで、それは、九ちゃんの歌い回しが耳に合わなかったらしく、作詞の永六輔さんも、『「ウエヲムーイテ」が「ウヘホムフイテ」に聞こえ、「何だその歌い方は!」と九さんに向かって激怒し、「これでは絶対ヒットしない」と言った』という、今では信じられないような話が残っている。また、爆発的な売り上げ(3ヶ月チャート1位)だったにもかかわらず、日本レコード大賞の候補にも選ばれなかった。
 ところが、1962年にフランス、イギリスなどヨーロッパでヒットし、63年にはアメリカにおいても1位となり、翌64年には100万枚突破でゴールドディスクを獲得する大ヒットとなった。これら世界での大成功により、日本での不当な評価は覆されたのだった。

 永さんが最初気に入らなかった、九ちゃんの独特な歌い回しは、プレスリーやバディ・ホリーといったロカビリーからの影響だけでなく、彼の母上から教えられた小唄や清元の影響だと言われていて、永さんも後に、九ちゃんと邦楽の歌い方を結びつけて、それがこの歌の世界的なヒットと関係があると考えたとのこと。
 それは、東洋的なエキゾチックさが西欧に受けたということもあるだろうが、基本的にメロディに字数をきちっと合わせた結果が「ウヘホムフイテ、アールコウホウホウホウ」であり、それによって八大さんのメロディの良さが生かされ、言語・文化を越えて世界で受け入れられたのだと思う。

 中村八大さんが亡くなった時の追悼番組の映像がYouTubeにあり、ここでの永六輔さんの話がすごく面白い。(5分24秒から)


 この追悼番組はとても良いので、絶対に観る価値ありです。残念ながらパート4が削除されていますが、それ以外は残っていますので、一度ご覧あれ。「六八九」の偉大さを再確認しましょう。

 上を向いて歩こう~中村八大 こころのうた
2/6 3/6 5/6 6/6

 続いて、"テネシー・ワルツ"。きしくも2013年1月1日にパティ・ペイジが亡くなった。今回、この曲を演奏できたことで、個人的にはこの偉大な歌手への敬意と追悼の気持ちを少しでも表せたかと思う。
 この曲は1948年に作られたもので、大スタンダード曲だが、最もヒットして有名なのが、1950年のペイジによるバージョンで、ここではボーカルを彼女が多重録音しているのが特徴。彼女は1947年に"Confess"において多重録音によるボーカルを世界で初めて行った人だが、この時は予算がなく、他のパートを歌う歌手を雇えなかったためだった、というのだから面白い。
 もちろん、そのような話を知らなくとも、彼女の歌の素晴らしさの価値は変わらない。一度聴けば、その美しさに夢中になるだろう。



 もう1曲、彼女のマルチトラック・レコーディングの代表作"With my eyes wide open I'm dreaming"もお聴きください。レコードに「Voices by Patti Page, Patti Page, Patti Page, Patti Page」って書いてあります。それでも足らずに、「Patti Page Quartet」ってダメ押ししてあります。



e0093608_13375644.jpg テネシー・ワルツに戻りましょう。日本でも江利チエミさんが1952年にカヴァーしてこちらもヒットした。12歳から進駐軍のキャンプ回りをしていたチエミさんが、自ら決めたデビュー曲が"テネシー・ワルツ"だったのだ。この時のレコーディングが14歳である。
 チエミさんの"テネシー"の特徴は、何と言っても英語と日本語の「チャンポン」であるということ。これは、その後の洋楽カヴァーブームへの先駆けとなった。

 翌53年にはアメリカに招かれて、キャピトルで「ゴメンナサイ / プリティ・アイド・ベイビー」をレコーディング、ヒットチャートにもランク・インしたのである。つまり、日本人で初めてのアメリカ進出を成功させたのは、江利チエミさんだったのだ。
 "ゴメンナサイ"はいわゆる「進駐軍ソング」のひとつで、リチャード・パワーズのものがYouTubeで聴ける。

 そして、これをアメリカで日本人歌手が歌うことになり、抜擢されたのが Chiemi Eri であった。だが、この時の"ゴメンナサイ"が、検索してもどこにもない。そうしたら、こんな記事が。
「江利チエミ:幻のレコード 没後30年、米で発見」毎日新聞 2012年08月08日
 今まで、この曲は日本では発売されず、その存在もずっと忘れられていた。それが、ようやく発見されたということだが、キング・レコードもずいぶん怠慢だったのでは?まぁ、その辺はいろいろ事情もあるのかもしれないが、いずれにしろ、アメリカのコレクターからSP盤を取り寄せて確認したというのだから、今後は正式な日本リリースに是非ともこぎ着けてほしいものだ。
 これにより、江利チエミさんへの再評価が起こるかもしれない。現在の由紀さおりさんにつながる第一歩は彼女だったわけだし。
 
 また、江利さんはその時のアメリカ訪問ではロサンゼルスなどでのコンサートが大好評で、「JAPANESE AMERICAN NATIONAL MUSEUM」にも書かれておりました。

 他にも、この頃のチエミさんについてのくわしい記述は「その2 ゴメンナサイ - 江利チエミファンのひとりごと」をどうぞご覧ください。
 また、進駐軍ソング"ゴメンナサイ"関連ではこちらも「進駐軍ソング EP盤:pei's-discs ・ガロート珈琲の音源:So-netブログ」
 いやぁ、今回いろいろと勉強になりました。ネットよ、ありがとう。そうだ、美空ひばりさんの"The Soba Song/チャルメラ・ソバ屋"とか細野晴臣さんやディック・リーがカヴァーしてた"ジャパニーズ・ルンバ"もなかなかイケますよ。





 と、カヴァー曲からいろいろと大脱線していきましたが、これまで知らなかった事柄も多く、長々となってしまいました。やれやれ。

(3)に続くっと。
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by harukko45 | 2013-02-06 18:58 | 音楽の仕事

ブルーハーツ/旅人

 ブルーハーツはそんなに好きじゃないですけど、1993年の「旅人」はインパクトありました。ホリエモンのツイート見てたら、むっちゃ聞きたくなったので、YouTubeで。



 というわけで、
 intro(G/G/G/G)
 プルトニウムの風に Oh 吹かれていこう(C/C/Am/Am/F/G/C/C)
 プルトニウムの風に Oh 吹かれていこう

 旅人よ 計画通りに いかないことが たくさんある(FG/C/FG/C/FG/C/FG/C)
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by harukko45 | 2011-03-29 02:39 | 聴いて書く

小室哲哉氏、逮捕

 昨日のTVニュースのトップ項目はほとんどが「小室哲哉プロデューサー、逮捕」でした。本人も認めているので、詐欺行為はほぼ確定のようです。ただまぁ一応、90年代のJ-Pop界に君臨した大物プロデューサーではあるのですが、その金銭的成功と音楽的成果とは全く同じようには語られることは今もあるとは言えないし、今後もないと思われます。
 それほど、彼の音楽は彼自身が「使い捨て」にするように仕組んだために、あれだけ金を稼いだ割には、我々の心にはほとんど残っていないようになってしまったのでした。

 私は彼の作品では渡辺美里さんに書いた"My Revolution"がベストだと思います。彼のその後はすべて"My Revolution"の焼き直しだと言ってしまってもいいのではないでしょうか。それと、あの曲では今は亡き大村雅朗さんのアレンジも光っていたと思っています。

 彼が自らすべてをプロデュースしたものではglobeの"Departures"がやはり代表作でしょう。アムロちゃんは、脱コムロしてからの方が断然カッコイイですし。

 さて、彼は一時代を築いた後に、自らの才能が枯渇したことをしっかり認識しなければいけなかった。そして、もう一度初めて音楽家を目指した時の思いに立ち返って、コツコツと鍵盤に向かえば良かったのです。要は「音楽バカ」には音楽以外のことをやってもうまくいかないのだと言うことではないでしょうか。
 曲、それもヒット曲を書けなくなった、時代から取り残されたと感じた時こそ、自らが「ただのミュージシャン」であることを強く意識しなければならなかった。そして、ただただ音楽をやることの喜びと感謝を取り戻しさえすれば、どんなに落ちぶれて場末のスポットでピアノを弾くだけでも大きな喜びを得られたに違いない。

 しかしまぁ、あれだけの成功を勝ち取りながら、これほどまでに転落した音楽家は日本では初めての存在なのでは。そういった意味では歴史の残ったのかもしれない。
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by harukko45 | 2008-11-05 01:14 | 日々のあれこれ

 21日はタケさんのコンサートで、大阪に行ってまいりました。そういえば、先々週も日帰りで大阪でしたっけ。
 この日は企業主催のイベントでのコンサートでしたが、お客さん達は一般の方々でいっぱいとなりました。

 さて、今回はモトイちゃんが欠席で「T's Company」としてではなく、前半タケさんを中心に後半アイちゃんが加わって、という構成でした。初めてやる曲あり、久々に復活した曲ありで、なかなか新鮮なメニューでしたな。初めてやった曲は少々危ない感じもありましたが、60分ステージに11曲詰め込んだ盛りだくさんの内容で、最後はかなりいい感じで終えることができました。

 バックは私と土屋潔さんのギターのみ。このパターンも久々でした。オッサンとの再会も7月以来、お元気そうで何よりだったし、相変わらずいいプレイを聞かせてくれましたぞ。今回はグレッチのギターを持ち込んで、これがまたゴキゲンでした。
 それは、ビートルズのショート・メドレーで大活躍、"Michelle"シブかった、"Hello Goodbye"のキューンっていうフレーズ、タマランでしょう、"Lady Madonna"のバッキングもモロでしょう、"From Me To You"もイケてました。

 それから、久々にやったタケさんの初期の名曲"Happiness"。これはコードの流れにヒネリが利いていながら、メロが流れるようですごく気持ちがいい曲です。ゴダイゴ・バージョンでのピアノのフレーズもかっこいいし、やりがいあります。

 他にはもちろん、おなじみゴダイゴのヒット曲の数々とアイちゃんのオリジナルだったのですが、特にどうしてもふれておきたい曲が1つ。
 今回のタケさんの選曲の中で、思わぬ流れで登場したのが"恋のバカンス"。前に坂本九さんのヒット曲を取り上げたことはあったけど、そのあたりの名曲を復刻したわけですが、それにしても突然だったので、ちょっと驚きでした。

 で、このオリジナルは宮川泰さんの作編曲で、ザ・ピーナッツの歌による63年の大ヒットであるのですが、このアレンジとビッグバンドでの演奏がしびれる。「こりゃまたヤラレター!」とばかりに、かなり参考にさせてもらいました。
 たぶん、ボーカルもバックも「せーの」で一発録りだったのだと思いますが、すっごくグルーヴが良いのだ。バランスがところどころグチャっとしたり、縦の線がずれたりしてる部分があってもぜんぜんOK。それよりも、一発録りの良さとも言える生々しい臨場感と一体になった迫力が最高ですね。さすがにこの年、レコード大賞の編曲賞をもらっているのがわかります。

 イントロの60年代映画風ともエレキ・インスト風とも言えるリフから、突然ですがみたいなマイナー6のブラスによるキメが来て、ピーナッツのボーカルが登場するという流れだけでもかなりやられますが、このAメロでのリズムのパターンがなかなかカッコイイ。スインギーなジャズ風とロカビリー調なものが合体したようなベースのフレーズに、ドラムのリム・ショットがいいんだな、これが。
 歌にからむギターのオブリは、なんだか中東風で不思議。でも、これが後半ブラスとのアンサンブルで奏でられると非常に感動的なのだ。
 一番の驚きはBメロで、そこまでのグルーヴィな雰囲気から一転、"リンゴ追分"か? と思うような哀愁漂うムードの何とも言えない展開に「マイッター!」。それもすぐに立ち直ってグルーヴが復活するんだが、ここでのベースの動きが引出したコードの流れがなかなか良い。2コーラスとも同じ動きなので、宮川先生の指定なのでしょう。ルートを弾くだけでなく、印象的なフレージングで実に効果的なバッキングになっておりました。

 間奏とエンディングもノリノリだが、ちょっとだけ「クレイジー風」な響きになっちゃったのが、惜しい気もするかな。いわゆる「ブワーッ」と行っちゃった感じね。でも、ここまで盛り上がってキメてくれれば文句は言えません。
 そんなわけで、話はかなりそれましたが、YouTubeでのザ・ピーナッツ版を是非チェックしてみてください。
 Japan 1960-1970 Pt.7 恋のバカンス その当時の懐かしい映像とともにモノラルでムード満点に聞けます。
 ザ・ピーナッツ 恋のバカンス こちらはステレオによるミックスで音良しですが、映像は動きません。
 ザ・ピーナッツ 恋のバカンス そんでもって、テレビの歌番組でのピーナッツ。これはだいぶアレンジが変えてあって、かなりスイング・ジャズ色が強いですが、例のBメロ部分もより"追分"調になっているのが面白い。でもピーナッツが可愛くて最高。

 さて、盛り上がりついでにですが、この"恋のバカンス"はその当時ザ・ピーナッツだけでなく(「エリーゼのために」をラテン・ポップスにアレンジした)"情熱の花"のヒットでスターになった世界的な女性シンガー、カテリーナ・ヴァレンテが日本語で歌ったバージョンがある。で、オッサン曰く「すんげぇーカッコイイ」ものだったらしいのだが、そのレコードは友人に貸したきりだそうだ。
 その話を聞いてネットをいろいろ検索して探したが、今はCDではなかなか手に入らないようだ。サンプル程度に聞ければよかったのだが、今回は見つからなかった。しかし、ネット上で見れた詳しい方々のコメントでも、絶賛してらっしゃるものが多いし、そうなるとますます聞きたい気持ちが募るのだったー。

 などと長々と"恋のバカンス"に費やしてしまいましたが、実際の我々のバージョンは私がオリジナルに近いリズム・パターンとコード感を供給し、オッサンは半分のテンポでカッティングをして、今っぽいノリとのミクスチャーになりました。なかなか面白い仕上がりだと思います。
 ただし、初めてのご披露というわけで、微妙にアヤシいところがありましたけど、会場のお客さん達も年齢層が我々と同じぐらいだったのか、ザ・ピーナッツの名曲にとても反応してくれて、盛大な拍手をいただきました。これはうれしかったです。
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by harukko45 | 2008-09-22 05:25 | 音楽の仕事

Perfume/GAME

e0093608_1215554.jpg 4月16日という私の誕生日に発売されて以来(その関連性はどうでもいいですが)もうすっかり大ブレイク中ですから、何も付け加えることはないでしょうが、Perfume最高です!私は大好きです!近年の日本のポップ・ミュージックの中でダントツの存在かもしれません。
 2003年に広島から上京後、下積みで苦労をした来た彼女達もエライですし、プロデューサーの中田ヤスタカ氏の才能も凄いもんです。

 これまで日本のポップシーンでずっと重要なポジションを占めていた「アイドル」に関わる作曲家、作詞家、アレンジャー、プロデューサーには素晴らしい仕事をした方々はたくさんいますが、この中田ヤスタカという人はすでに世界レベルではないでしょうか。

 簡単に言えば「テクノ・ポップ+アイドル」ってことなんですが、聞こえてくる楽曲の出来があまりにも素晴らしいので、そんな単純ワリキリはできないと思うし、その高い音楽性にすっかり敬服しておりますよ。そんでもってここんとこずっとヘビーローティションです、ハイ。

 この2ndアルバム、捨て曲なし。超オススメ。
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by harukko45 | 2008-07-08 01:27 | 聴いて書く

大橋純子ヒットメドレー

 私みたいな立場の者が、こういうことするのはどうなのかとも思いましたが、あまりにも良いので、いかんともしがたい気持ちでリンクしちゃいました。

大橋純子ヒットメドレー(現在は削除されております。)

 "たそがれマイラブ"のヒット(1978)後に出演されたフジTVの「夜のヒットスタジオ」での映像(なんだが、ラストに"ビューティフル・ミーが歌われているので、79年に"ビューティフル・ミー"がシングル・カットされた頃が有力か?)ですが、よくこういうのを残している人がいるもんだ。でも、貴重なものを見せてもらいましたし、すっかり感動しました。何に?もちろん、ジュンコさんの歌と曲にです!

 これは2007年最後に素晴らしいプレゼントをもらった感じです。
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by harukko45 | 2007-12-31 03:46 | 聴いて書く

追悼 植木等さん

 先月27日に日本最高のコメディアン(と、ひとくくりにするには偉大すぎる)植木等さんが亡くなった。自分の仕事に追われて、そのまま1週間経ってしまったが、やはり日本の芸能の歴史に燦然と輝く巨星であり、僭越ながらブログに追悼として書かせていただくことにしたい。

 私がクレイジー・キャッツ、植木等の大ファンになったのは小学生の時。57年生まれなので、10代になる前にかなりの影響を受けたのであります。その頃の自分にとってのアイドルは、ON、ゴジラ、植木等って具合。正直、これほどのパワーを感じさせる、強烈なオーラを持った人々(ゴジラは人じゃない?)は、その後の日本の芸能スポーツ界には登場していない。69年にドリフターズのモンスター番組「8時だよ!全員集合」が始まったけど、私はすでにクレイジーを知っていたので、ちっとも魅力が感じられなかったものだ。 
 植木さんはコメディアン、俳優、歌手として活動が幅広かったが、特にここでは自分の仕事分野でもあるので、シングルとして発売されていた曲について語りたい。

 とにかく、青島幸男/萩原哲晶/植木等という3天才の集結による大傑作郡を聞けば、笑いも元気ももらったあげくにホロっと涙してしまう。最後には感動に震える。そんでもって、「ブアーっといくか!」ってことになるわけよ。

 61年の"スーダラ節"はデビューシングルにして超がつくほどの大傑作で、これを越えるコミック・ソングは未だにない。詞/作編曲/歌の主要3要素がこんなにも爆発しまくってて圧倒的な仕上がりになっているというのは、凄いことだ。今聞くと、笑いの奥に「無常観」とも言える深みを感じてしまうのは年寄りの考え過ぎか?(実際に、この歌を歌うのを迷った植木さんが、お父さんから「わかっちゃいるけど、やめられない」は「親鸞聖人の教えに通じる」と諭されたというエピソードも個人的にかなりシビレル)それにしても演奏うまいなぁ、宮間利之とニュー・ハードですか、素晴らしいです。
 第2弾シングル"ドント節"も最高じゃないですか!植木さんの歌のノリが凄い。「サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ」の「キタモーンダッ!」の「ダッ!」のとこでバックが入るとこがタマラン。キマッテるなぁ。で、ノー天気に「ドンガラガッタドントドント...」って一緒に歌って油断してると、エンディングのリットした部分での植木さんの歌声が悲しげで、ついホロっとしちゃう。

 "ハイ それまでヨ"と"無責任一代男"がAB面の第3弾は凄すぎます。凄すぎです。"無責任"のイントロのカッコ良さにすぐにヤラレルが、それに続く植木さんの歌にワクワクしっ放しでしょ。「コツコツやる奴ぁ、ごくろうさん!」に感動。"ハイ それまでヨ"には何も言う事はありません。詞と歌の素晴らしさももちろんだが、やはりここでは萩原先生の天才ぶりが圧倒的。この曲の場合、笑ってなどいられない。感動、感動です。聞いててドキドキのしっ放し。
 元気爆発のそれまでと一転、えらくわびしい詞の内容で軍歌調"これが男の生きる道"だけど、これがまたイイ。「飲んで騒いでラーメン食って、毎日こうだと こりゃ泣けてくる」って本当に切実で、身にしみる。"ショボクレ人生"も傑作。最初の「バーやキャバレーじゃ 灰皿盗み...」でつかみはOK!それにしても植木さんって何でも歌える。本当にうまい。

 "ホンダラ行進曲"は植木さんだけでなくハナさん谷さんのリードもいいのよ。「ホンダラホダラダ...」は「スイスイスーダラダッタ」と同じように無常観があるね。「どうせこの世はホンダラダッタホイホイ」って納得です。ついでに「どうせ女はホンダラダッタホイホイ、だから男はホンダラダッタホイホイ...」ってくるんだから深い!
 "どうしてこんなにもてるんだろう"もいいんだよね。ここでも萩原先生凄いです。間奏のクラリネットが最高にイケテル。植木さんは演歌調からいつものブアーっといく感じまで表現の幅の広さが素晴らしい。

 で、続く"学生節"も有名だけど、青島/萩原コンビでないのでずいぶん肌触りが違う。毒気が薄まった感じ。萩原作編曲の"めんどうみたョ"の浪花節演歌調の方がひかれちゃう。セリフのところでの植木さんがお見事。
 青島復帰しての"ホラ吹き節"も傑作。こう来なくっちゃね。「さあーイッチョウブアーッといくか!」の植木さんのシャウト、チョウ最高。だから、その後のオケのノリも快調なのよ。「デッカイホラ吹いて ブアーッといこう」の「ブアー」前の休符にティンパニ入れるセンスも最高。
 "だまって俺について来い"は青島さんの詞がいい。で、植木さんの歌で聞くと本当に「そのうちなんとかなるだろう」と思うし、じんわりと感動してくる。

 "ゴマスリ行進曲"も「らしい」曲なのだが、ちょっとマンネリ気味?それよりクレイジー全員がリードをとる"悲しきわがこころ"が好き。聞いてるこちらも「勉強になりました」。
 黄金の3人による最後のAB両面である"遺憾に存じます"はビートルズの"I Wanna Hold Your Hand"のイントロのパロディに始まって、寺内タケシさんのエレキが大活躍。コンボオルガンによる演歌調のフレーズもいい。ただ、植木さんは少しヤケッパチ風?
 "大冒険のマーチ"は傑作。「ドンガンドンガラガッタ」ってところはまたか?と思うけど、その後の詞の展開とオチ、それを歌い回すクレイジーが楽しい。「やって出来ない事はない 先ず手始めに...」の特に「先ず手始めに」のメロディが良くって、次のオチ「ちょっと百円かしてくれ!」をすっごく期待させる作り。直後に谷さんの「アレー!!」と来るからタマラン。3番のオチは「ちょいと一杯やろうかね(ヤラレター!)」ですから、「よし、俺も」って気分に。

 さてこの後、正直パワーは下降気味。その中"余裕がありゃこそ"は黄金トリオによる作品で、随所にさすがと思わせるが、やはりこちらも全盛期ほどではない。ただし、映画ではこの頃クレイジーがラスベガスで大ロケした「クレイジー黄金作戦」があって、私は上野東宝で観て興奮しまっくったのでした。浜美枝さんが綺麗で、大好きになっちゃって。この時の主題歌が永六輔/中村八大コンビによる"万葉集"という異色作(?)だった。

 宮川泰さんによる傑作は"ウンジャラゲ"で、89年に志村けんがリバイバル・ヒットさせたけど、志村バージョンでは曲のシメのメロディ、つまり「ランラランラランで一週間」の最後の「ラン」のところが違っている。植木さんのオリジナルはいきなりマイナーになるのに、志村さんはそのまま。ここでマイナーなることで、何とも情けなく切なくほのかな笑いがこみ上げるのだ。植木さんのバージョンを知る者には、志村バージョンは認められない。
 もろセルメン・マシュケナダ風の"アッと驚く為五郎"も曲としてはなかなか楽しい。が、全体にじょじょにあざとい感じがしてくるのだった。ヒットを続けるというのは大変なことだ。 
 なので歌ものというよりも、クレイジー全員出演のコント仕立ての"全国縦断追っかけブルース"がなかなかイケルのです。このテナー・サックスは誰だろう、いいですねぇ。

 71年に青島/萩原が復活して"この際カアちゃんと別れよう"は、タイトルがあの「ボンカレー」のCM(「これ200円、味400円、この際カアチャンと別れよう!」)での植木さんを思い出させるけど、出来はもう一つか。この頃は、なかにし礼/川口真、川内康範/猪俣公章、阿久悠/鈴木邦彦、といろいろな作家陣と組んでいる。
 この後、しばらくリリースはなかったが、78年のシングル"これで日本も安心だ!"は久々の傑作。青島/植木はすっかり父親的視点になっていて、かつての無責任男が皮肉たっぷりに歌っているのが面白い。萩原先生のアレンジはシンセが登場していて相当イケテル。いつもながら、スリリングな展開にニヤリとさせられる。その後もいろいろなレコードが90年代までにもあったが、私はほとんど未聴であり、植木さん自身も渋い俳優として活躍されていた。

 さて、こうしてあらためて聞いて行くだけで、どんどん元気になっていくから凄いです。かつてTV番組でサザンの桑田佳祐さんが、"失恋・・・悲しみにくれる時"にジャストフィットする曲として、「スーダラ節」を選んだという。さすがの見識の高さではないか。そう、植木さんの歌は文句なく人を元気にする。そして、映画やテレビで見せたエネルギッシュな動きにこちらもすっかりノセラれて、やる気がみなぎってくるのだった。
 昭和が生んだ偉大なるエンターテイナー植木等は永遠だ。植木さんのご冥福をお祈りするとともに、生きている我々は、もっと元気だして、とにかく、ブアーッと行きましょう!
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by harukko45 | 2007-04-04 23:23 | 聴いて書く

e0093608_12545916.jpg 2001年のサード「摩擦音」は、前作が高い評価を受けたし、バンドとしてもライブ活動がコンスタントに続いていた時期でもあったので、レコーディングに向かう気持ちはかなり充実していたように思う。とにかく、シーマとナリさんはどんどん新曲を書いてきたし、毎回のリハやライブでその曲を試すようなことができる状態だった。だから、そういう好調時におけるバンドの一体感を強調したアルバムとも言える。ゲスト・プレイヤーを誰も呼んでいないことからも、それがわかる。

 でも、今聴くとそれがかえってシーマらしからぬ音になっていたのだろうか? 気分は充実していたのに、実際にはかなり混乱したサウンドになっている、というか飽和していて演奏者が興奮状態丸出しだ。M1からM4まで、それが続いていくが、ここで一番クールにしているのがシーマ自身だった。逆に言えば、彼女にはこのサウンドが本能的に自分には合わないと感じていたのかもしれない。
 だから、ボーカルをもっと上げてリ・ミックスしたらどのように聴こえてくるのかなどと、未練がましいことを考えたりしてしまう。

 全体に私のキーボードがずいぶんフューチャーされていたことに気づいて、今はちょっと困惑気味だ。このキーボード奏者はかなりうれしくなって演奏していて、あっちこっちで暴れまくっている。ナリさんはこの男のたずなをゆるめ過ぎたようだ。
 さすがに自分でアレンジしたM6では、全体のバランスを考えているが、このあたりは職業癖のようで何とも赤面してしまう。

 どうやら、この時の私はかなりのエネルギーを大放出していたことは確かだろう。ただ、それがこのプロジェクトに最適だったかは疑問となってきたというわけだ。
 そう思っていたら、パーカッションのトビーもかなりやりまくってやがる。要は一番年上の二人が子供のようにはしゃいでいたということか!

 とは言うものの、バカが本気出して噛み付いた時の面白みが随所に潜んでいて、それが「オッ!」と耳をそばだたせることも事実だし、ちゃんと聴いていくとやっぱりシーマはいい曲を書いていた。M7"キオク"はこのアルバムを代表するだろうし、個人的に大好きなM8"音楽"とM9"憂れた漆"は2曲で一つのストーリーで、曲どうしが恋の語らいをしているようにずっと感じている。

 残るM5,10,11はとってもポップなメロディを持つ良い曲なのだが、演奏者の噛み付いていきそうな姿勢はかわらない。例えばM11のエンディングに向かう時のナリさんのアコギのカッティングは異常にテンションが高くって壊れそうだ。
 でも、不思議と最後の曲が終わるともう一度最初から聴いてみたくなるのは自己満足なのだろうか。

 そんなこんなで、ミュージック・マガジンではあまり良い評価はもらえなかった。ライブに来た評論家さんも「自己満足だ」みたいなことを言ってた。それに、ワールドミュージック的なものは皆無だったしね。でも、それが何だ。ダメはダメなりの、バカはバカなりの感性というものは意外とシブトイ。 

 今思えば、シーマのつけた「摩擦音」とは言い得て妙なタイトルだな。
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by harukko45 | 2005-12-19 00:54 | 聴いて書く

e0093608_23515711.jpg 2000年のセカンドである「流れるままに」はミュージック・マガジン等で大変高く評価していただいたし、ある評論家は「シーマは必ずブレイクする!」とまで言い切ってくれた。が、実際にはそういう感じにはならなかったわけだが、その後、元ちとせさんや一青窈さんが相次いでブレイクしていった流れをみると、少し悔しい気持ちもある。

 今聴くと、その後の「癒し系」歌手の皆さんとはずいぶん違うと思うが、アコースティックをベースに民族楽器を多様してワールドミュージック的なアプローチを展開していたことは確かだし、その辺がミュージック・マガジン誌で高評価を受けた所以かもしれない。
 ちょうど、元ちとせさんが話題になっている頃、ライブを初めて観た何人かのお客さんからのコメントに「元ちとせのようで、良かった。」と書かれていたのを思いだす。私としてはこちらの方が先にやっていたとの思いがあって、少し苦々しくも思ったものだ。

 このアルバムにかけるナリさんの熱意は今考えても本当に凄かった。ちょっと暴走気味とも言えたが、最終的には彼の情熱に全員が巻き込まれていった。このアルバム中、かつシーマのレパートリー全ての中でも代表曲と言えるM3"朽ちた果実"は、2回ぐらいすべてを録り直したのではなかったか? OKテイクはレコーディング最終日頃に「もう一度!」という彼の思いの結晶なのだった。

 全体には、前述のようにワールドミュージック的ではあるのだが、完全にそういうアレンジになっているのはM5とM9ぐらいで、実はもっと多彩な音楽性を持っている曲ばかりで、簡単に一括りにしたくない。逆にそういう民族音楽的色彩は全体の統一性を出すために使われただけで、それぞれの曲のベースにあるものはもっと骨太なものだった。
 "朽ちた果実"は大変いい出来だと思うが、それに負けずにM4のタイトル曲"流れるままに"も相当おもしろい。今聴くと両方とも70年代のニューソウル的なムードもあってかなりイケている。

 シーマのメロディ・メイクの能力はかなりの充実ぶりで、よくもこんな曲を立て続けに書いたものだと思う。相変わらず詞は意味不明だらけだが、それがかえってイメージを広げている。だから、そういう点から言うと、聴き手にはかなり緊張を強いるかもしれない。リラックスした暇(いとま)を与えずに、濃厚な音世界がどんどん繰り出されているからだ。
 特に私はM7"ピアス"にその後のライブでも、すっかりハマり込んだ。こんな曲を演奏している自分がすごく誇らしかったし、ライブハウスで対バンする他の連中を常に叩きのめすことが出来ると思っていた。

 そんな私が完全にすべてをまかされたのがM10の"堕ちた天使"だが、今ならもっとウマイ演奏が出来たろうとも思いつつ、アレンジャーとして、ここでの仕上がりには満足だ。

 やはり今のところ、シーマの代表作はこのアルバムだろう。参加したミュージシャン全員がナリさんの「ロマン的」な大きなオーラに導かれながら、みんな一つの目標に向かっていた。また、ほとんどの曲をレコーディングとミックスした当時伊豆スタジオの立川、濱野(彼はバンドのベーシストでもある)両エンジニアは強力に良い仕事をしていると思う。
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by harukko45 | 2005-12-18 01:12 | 聴いて書く

e0093608_1657447.jpg 99年のデビュー・アルバム「赤い糸」。発売がMIDIクリエイティブで、インディーズ扱いだったし、それほど世間的には話題にもならなかった気がする。ただ、私にとっては自分の人生においても画期的な出来事となった大仕事だったし、今でも自分のベスト・ワークの一つと思っている。

 この時出会った二人のユニークな才能の持ち主が、それまでの私の「業界ズレ」していた音楽観を見事に粉砕し、もっとプリミティブな音楽体験を思いださせてくれたのだ。それは、初めてGSを聴いて音楽に関わることに憧れ、ロックに目覚めて音楽だけが喜びになり、ジャズにのめり込んで「絶対に、これしかない」と思った、あの感覚である。
 その一人はもちろん、このアルバムの主役であるシーマであり、もう一人はプロデューサーでギタリストの成川正憲さんだ。
 
 ナリさんの作り方は極めて非合理的で、具体的な譜面もコンピューターもドンカマもなし、ただただ演奏して、そのいい瞬間を捕らえるのが常だった。
 彼は曲を作った時の最初のイメージ(それは映像的・抽象的なことか、具体的に言っても「音数を減らして」「空間を作って」ばかりだった。)を伝えるだけで、あとはお任せだ。だから、何をやりたいのか見えない時もあったし、実際にその方向性がどんどん変わってもいった。
 だが、彼の真意は「レコーディングとは人間を録ること」だった。だから、最初から考え抜いたアレンジメントを実現することではなく、そこに集まったミュージシャンが裸になってその人間性をムキ出しにして演奏するのを聴きたかったのだ。ゆえに、ミュージシャンがそうなって演奏して結果として自分の思ったことではなくても、ちゃんと受け入れてくれた。それどころか、その方が良い、とした。
 だから、ここでの各ミュージシャンの演奏は実に生き生きとしているし、自分とちゃんと向き合って極めて内省的な表現とも言える。自分にとってはこれはThe Bandの「Music From Big Pink」体験だった。
 ちょうど、伊豆のスタジオに泊まりがけでのレコーディングで、東京・業界・ヒットチャート、そういうものと隔絶していたことも影響していたのかもしれない。

 今、このアルバムを聴きながら書いているのだが、何度となくキーボードを打つのが止まって、思わずその音に引き込まれてしまう。シーマの声の素晴らしさ、その声で唄われる彼女自身による詞は時に意味不明でありながら、妙に心に入り込んでくる。彼女はとってもナイーブでレコーディング中もアップダウンを繰り返していた。だが、ナリさんはその生々しさを残酷にもつかみ取ってCDにパックした。だから、今その歌声を聴くと、こちらも自然と泣けてくる。

 そういえば、ナリさんの残酷さはM10のレコーディングでも言えて、この時のベーシストの六川さんは、演奏前にほとんど泥酔状態だったが、そのままフレットレスを弾かせた。録音中彼はたいそう気持ち良さそうだったが、後で聴き返すとかなり危ない音程をさまよっていた。が、ナリさんはそのままにして、全体の空気感を優先した。

 と同時に、M7においてナリさん自身がギターをどうやって弾いたらいいかわからなくなって苦しんだ。だから、その時は私が「もっとゴーって音で、ガーンと弾けばいい。」てなことを言った。そこで、彼はかなり悶絶したような雰囲気で「自分にはわからない」といいながら演奏した。でも、結果この曲のエンディング近くで聴こえるギターソロはたまらん効果を出している。

 このアルバムの全ての曲が大好きだが、M1"INTRO"と最後のボーナストラック(M10のミステイク)は外してもいいかも。これがなくても、1曲1曲の充実度が高いので、ちゃんと傑作として成り立つと思う。

 世間的な評価とどんなに離れていようが、デビューにしてこれだけの作品を作ったシーマとナリさんにはいくら賛辞の言葉を贈っても足りない。そして、これに参加できたことを、あらためて二人に感謝したい。
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by harukko45 | 2005-12-17 18:05 | 聴いて書く

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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