キック・アス

 キック・アスがTSUTAYAでレンタル開始になったので、早速。

e0093608_15131991.jpg 最高です。面白いです。必見です。ただし、B級の良さを理解している方のみ。とにかく、ヒットガールがチョー最高です。ずっと、彼女のアクション・シーンを見ていたいほど完璧です。その分、筋はまあまあではありますが、そんなところは全てぶっとばして、大いに大目に見てかまいません。実にポップで残酷で、下品ですが、爽快で気持ちのいい映画でした。

 映画に詳しい方には、過去のさまざまな名作のオマージュがいろいろあって、そういうのをさがすのも楽しいのでは、そうとうカルトです。BGMのセンスもクールです。タランティーノ的でもあるし、彼よりも感覚が新しいと言えるかも。すっごい、好きです。

 撮り方、編集でのこだわり、繊細さ、工夫にもしびれました。愛情さえ感じました。
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by harukko45 | 2011-03-07 15:13 | 映画・TV

LOOK

 サッカー日本代表のしょうもない凡戦(対ベネズエラ、0-0)を見せられて、何ともやりきれない気分でいた昨夜でしたが、深夜に何気なくチャンネルを合わせたWOWOWで、不思議な映像のつなぎによる映画がオンエアされていて、ちょっと興味を持ち、そのうち面白くなって結局最後まで見てしまった。

e0093608_16551366.jpg アダム・リフキンの監督・脚本による「LOOK」、2007年のアメリカ映画で日本では翌年に公開されていたとのこと。
 で、最初不思議に思って見入ってしまったのは、その映像が全て監視カメラによる撮影だったため。とは言え、ストーリーはちゃんとあって、役者がしっかり演技しているし、音声も入っているので、これは疑似監視カメラ設定を入念に組んで、きっちりと作り込んだフィクションであることが、すぐにわかった。
 日本のテレビでもよくあるリアリティ番組風と言えるし、AV系の盗撮ビデオ風とも言える。

 たぶん、いかにも監視カメラが置いてありそうな場所を何カ所か決め、マルチ・アングルで役者の演技を同時に撮影し、その後に加工と編集を緻密に行ったのではないかな。で、それがなかなかの成果を上げていて、すべて「ヤラセ」なんだけど、画質が落ちることで逆にすごくリアリティを感じさせる仕上がりになっているのだった。
 
 そして、何より面白いと思ったのは、見ているこちらのノゾキ衝動をまんまとそそるように作っていること。だから、ストーリーはえげつないセックスと犯罪ものが中心となるし、それぞれ別々の話だったものが、ところどころ絡み合っていくのも、まさに「それっぽい」作りなのだ。
 そもそも、そのストーリーの内容は別段凄いものじゃない、だが、見ている側のノゾキ意識を刺激しているので、より興味深く感じてしまうわけ。つまり、リフキン監督の罠にまんまとハマってしまうのだった。

 私は正直「やられたー!」って感じだったのだが、今日になっていろいろググって見ると、熱心で真面目な映画ファンの中には「つまらない作品」として、かなり批判的なコメントが多いのには驚いたし、方や「監視カメラ社会への警鐘」みたいな評価にも疑問を感じた。
 私としては、とことんB級に徹するやり口って結構好きなので、この映画は高く評価したいと思うが、だからといって社会的なメッセージを含んだ作品だ、みたいなことは言いたくないなぁ。それを言ったら、完全にリフキン監督にしてやられたことになる。

 それよりも、この監視カメラによる盗撮趣味の感覚が面白いし、その内容のしょうもなさとそれを見入っちゃう自分自身のしょうもなさを同時に感じ、リフキン監督が「アッカンベェー」している姿を想像するのであった。
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by harukko45 | 2010-02-03 16:56 | 映画・TV

迷子の警察音楽隊

 4月に入ってずっと打ち込みでのオケ作りをしていて、昼夜逆転。ブログの更新もままならずだったが、ようやく何曲かめどが立ったので、昨日は久しぶりに休んで大好きなテレビを観ていた。
 とは言え、ハードディスクにたまっていたサッカーやドラマ・映画をいろいろ観ていたのだが、そんな中、まさに出会うべくして出会うとも言うべき映画があり、とっても幸せな気分を味わえた。
 それが2007年のイスラエル映画で、エラン・コリリン監督の「迷子の警察音楽隊」だ。

 e0093608_6241053.jpg とにかく、何気に見始めて、いつの間にか見入ってしまった。物語は何もドラマティックなことのない、ほんの些細なエピソード。それを、さりげない演出で長過ぎない時間できちっとまとめている。
 で、「エジプトの警察音楽隊が、文化交流の演奏旅行で訪れたイスラエルで迷子になり地元の人に助けられる」という話から、その背景、特に両国の歴史的な因縁などをいろいろと詮索するのも可能なのだが、そんなことを全く忘れさせるほど、映し出されている「たいしたことじゃない事」の積み重ねが魅力的だったのだ。

 こういう映画の感想は「ほのぼのした」「やさしい気持ちにさせる」「心温まる」で十分なのだろうが、私はこの監督の映像、特に構図の決め方へのこだわりも素晴らしいと思った。俳優達の配置はかなり考え抜かれた意図を感じたし、そういったこだわりにより一つ一つのカットに安定感があり、観るものへの説得力を増していたと思う。台詞や演技で過剰に表現しなくても、その絵の力だけで登場人物の感情や思いが実によく伝わってきたからだ。
 
 なるほど、これだけの出来なら世界で高い評価を受けたのも納得だ。これを観れたおかげで、疲れて固くなっていた私の脳ミソも、ずいぶん柔らかくなったように感じたのでした。
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by harukko45 | 2009-04-14 07:35 | 映画・TV

e0093608_162038.jpg 昨年公開されていたエディット・ピアフの伝記映画だが、映画館では見る機会がなく、WOWOWで放送されたものの録画で、これまたなかなか時間が取れずに放置してあったのを、ようやく見る事ができたのでした。

 さて、で、感想は。

 正直、がっかりした。そして、思うのは音楽家、芸術家、ポップ・スター、ミュージシャン等の伝記、歴史ものは映画としてはかなりむずかしい題材だとあらためて思った。
 主演のマリオン・コティヤールは素晴らしいと思ったし、過去のドキュメンタリー等で見られるピアフの感じにそっくりだったし、まさになりきっていたと感じた。だから、アカデミー主演女優賞も納得だ。
 が、肝心のピアフは何だったのか。見終わっての印象では、酒とモルヒネ依存からくる精神不安定の破滅型人生ばかりが残る。

 ただ、前半はいい。幼少期の生い立ち、過酷な貧乏生活からルイ・ルプレーに見いだされて、じょじょにその才能が認められていくあたりは、実にワクワクさせられたし、そのルプレーが暗殺されてしまい、彼女が「死神」扱いされるくだりも、その後の人生を暗示するかのようだし、偉大なアーティストに必ず存在する大きな暗闇を浮き彫りにさせていたと思った。

 だが、問題は彼女の音楽がどれほど素晴らしいのか、という部分がその後全く薄れてしまうことだ。個人的に最も感動したのはやはり前半部分で、大道芸人の父のもとでストリートに立っているとき、客に催促されて思わず歌った"ラ・マルセイエーズ"だ。
 その後、フランスを代表する歌手として大いなる名声を得てからは、音楽よりも悲劇の人生の描写に終始してしまい、そのあまりにも長い「歌わない時」のピアフを見続けるのは大変辛かった。

 確かに、伝記映画だから、そのように彼女の人生をリアルに描き出していくのも当然だし、このような悲劇的な部分を知ることで、より感情移入できる人々もいるだろう。しかしながら、私にとって一番大事なのは、偉大なるピアフの歌であり、素晴らしい楽曲の数々なのだ。
 ひょっとしたら、この映画の制作者達は「ピアフの音楽の偉大さはすでに一般に熟知されている」という前提の下にこの脚本を作り上げたのかもしれない。仮にそうだとしても、やはりどう考えても音楽が足りない。"モン・デュー"も"パダン"も"群衆"も"アコーディオン弾き"も断片だけで、ちゃんと聞けないなんて!

 逆に言えば我々観客は、とんでもない天才には悲惨な人生がつきものなのは重々承知だ。にもかかわらず、そのような悲劇を乗り越えて、圧倒的な力で人々に喜びと感動を与えてくれるのが、彼らの音楽なのだ。
 つまり、このような酷い状況にあっても、生み出された音楽はこのように素晴らしいものだ、というのが見たかった。

 そういう意味においては、ストーリーとしては単純で、可もなく不可もなくではあったがジョニー・キャッシュの伝記映画"ウォーク・オン・ザ・ライン"の方が、少なくともキャッシュの音楽に浸る喜びがあった。

 とは言え、これでピアフの音楽に傷がつくものではない。今は、CDで聞かれる彼女の歌以外は全てミステリーであってもかまわないと感じている。
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by harukko45 | 2008-10-14 16:28 | 映画・TV

レス・ポールの伝説

e0093608_774677.jpg もうすでに今年の夏に公開されていたのだが、ギターの徳武弘文さんを始めとする先輩ミュージシャンの方々から「絶対ミルベシ!!」と言われていた"レス・ポールの伝説(Les Paul Chasing Sound!)"をようやく観ましたよ。
 で、私のようなものが言うのもおこがましいが、まだ観ていない人、特に映画ファンというよりも、音楽、ポップ・ミュージックが好きな人、実際関わっている人は「絶対ミルベシ!!!!」と強く言いたい。

 そして、今自分達がポップ・ミュージックをこんなにも楽しめているのは、レス・ポールという偉大な人物のおかげだったんだ、っていうことをしっかり認識してほしい。
 なんて言っている私も、この映画を観たことで、あらためてその偉大さに脱帽した口だから、そんなに大口叩けないわけで、今日を境に私も、レス・ポールに最大限の敬意を払いたいと思ったのでありました。

 レス・ポールの偉大さは、単にギタリストのみだけに留まらない。そのサウンドの飽くなき追求心が生み出したエレキ・ギターの開発、多重録音の発明と研究、レコードのカッティング技術やアナログ・テープ・ディレイの発明などはどれだけ現在の音楽界の発展に貢献していることか。要は、彼がいなければ現代のオーバーダビング・レコーディングによる音楽制作など有り得なかったし、豊かなギター・サウンドによるロックの発展などもなかったのだ、とも言えるのです。

 もちろん、そういった発明や探求の中から生み出された音楽、それそのものが真に素晴らしいものであったからこそ、その影響力は絶大で永遠だということ。
 そして、90才を越えた今でも現役でニューヨークのクラブで毎週自らのトリオを率いて演奏し続けている。そのバリバリの演奏をする姿を見ると、自分などまだまだとんでもなくガキであることに気づかされたのだった。ほんと、恐れ入りました。

 ただ、1人の偉大な音楽家の歴史映画としては、掘り下げがもう1つだろう。だから、いわゆる映画ファンにはすすめない。しかしながら、音楽関係者としては、この程度のTVドキュメンタリー・タッチの方が彼の音楽への功績をちゃんと勉強できるので有り難い。

e0093608_77579.jpg さて、映画も必見だが、CDでもまた聴き直さなくては。やはりメリー・フォードと組んだオーバーダビングによる大傑作群は絶対に外せませんわな。
 うー、感動して眠れなくなってしまったわい。
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by harukko45 | 2008-10-13 07:16 | 映画・TV

イカとクジラ

 久々に映画を観た。と言っても、ハードディスクに録画してあったやつですが。

e0093608_15225517.jpg で、2005年に公開されたノア・バームバック監督・脚本の「イカとクジラ」を観たのでした。この作品、万人が絶賛するようなものではないと思うが、私はかなり気に入ったし、面白かった。とにかく、監督自らの脚本における人物描写が実に巧みでリアル。ベースにはご本人の子供時代があるようで、やはりこれほどまでに赤裸々に家族の姿を描くのには実体験が絶対必要だわな。
 バームバックは「ウディ・アレンの再来」とも呼ばれているらしく、確かにそれを感じさせる「臭い」みたいなものがある。ブラック・ユーモア、皮肉、諦観を通奏低音に置きながらも、現代のポップ感覚やノリがあるので、観ていて楽しいのだった。と同時にイタイというかコワイというか。(これ以後はネタバレになりますので、ご注意を)

 とにかくとにかく、ダメな負け犬家族の物語。ほんとにほんとにとことんダメな人間達。特に父親は最悪最低な存在だが、妙に憎めない。非常に親近感を憶えた。かつては人気作家だったが、今はスランプで落ちぶれてしまった彼の心情や嫉妬、傲慢、思いやりのなさ、それでいてやけに知識をひけらかして優越感にひたろうとするセコさ、その人間としての「小ささ」全てに共感してしまう、というか「自分に近い」と思ってしまう。

 その父を崇拝し、カフカは凄いと父から聞けば読みもしないで人に吹聴し、ガールフレンドの扱いまで父から指南を受ける長男、結局それも外面だけで中味はナシ、つまり崇拝しているフリをしているだけなのに、自分はそれに気付かないでいる。そしてあげくには、彼はピンク・フロイドの曲をパクって自作として発表する。それでも悪びれた様子を見せない。
 そんな彼の姿は自分にも「身におぼえ」がある。

 母親は唯一成功者のようだが、実は彼女も欠陥人間で、ダメ夫への不満を浮気に求め、子供への配慮にも欠け、デリカシーがない。1人奇行に走る次男は、世の中的には一番危ない存在だが、逆にここでは一番「真っ当な」態度、反応に映る。傷ついた心を素直に表していたのは次男だけだった。

 だが、このどうしようもない家族がとっても身近に感じられるほどリアリティがあったのは、脚本の素晴らしさとともに、役者の巧さもあったと思う。特に父親のジェフ・ダニエルズは大変な好演で、最高にハマっていた。彼は出世作とも言える「愛と追憶の日々」で、デブラ・ウィンガーの夫役を演じたが、これもどちらかと言えばダメ夫で、まさにこの手のものはお得意なのかも。他の3人の家族役の役者さん達も素晴らしい。さすがアメリカの俳優のレベルの高さを感じる。

 で、エンディングでは長男がほんの少し「希望」を感じさせる、そしてこの映画タイトルの謎解きをみせてくれるシーンがあり、それもあっさりと表現するので、ハリウッド的スピルバーグ的にはなっておらず、その辺にもバームバック監督のセンスの良さを感じた。
 だが、それ以上に印象に残ったのは、そのラスト2つ前のシーン。心臓発作で倒れ救急車で搬送される夫が元妻に向かって、「感謝」を言ったり「許し」を請うのかと思いきや、ゴダールの映画「勝手にしやがれ」での主人公の最後のセリフを披露し、それもJ・P・ベルモンドのようにかっこ良く「キマラナイ」という徹底的なダメぶりが、スゴイ!

 そしてラスト前、病院のベッドで寝ていながらも相変わらずの父親の姿を見て、長男はそこからの脱出を決断するわけだが、その父の姿はカフカの「変身」における主人公がオーバラップする。まさに、父親は「虫」に変身した。だが、それでも自分ってものに気付いていない。

 この映画は観ている時は、苦笑の連続で楽しく過ごせるが、終わってからいろいろと怖さを感じるものだった。でも、かなり好き。ノア・バームバック監督はこれからも注目したい。
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by harukko45 | 2008-07-21 15:27 | 映画・TV

e0093608_19445052.jpg ミロス・フォアマン監督による84年の「アマデウス」は、たくさんの映画ファンが今も大絶賛しつづける傑作で、かく言う私も公開時に映画館で見て以来、その後もビデオやテレビ、DVDで何度も見続けて、そのたびに感動してしまう大好きな作品だ。で、昨夜久しぶりにまた鑑賞したわけです。

 ミロス・フォアマンはこの前に「カッコーの巣の上で」で70年代にすでにオスカーを取っているし、これも公開時に見に行って強烈なインパクトを受けた傑作でありましたが、何度も見たい作品となると、これは圧倒的に「アマデウス」に軍配が上がる。
 私自身、この映画がモーツァルトの音楽にどっぷりはまり込むきっかけになったし、初めて見た時にも、大いに刺激を受けたその音楽は、その内容をよく知るようになった今、より深く心に響くようになり、それが使われている映像の美しさ(特に室内でのロウソクの光を多用した撮影、キューブリックの「バリー・リンドン」の影響だろう)と相まって、大きな感動を与えてくれるのでありました。
 もう、何度も泣くよ、音楽がかかると。

 まずは、このピーター・シェーファーの戯曲全般の象徴となる「ドン・ジョバンニ」冒頭のDmの響き、それに続くオープニング・ロールで流れるモーツァルト17歳時作曲の傑作シンフォニー「25番(通称「小ト短調」)にしびれる。ただし、この「25番」に関しては、その楽想の凄さにはノックアウトだが、サウンドトラックにおけるネヴィル・マリナーの指揮は、ブルーノ・ワルターのを耳にしてしまったので、もはや物足りない。
 なので、ここではいつも「やっぱりワルターのエグリはすげぇーなぁ」と感心してしまう。

 そして、サリエリが初めてモーツァルトの演奏を聞くシーンでの「セレナーデ10番3楽章」。ここでの、サリエリが語る曲の解説(?)が実に的確で、「神からのギフト」であることの感動をより高めている。

 「後宮からの誘拐」に始まる、「フィガロ」「ドン・ジョバンニ」「魔笛」でのオペラ・シーンの映像、演出はどれも最高に素晴らしい。ここでの印象が強くて、実際の歌劇場でこれらを見ると、物足りなさを感じることもある。それほど、魅力的で美しい映像だ。
 また、モーツァルトの音楽の中心は「オペラ」であった、ということが、きっちりと示されていて、私にはその後のモーツァルト鑑賞において、大きな指針となったのだ。
 だから、それぞれのオペラにおけるここでの的を得た解釈、(サリエリを通しての)解説には、オペラ全体の素晴らしさを知れば知るほど、深く強く共感できる。だから、ずっと涙が流れっ放しであるし、サリエリの嫉妬と敬愛の間で苦悩する心にも納得する。

 また、モーツァルトが存命中のウィーンでは一番人気だったという、彼自身が弾きながら指揮する「ピアノ協奏曲」演奏会シーンでの「22番3楽章」は本当にたまりません!このロンドは最高に楽しく明るいのだが、明るければ明るいほど、楽しければ楽しいほど、哀しみがおそってくる。そこでの、映像がこれまた美しくしあがっているので、余計印象的なのだった。

 妻コンスタンチェがサリエリに夫のオリジナル譜面を見せ、それを見たサリエリが「書き直しが1つもない、彼の曲は書く前に頭の中で完璧に仕上がっている」と感嘆し、打ちのめされるシーン、そこで流れる「フルートとハープのための協奏曲」「交響曲第29番」などの抜粋も、一瞬流れるだけで溜息が出る。

 そしてクライマックスとも言える、死を前に「レクイエム"ラクリモサ"」をサリエリに口述筆記させるシーンでの、パートごとの演奏と、それが組み合わさった時の興奮とかっこよさをどう賞賛すれば良いのか。
 実際に、この「レクイエム」はモーツァルト自身での完成に至らず、残りを弟子のジュースマイヤーにメロディとベース音を託し、彼の補筆によって仕上がったのだった。(だが、近年このジュースマイヤーの部分に批判が多く、研究者による改訂版が登場している)
 また、この「レクイエム」にまつわるエピソード(ワルゼック伯爵の企み)とモーツァルトの早い死が、サリエリ毒殺説にまで発展し、それがこの戯曲・映画の下敷きになっているのだった。

 なので、実際のモーツァルトの人生を調べて行くと、この映画における創作、脚色された部分が極めて興味深いし、その巧みなバランス感覚(フィクション性とハリウッド色)が娯楽作品としての面白さをも十分に感じさせてくれ、ピーター・シェーファーの才能とそれを完璧に映像化したフォアマンを高く評価したいのだった。
 また私は、ヘッセの小説「荒野の狼(ステッペン・ウルフ)」からの影響もあるのではないかと考えている。主人公が自らの才能を疑い精神を病み、ドラッグにはまり、その幻惑した世界で、憧れと嫉妬の対象である天才(この本ではゲーテとモーツァルト)にこてんぱんに叩きのめされていくところなど、似ている部分があるし、天才がけたたましい高音の笑い声を上げるところや、クライマックスで「ドン・ジョバンニ」の"騎士長の場"が現れる部分にも、関連性を感じてしまう。

 さて最後、サリエリは自らを「凡人の守り神」であると語るのだが、圧倒的な天才の能力をしっかり把握した彼も大いに讃えるべきではないかな、と最近思う。真に偉大なるもの、美しいものを理解することは実はとても難しいし、特にモーツァルトのようなとんでもない存在に出くわす事は、自らの死につながる苦悩を背負い込むことでもあると思う。

e0093608_194524.jpg ところで、今回見たのは、このところ流行りとも言える「ディレクターズ・カット」で、オリジナルよりも20分長くなっていた。そのおかげでストーリーの辻褄はついたが、その分流れが止まるような印象もあり、オリジナル版の良さを少し崩す結果となった。なので、私はオリジナル版の方が好きである。

 とは言え、それでも全体をブチ壊すもの(例えば「ニューシネマ・パラダイス」のディレクターズ・カット版の酷さ)にはなっていなかったし、オリジナルを良く理解している人には、特典映像をはさんで見る楽しさがあるだろう。

 とにかく、全編を流れるモーツァルトの音楽に非の打ち所なし、何がどうあろうとも、この素晴らしさに勝てるものはない。エンドロールも結局最後まで見てしまう。なぜなら、そこに「ピアノ協奏曲20番2楽章」が流れるからだ。物語を堪能した後の、このあまりにも美しい音楽にただただ感服するのみだ。
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by harukko45 | 2008-02-22 19:34 | 映画・TV

ニーベルングの指環

e0093608_23495050.jpg 今月観た映画の中で、一番面白かったのが「ニーベルングの指環」でした。主演が、「戦場のアリア」でドイツのテノール歌手役だったベンノ・フユルマン。戦地には似合わない芸術家と、不死身の英雄ジークフリートが同じ役者とは驚いた。だが、どちらの映画でもピタっと映像にフィットした演技をみせてくれており、今後も注目の男優さんだ。

 相手となるブリュンヒルデを演じたクリスタナ・ローケン(ターミネーター3)も良く、これほど美しく力強くカッコいい女性をテレビで観たのは久しぶりだ。
 それに、脇を固める役者陣もうまい人ばかりで、深みのある映像を作り出すことに貢献していたと思う。

 また、VFXのテクニックとセンスがよく、神話と騎士の世界を壊すことなく、迫力ある素晴らしい効果を出していて、この前に観た「スター・ウォーズ」旧3部作のリメイクがますますショボく感じられる。
 そして、何より大元の北欧神話が持つ壮大(だろう、読んでないのでわからないが)な世界を、現代人にも理解しやすくし、それでいてスピーディな展開とファンタジックで極めて人間的なストーリーにまとめあげた脚本が素晴らしいと思った。なんと、脚本は「24/Twenty-Four」のロバート・コクランである。さすがだ。

 こういった良いキャスト、スタッフを仕切った監督のウーリー・エデルを初めて知ったが、映像美にもかなりのこだわりを見せる実力派だと思う。全体にザックリした力強い表現の中、役者のアップをうまく使って、微妙な心理も的確にわかりやすく映し出していたのだった。

 さて、私のような音楽好きには「指環」という題名だとすぐに浮かぶのはワーグナーのオペラだ(今時の人は「ロード・オブ・ザ・リング」でしょうが)。上演に4夜かかる大作楽劇である。で、その下敷きとなっているドイツの叙事詩「ニーベルンゲンの歌」の映画化なのだが、ワーグナーのを知っていて、こちらを読んでいない私は、そのストーリーや登場人物の設定に微妙な違いがあり、最初少々とまどった。(ワーグナーの方が改変しているのだけど/追記:「ニーベルンゲンの歌」を読んだところ、この映画もかなり改変脚色されていた。ただ、本で読むこの物語はもっと面白い!)

 にもかかわらず、役者・脚本・演出の巧みさのおかげで、すぐにストーリーの面白さにぐっと引き込まれてしまい、ジークフリートとブリュンヒルデにどんどん感情移入してしまうのだった。それは、だいたいの筋と結末を知っていればこそで、物語が進むほどに2人の悲劇がどんどん心に迫ってくるのだった。

 はっきり言って、ワーグナーの書いたものよりも面白い!この映画のエンディングでの切なさ、悲しさはワーグナーお得意の「女性の愛による救済」風のエンディングよりも心に響いた。もちろん、ワーグナーの音楽は凄いけどね。ただし、この作品を持ってワーグナーの楽劇のストーリーだと誤解しては困る。あえて言えば、ワーグナーの「指環」の後半、3夜「ジークフリート」と4夜「神々の黄昏」に近いが、その全てではない。
 また、「ニーベルンゲンの歌」ではその後の壮絶な復讐劇が語られているらしい。実はこの映画で語られているのは物語の前半のみなのだった。

 というわけで、私は早速図書館で「ニーベルンゲンの歌」を借りてまいりました。より深く、探求して行きたいと思います。
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by harukko45 | 2007-06-15 23:06 | 映画・TV

 最近になってずいぶん暇になったので、録り貯めておいた映画を観ていたのだが、たまたま残ったのが、実話に基づく物語だった。

e0093608_23430100.jpg そのうちの1本「シリアナ」は、アメリカでは2004年に公開されて、78回アカデミーでジョージ・クルーニーが助演男優賞に輝いた作品。
 で、その内容は、元CIA工作員が書いた「CIAは何をしていた?」をヒントに、石油利権を中心にしたアラブの王族とアメリカ企業、CIA、司法省、そしてイスラム原理主義のテロリスト達へとつながる、複雑で陰謀にまみれた闇の関係を描いたもの、ってところかな。

 「トラフィック」のスタッフが作ったので、これもドキュメンタリー的な作り(実話が元だし)で、なかなかリアルなのだが、テンポが早く、始めに油断しながら観ていると、何が何だか、誰が誰だったか訳が分からなくなってしまうだろう。ただ、そのうちそれぞれの関係性がじょじょにわかってきて、それが結末における「大きな失望感」とも言える空しさに集約されていくのだった。
 この映画はアメリカという国家がいかに世界に不幸の原因を撒いているのか、という具体的な一例を映していると思う。ある意味「9.11」への道にも通じる何かは、このような形でアメリカ自身が作っていたということかもしれない。

 だいたい、タイトルの「シリアナ」というのはアメリカが考えるアラブ再編構想において、シリア、イラク、イランが一つの民族国家になった時を想定した名前なのだ。私はその事をここで初めて知ったわけだが、それだけでも見たかいがあった。
 そして再び知ることになる真実、アメリカとは、「自分達の都合や利益のためなら、他の国も民族も思い通りにし、何でも出来ると思っている図々しさ、おぞましさ、そして、それを自由と民主主義の伝授として正当化してしまう単純さ」そのものなのだ、ということ。

 これを見終わって感じる事は、アメリカへの幻滅と怒りであり、この世の不条理さだろう。だが、このような映画を作って自らの国家や権力者達の陰謀を世界中に知らしめようとするのもアメリカ人なのだった。そこが、彼らの良き一面とも言えるのだろうが、ハリウッド特有のリベラル指向がこのような形で表れているとも思えて、やっぱり政治的な臭いを感じてしまうのだった。

 だから、この映画を絶賛などしないし、オスカーをあげるほどのものでもないと思った。まぁ、いつもアカデミー賞は驚かされることが多いし、特に最近は可笑しいから(ここ2回の作品賞が「クラッシュ」と「ディパーテッド」だなんてマジ?!)、何か裏があるんだろう。

e0093608_23441733.jpg さて、それに比べるともう一つの実話を元にした戦争映画「戦場のアリア」は、およそ本当にあったこととは思えないような奇跡的な話で、観ていて少し心が慰められた。
 それは第一次世界大戦下フランス北部の前線各地で起こった、スコットランド、フランス、ドイツ3軍による自然発生的なクリスマス休戦の話。

 スコットランド軍のバグパイプの伴奏で、ドイツ軍に所属していたオペラ歌手がクリスマス・キャロルを歌い、フランス軍のシャンパンで乾杯した。そして、多くのものが一つのミサに参加したと言う。当然、公式の戦史には残ってはいないが、ヨーロッパでずっと語り継がれてきたという、実に感動的な話である。

 特に音楽がきっかけで、敵同士が一瞬ではあるが、戦争を忘れて友となっていく流れには熱いものがこみ上げてくる。
 だが、これも最後には国家の力によって無情にも踏みにじられていくのだった。そして、何ともやりきれないのが、ともに同じ宗教の名の元に兵士達は「相手を皆殺しにせよ」と命じられることだった。

 と同時に、ここで描かれる奇跡の物語は、共に同じキリスト教を信じる者同士だから、成立したことだとも言える。もしも、異教徒同士の戦争であったなら、絶対に起きることがなかった物語であり、現代人にとってはファンタジー的に美化された世界に見えてしまうのだった。
 それを考えると、また「シリアナ」の世界にどうしても引き戻されてしまう自分がいた。ただただ世の中は不条理だ。
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by harukko45 | 2007-06-15 04:13 | 映画・TV

 スター・ウォーズ・シリーズのエピソード4から6は、そのストーリーの曖昧さ、強引さや人物描写の薄さを補ってあまりある、素晴らしく魅力的なキャラクターが多数登場したために、観るものの想像力や夢を膨らませることに成功し、空前の大ヒットを巻き起こした。
 まずは、これほどまでに多彩で豊富な登場人物を作り出しただけで、賞賛に値するし、ジョージ・ルーカスの才能の凄さを感じるのだった。

 それと、まるで古代神話的なストーリー展開で、どちらかというと心理劇的な深みのある人物描写よりも、骨太な英雄物語として貫いたことで、かえってより神秘性をこちらが抱くことになったとも言える。

e0093608_15154226.jpg 特にシリーズ処女作のエピソード4は、細かいことは一切抜きで、文句なく楽しい映画だった。私は、初めて見た時にその戦闘シーンにおいてTVゲーム的スリルを感じて、自分が一緒に戦いに加わっているように思えたほど堪能させられた。
 そして、私が大好きだった黒澤明作品へのオマージュ的映像やストーリー展開が随所に見受けられたり(特に"隠し砦の三悪人"あたりのサムライもの)、これまた50〜60年代の黒澤映画でもよく使われたスライドのようにシーン・チェンジする編集(何て言うのか忘れたよ)を見るだけでも、思わずニヤっとさせられた。

 また、冒頭の宇宙戦艦が画面に登場するシーンは、そのあまりの巨大さゆえに、まさに衝撃の映像で、キューブリックの"2001年"への敬意をも思わせる感動的なものだった。この冒頭のシーン一つだけでも、いかにスター・ウォーズが観るものを虜にする力を持っているかを示すものだった。

e0093608_15185023.jpg また2作目の"帝国の逆襲"は、あえて言うなら「007シリーズ」の"ロシアより愛をこめて"と同じような充実感をもった傑作だった。とにかく、ストーリー展開の面白さと、ルーカスの師匠であったアーヴィン・カーシュナー監督の見事な演出力が光り、各キャラが前作よりも格段に深みを持ったし、微妙な感情表現もきちっと映像化していた。

 また、ヨーダという強力なキャラの登場やハン・ソロとレイアの恋、そして何よりダース・ヴェイダーがルークの(そしてレイアの)父であることが知らされ、観るものにますますの興味を持たせたのだった。

e0093608_1521821.jpg だが、旧シリーズの最終作"ジェダイの帰還"は、かなりパワーダウンしてしまう。ハン・ソロは前作でカーボン凍結されたせいか、ずいぶんとお行儀がいいし、ルークは急にマスター気取りでエラそう(それに暗い)、レイアは序盤のシーンで露出度の高い衣装を着ることへの心痛からか、ずいぶんと痩せてしまい、おまけに元気がない。ヨーダも900歳で死んでしまうしね。

 相変わらず元気に盛り上げてくれるのは2人のドロイド、彼らは一応機械だから疲れをしらないわけね。

 何より不満なのは、ヴェイダーとルークによる「父と子」としての、それぞれの心の葛藤が今イチ深く描かれなかったことだった。確かにSFファンタジーとして、気楽に楽しめばよいのだが、あまりにも魅力的で観るものが思わず感情移入してしまうようなところまで、それぞれのキャラが成長してしまったがため、どうしても「もっとこうだろう」とか「俺はこう感じる」的な思いが高まってしまうのだ。だから、それを越えるような脚本と演出、演技を期待してしまうのは仕方ないのだった。

 なので、最後の戦いで反乱軍が勝利するものの、それと皇帝、ヴェイダー、ルークによるどちらかというと「高貴」な戦いが無関係のようにも思えてしまう。つまり、ルークがたとえ暗黒面に堕ちたとしても、結局ハン・ソロがシールドを破壊して、デス・スターは壊滅するんだから、同じじゃん、って言いたくなるのだった。
 そのあたりに、こだわりを持ってしまうのは、新3部作を観たからで、前はそれほどでもなかった。だが、今はダース・ヴェイダー誕生の時、アナキンが抱いた悲しみや苦しみ、暗黒面に堕ちて行く弱さを私は感じてしまったのだから、その結末としてはひどく物足りなく思えるのだった。(SWフリークの精神科医による「ダース・ヴェイダーは境界性人格障害」という研究論文も出たし、ある意味、エピソード1から3におけるアナキン・スカイウォーカーは神経障害に苦しんでいたわけだが、暗黒面に入ることで、4から6における安定感を得たと言える。)

 それと、この旧3部作の抱える最大の欠点は、新シリーズのハイテク映像を見せられたことで、その後旧作を観るとかなり古さを感じてしまうということだった。だが、例えばキューブリックの"2001年"がスター・ウォーズよりも前の作品にもかかわらず、今観ても全く古さを感じさせず、今なお観るものの感性を刺激し続けることを考えると、このスター・ウォーズ・シリーズは映画として本当に傑作なのか?という疑問も浮かんでくるのだった。
 これに関しては、ルーカスも覚悟の上だろう、そのような流れと時間差で作り上げてしまったのだから。また、旧作に対してCGなどで変更や追加シーンを入れて自分の思いを満足させたようだが、正直、観るものには違和感のあるカットに見えるし、彼の姿勢はあまり潔いとは言えないと思う。「これまで撮ったシーンの全てをやり直したい」と生前語っていた超完全主義者のスタンリー・キューブリックでさえ、結局は一切過去の作品に手を加えていないのだ。

 ルーカスの才能の高さに私は敬意を払うし、何だかんだ言ったってこのスター・ウォーズ・シリーズは大好きだが、97年に施したリメイクは決して良いとは思えないし、昔からの支持者の思いを安易に無視した、制作者の傲慢とも言える行き過ぎた変更ではなかったか、とも思う。
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by harukko45 | 2007-06-11 00:00 | 映画・TV

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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