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 ワルター先生の名演で、もう一つどうしてもここにアップしておきたいものがある。

 1938年のウィーン・フィルとのライブによるマーラー第9番だ。もちろんモノラルだし、SP盤から復刻だ。だから、音が悪いか、というとそんなに悪くないし、十分鑑賞できる。
 それどころか、ここまでアメリカのオケを聴いたあとにウィーン・フィルを聴くと、まずのその美音に驚く。こんなにも違うものか、と溜め息してしまう。しかし、聴き進めるうちに、このライブが尋常ではないことに気づく、というか真剣で真実の音世界に浸るうちに、気楽な「鑑賞する」などという次元を越える場所に連れて行かれてしまう。 

 マーラーの音楽のテーマはすべて「死」だそうだ。彼は死をものすごく恐れ、その反面、現世の幸福や美にとことん憧れ続けたという。他の大作曲家達(ベートーヴェン、シューベルト、ブルックナー)がみな「第9」まで書いて死んだことにこだわり、9番目の交響曲に番号をつけず「大地の歌」とし、「第10」を完成させたのだが、彼の死後「第10」が「第9」と呼ばれている。何と言う皮肉。

 ワルターはマーラーの直弟子で、初演も彼の指揮であることから、マーラーの曲を最も理解する人物の一人と言える。そして二人はともにユダヤ人であり、ウィーンをこよなく愛した。
 マーラー死後、ウィーンからミュンヘンなどドイツ各地で活躍し名声を高めたワルターは、59歳で再びウィーン・フィルに招かれ、大いなる人気と芸術的成果を上げたのだった。
 が、彼はすでに33年頃からドイツにてナチスの妨害や脅迫を受けていて、ウィーンに戻ってもナチスのいやがらせは続いた。オペラ指揮中に臭気爆弾が投げ込まれたり、コンサート直前に死の脅迫状が届いたりしたそうだ。
 そういった状況下での38年1月16日のコンサート、「ナチス党員による妨害の咳払いや足音と共に演奏が開始された」とワルター自身が語っている。
 そして、その2ヶ月後オーストリアはヒットラーに占領されドイツに併合された。ワルターはパリに演奏旅行中で暗殺を免れたが、全財産は没収、長女は逮捕、次女はナチス党員だった夫に殺害された。その後彼はアメリカに脱出することになる。

 ここでの演奏はそのような全ての要素が絡み合い、ものすごい何かを生み出してしまった。ずっとマーラーは死の恐怖にのたうちまわっている。音がすべて苦しんで悶えている。なのに、とてつもなく美しい。信じられない状況だ。のたうちまわっているのはマーラーだけではない、ウィーンがヨーロッパが、その後の運命に恐怖しているのだった。1楽章は特に恐ろしい、が、何でウィーン・フィルの音色はこんなにも美しいのか。
 結局、妨害していたナチス党員もそのうちすっかり静かになって聴き入っていたのか、CDではそのようなノイズはほとんど聞こえない。彼らも自分たちの運命をその瞬間に予見したのではないか。
 4楽章の生への憧れは「絶唱」と呼ばれているもので、わずかなヨーロッパの、人類の平和を願うかのようにも聞こえるが、それには切迫した真実味がこもっていて聴いていて身動きできなくなる。

 正直に言う。このような演奏を聴くと、60年代後半のヒッピー文化からくる「Love&Peace」が甘っちょろい運動に思えてくる。本物の音楽家は音楽のみで全てを表現するのだろう。
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by harukko45 | 2005-12-26 00:21 | 聴いて書く

ウィーンで考えたこと

 初めてウィーンに来てから14年も経っていたことに驚いた。その時は、「モーツァルト没後200年」という記念年で、そのキャンペーンにひかれて訪れたようなもの。行けば何でも素晴らしいクラシックが聴ける、ウィーン・フィルだってすぐに聴けるものだと思っていたし、過去の偉大なる楽聖達ゆかりの場所できっと感動しまくるのだろうと考えていたものだ。

 だが、旅はそんなに簡単じゃなかった。手当たり次第いろんなコンサートを聴いたが、さしてロクなものはない。18世紀の衣装を着て、モーツァルトやシュトラウスの抜粋を演奏しているまさに観光客向けのコンサートやザルツブルグの飲み屋での「サウンド・オブ・ミュージック」ショウなどは最悪の筆頭だろう。

 もちろん中には、Musikverein(楽友協会ホール)でのウィーン交響楽団のブルックナーや(これだって、ウィーン・フィルWiener Philharmonikerとウィーン交響楽団Wiener Symphonikerをごっちゃにしていた。)やVolksoper(国民劇場、こちらはシュトラウスなどのオペレッタ中心で庶民派)での「こうもり」は良かったものの、肝心のStaatsoperは旅行社にプラシド・ドミンゴが出るヴェルディの「オテロ」を頼んでいたが超人気で手配がつかず、自力でチケットを買うこともわからず、当日オペラ座の前で呆然と開演を見送ったし、ましてやウィーン・フィルの定期演奏会など地元でも簡単には手に入らないのだということを思い知らされた。

 この時の自分らの不勉強と安易さから来る屈辱を克服するため、帰国後私達は夫婦で猛勉強した。私はコンサートやクラシック界の諸事情、オペラやシンフォニーなどの内容やそのチケットの取り方を、妻は飛行機からホテル、市内の交通、カフェやレストランの場所やメニューの中身などを、徹底的に調べ上げた。その猛勉強の成果は93年に再度ウィーンとイタリアに行った時にすぐに実を結んだ。その後も勉強を怠らず、それをすればするほどウィーンは私達にとって深くなっていき、初回にかなわなかったスーパースター/プラシド・ドミンゴを観ることもできたし、バレンボイムのピアノと指揮でウィーン・フィルの定期演奏会も観られたし、地図なしでたいていの所にいけるようになった。最近ではインターネットの活用でほとんどのことは自力でやって、前よりもより安く賢く旅が出来るようになっていった。

 しかしそうやって、だんだん気がつかないうちに、ウィーンを甘く見始めていたのではないか。もちろん、そこで留学や仕事をしているわけでもなく、ただの観光なのだから、当然その実体の上辺だけに触れて良しとしているだけなのだが、それでもこの10年ですっかりウィーン通を気取り、生意気な態度で街を闊歩している自分が見えるようだ。

 そしてその結果、おごれる私に神様は冷水を浴びせるように、今回の旅は些細なミスやトラブルに見回れた。いや一つ一つは別段大した問題ではなく何処でも何時でも起こりうることだ、が、「俺はよくわかっている。」と傲慢にも自負していたため、小さなドジが許せなかった。例えば、「パルシファル」の一幕終了後は禁物であることも知っていたのにウッカリ拍手して叱責された。「ドン・ジョバンニ」の一幕ではベラベラ喋ったりクスクス笑っている中国人観光客を不愉快に思って彼らをにらんだ直後、自分の持っていたデジタル時計のアラーム音が鳴り始めるという信じられない醜態で回りの人々の顰蹙をかった。もちろん、ホテルのダブル・ブッキングの件もがっくりだし、ずっともめるのに嫌気がさして妥協したのも悔しく思うし情けなく感じた。

 が、どこかのカフェにいる時にふと思いついた。「考えてみればこの旅だけでなく、ここ何年か日本での普段の生活からそうではなかったか?」「もう自分はそれなりにわかっていて、取り立てて新たに学ぶことをしなくても良いって思ってはいなかったか?」「危機感のない安穏とした状況にぬくぬくしながら、過去の経験値だけでいろんな物事をやり過ごして来てはいなかったか?」「それでいて、うまくいかない状況になると、回りの環境や人間関係のせいにしていなかったか?」

 実際、一生懸命ウィーンやクラシックのことを勉強しているときは、旅をしていてもミスが少なかったし、たとえトラブっても「次回のための良い経験」として感じることが出来ていたはず。ところが、そうやって得た自信は、やがて過信になり学ばなくなった。学ぼうとしていないと、嫌なことはそのままストレスや悩みとなってグズグズと頭から離れなくなる。悩むということはものすごくエネルギーを使う。それでいて、何の成果もないことが多いのだ。

 最初から結論は明解だった。「悩む暇があるなら勉強しろ」。よく街を見渡すと、14年前「古くて頑固で何も変わらない」ように感じたウィーンが、実はずいぶん変わっていってることに気がつく。土日もお店のドアは開いているようになったし、現代風のカフェもずいぶん増えたし(スターバックスだって成功している)、携帯電話も氾濫している。活気は前よりずっとあるし、Staatsoperに登場するオペラ歌手も世代交代が激しい。今や小澤征爾氏が国立歌劇場の音楽監督であり、「ドン・ジョバンニ」には東洋人の歌手が二人登場していた。

 それらの善し悪しはともかく、新しい流れはちゃんと受け入れられていて、なおかつ古き良き伝統はしっかりと存在している。実に象徴的なのが、シュテファンス・プラッツの向かい合ってそびえる二つの大きな建物、まるで幽霊屋敷のように外見がボロボロで修復中だが、そのオーラが圧倒的な「シュテファン寺院」と超近代的なデザインのHaasビルの好対照。新しいものと古いものの対立と共存。それはすなわち「伝統を守るためには変わらなければならない」という意識の現れではないのか。

 結局、数年前から変わっていない自分より、ウィーンの方がずっと先に行っているのだった(当たり前だ! 何百年の歴史を生きていると思っているんだ!)。今回の旅は、まだまだヒヨッコであることを露呈した私に、自分が関わること全てについて、もっともっと学んでいく必要があるということを教えてくれた。それと、多分「わかった」などということは人生ではあり得ないのだろう。それが出来たのはお釈迦様だけだ。常に学ぼうとしていなければ、何をやっても「ちゃんとした」意味など見いだせないに違いない。
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by harukko45 | 2005-01-17 00:00 | 旅行

 今回の旅におけるウィーンのカフェ、レストラン、コンディトライのまとめとその出費額。

 3日/Aida(アイーダ) Krapfen 1.15ユーロ、Cremeschnitte 2.25ユーロ。

 4日/Demel(デーメル) Oberscremeschnitte 3.45ユーロ Schneeball 3.45ユーロ。(ここまではコチラをご参照ください。)
 
 5日/Lehmann(レーマン) ここも有名なコンディトライ。店内はなぜかご老人でいつもいっぱい。Krapfen 1.25ユーロ。生地の質がよく、時間がたってもしっとりしていて美味なり。
 
 /Tirolerhof(ティローラーホフ) ウィーンの伝統的な様式を守りながらも、とても気楽に入りやすい大好きなカフェ。毎回訪れるたびに必ず行く。
 自家製のアプフェルシュトゥルーデルが名物で、本当においしい。これはウィーン風のアップルパイといえるもので、シナモン風味のリンゴを薄いパイ生地で包んで焼いてある。私はこのケーキをリンゴを使ったお菓子で世界最高ではないかと思っているぐらい大好きだ。これに、砂糖抜きのホイップクリームを添えてもらう(mit Schlag Sahne.)と、ますます美味である。特にここのは、私にとってベーシックな味。これを基準に各店のものと食べ比べるのであった。
 Grosser Brauner(ミルクを少し入れたコーヒー、大きめ)3.40ユーロ Apfelstrudel 3.30ユーロ mit Sahneで1.10ユーロなり。初めて行った時にいたウエーターさんがまだがんばっていたが、さすがに年取った感じ。すっかり白髪で歩き方がゆっくりになった。でも会えてうれしかった。

 /Witwe Bolte(ヴィトゥヴェ・ボルテ) ホテルの裏にあったバイセルで古くからある店だが、気楽に入れて値段も高くない。味はまあまあ。でも、ウィーンのバイセルはだいたいこんなもの。過剰な期待はしない。
 Gulash(グーラシュ/ハンガリー風ビーフシチュー)ウィーンにくる前にゴトウさんに借りたジョー・ザビヌルの回想録の中で、「久々に故郷のウィーンに帰って、グーラシュを食べた」云々くんぬんを読んで、ずっと食べたかったのだ。9.8ユーロ。Schweinsschnitzel(シュヴァインスシュニッツェル)豚のカツレツ。揚げたてにレモンをしぼって食べる。味は塩のみ。ちなみにWiener Schnitzel(ヴィーナー・シュニッツェル)は仔牛肉のカツレツで豚のよりさっぱりしているが値段は高い。私は豚の方が好き。9.4ユーロ、Bier vom Fass(生ビール)500ml 3.3ユーロ、ミネラルウォーター(ソーダ入り)1.6ユーロなり。

 7日/Landtmann(ラントマン) ヨーロッパで一流中の一流と言われる演劇の殿堂ブルグ劇場(チラっと見学、内装がすんばらしい!)の隣なので、こちらもエレガントで高級感いっぱい。クロークまである。Kaiserschmaren(カイザーシュマーレン)パンケーキ。腹にたまる。8.5ユーロ。Grosser Brauner 3.8ユーロなり。値段もお高いね。

 8日/Diglas(ディグラス) ここも好きなカフェ。いつも賑わっている。食事メニューもケーキも豊富で居心地のよさも抜群。古いカフェは基本的に大理石の小さなテーブルに古めかしいソファと木の椅子。コーヒーなど飲み物は銀のトレイにお冷や付きで出てくる。これがなかなかシャレている。どこの店もウエイターさんは黒服に蝶ネクタイでキマッテいるし、堂々たる仕切りぶりでかっこいい。清算は自分のテーブル担当のウエイターに「Zahlen,bitte(ツァーレン ビッテ)」と言ってその場でおこなう。Cremeschnitte 3.2ユーロ。Grosser Brauner 3.3ユーロなり。

 /Heiner(ハイナー) ここは皇室御用達コンディトライだが、デーメルより入りやすい。ケーキも小ぶりで食べやすい。バニラ・クラプフェンが最高にうまい。ヌガーもなかなか。カルディナール・シュニッテはメレンゲとスポンジケーキが挟まれているが、まあまあね。Krapfen mit Vanille und Nugar各1.6ユーロ、Kardinalschnitte 2.3ユーロなり。

 9日/Ritter(リッター) 庶民の買い物通りであるマリアヒルファー通りにあるカフェでホテルからも近く、ここも気に入っている。ヨーロッパ人は喫煙者がまだまだ多い。このカフェはモクモク度が高いが、値段は安いし食事メニューも豊富。ミュンヘンのヴァイス(ヴァイツェン)ビール(小麦を原料にした上面発酵ビール)があったので迷わず注文。やっぱ、うまい。Schweinsschnitzel 7.5ユーロ、Weiss Bier 3ユーロ、Gemuse Suppe(野菜のスープ) あれ? 味がついてません! 塩ください。3.4ユーロなり。

 10日/Hawelka(ハヴェルカ) 19世紀末に芸術家たちのたまり場だったという、もう何から何まで伝説的なカフェ。とにかく古くて暗い。けっして改装しないんだって。がんこだねぇ。コーヒーも濃いよ。でも、雰囲気最高。タイムスリップしたみたい。必ず訪れて異空間を楽しむ。Grosser Brauner 3.4ユーロなり。

 /Bizzi(ビッツィー) いわゆるセルフサービスのレストラン。イタリアンとドイツものが食べられる。ピッツァやパスタは本場イタリアにはかなわないし、ビールも豊富だがドイツの方がうまい。だが、いろいろある手軽さがウィーン風(?)。ラザーニア 5.8ユーロ。Schweinskotellete(シュヴァインスコテレッテ)ポークソテーね。mit Kartoffeln(ジャガイモ添え) 5.8ユーロ。ビール500ml 2.8ユーロ。ソーダ水 0.8ユーロなり。

 11日/Bizzi また来たよ。ピッツァはまあまあとは言え、日本のよりはうまい。マルゲリータ 5ユーロ。スパゲッティ・アーリオ、これニンニク、まだ生です。もっと炒めなきゃいけません。それに入れ過ぎです。味も薄すぎでニンニクばっかりです。やはりアーリオ・オーリオはむずかしい(?) 5.3ユーロなり。
 ところで、缶ビールをスーパーで買うと500mlで0.39から0.7ユーロ。100円しません。種類もたくさんで最高です。

 13日/Demel また来たよ。私の知る限り最高のチョコレート・ケーキAnnatorte(アンナ・トルテ)ヘーゼルナッツのチョコレートとトリフのチョコレートの合体。最強です。4ユーロ。Apfelstrudel 3.45ユーロなり。

 14日/Heiner また来たよ。もうバニラ・クラプフェンは本当に最高。たまりません。Krapfen mit Vanille 1.6ユーロなり。

 /Wienerhof(ヴィーナーホフ) 去年見つけたお店。あんまり繁盛してない雰囲気なのが、かえって気に入った。味もとってもいいのです。懲りずにSchweinsschnitzel mit Salat 8.5ユーロ。酢漬けのサラダもおいしい。白ワイン 2.6ユーロ。こちらでグラス・ワインをたのむとたいてい0.4リットル入りのグラスでくる。これだけで大満足。

 15日/Demel またまた来たよ。有名なKouglof(クグロフ)を。これはシンプルなスポンジケーキ? シフォンケーキとカステラの間? 飽きない味です。1ホール13.10ユーロ。

 /Heiner またまた来たよ。ちょっといつもと違うものを。Shaumroll(シャウムロール)映画ゴッドファーザ−3で終わり近く、裏切り者のボスを殺すのに使われた毒入りケーキに似ている。バター・クリームのパイ包み、2.3ユーロ。Philharmoniker Ekulea(フィルハーモニカー・エクレア)いわゆるエクレア、ちょっとお酒入り。2.1ユーロ。

 /大好きで何回も通ったゲットバイカースティフトゥケラーが店じまいしていた。ショック。だから夕飯の予定が狂ってしまった。もうネタもつきた。だからってわけじゃないけど…
 /Bizzi またまた来たよ。懲りずにラザーニア5.8ユーロ。Rindsbraten mit Kartoffeln(牛肉の煮込みジャガイモ添え)5.8ユーロなり。はい、ごちそうさまでした。
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by harukko45 | 2005-01-15 00:00 | 旅行

 「ドン・ジョバンニ」はモーツァルトの最高傑作とも言われるオペラ。私は「フィガロの結婚」とどちらを上位に置くか、いつも迷う。と同時に、両方とも大好きで一生つきあうに違いない永遠の恋人と思っている。「フィガロ」は考えるだけで楽しい気分になり、「ドン・ジョバンニ」は聴くたびに深みを感じる。
 
 いろいろなCDや映像を聴き比べ(見比べ)て、自分のお気に入りを探すわけだが、「ドン・ジョバンニ」の場合、CDではブルーノ・ワルター先生のメトロポリタン・オペラでの古いライブ録音に行き着いてしまった。正直これを聴くと他の指揮者はただのメトロノームに思える。それほどまでに曲のえぐり方が凄いし、指揮の凄まじさに圧倒されて、ライブゆえの乱れも歌手の出来も気にならない。映像ではカラヤン指揮のザルツブルグ音楽祭でのライブかムーティ指揮のミラノ・スカラ座のを楽しんでいる。指揮者の凄さはワルター先生にはともに及ばないが、好きな歌手が出ているし、演奏・演出・出演者のバランスがとれているのだ。

 さて、昨夜は小澤征爾氏の指揮で、出演者にはドンナ・アンナをエディッタ・グルベローヴァが演じるという破格の幸運にも巡り会えて、大いなる期待と不安を胸にStaatsoperへ恋人に会いに出かけたのである。

 序曲は有名な地獄落ちの音楽から始まって、まもなく陽気な音楽にかわって盛り上がるのだが、ここらあたりで本日のシェフの特徴がわかってくる。ワルター先生は、非常に厳しい導入部から陽気なパートに移ると速いテンポでまったく気分を緩めること無く、さらにアッチェルをかけるように一気にたたみ込んで行く。フルトヴェングラーは逆にものすごく遅くてベートーヴェンの大シンフォニーのごとく分厚い音でノシノシと進む。いずれにしろ過去の巨匠たちはこのオペラの裏側をえぐりだそうとするのだが、小澤氏は、そんなものは何もないように進めた。譜面通りと言えばその通りだが、やけにきちきちと演奏されるので、何とも先が思いやられる。

 序曲の最後からそのまま1幕目の導入の音楽につながっていき、ドンナ・アンナをものにしようとして彼女ともつれ合うドン・ジョバンニは、アンナの父の騎士団長に見つかり、そのまま決闘し、騎士団長を殺してしまう。婚約者のドン・オッタービオをつれてきたアンナは父の遺骸を見て悲嘆にくれ、オッタービオに復讐を誓わせる。

 ここの音楽を幼いチャイコフスキーはとても恐ろしがったという。もう何度も聴いているから恐いことはないものの、緊張感を持続させてアンサンブルをきびしく決めてくれれば、聴き手の私はワクワクしっぱなしの大好きなオープニングだ。しかし、小澤氏は強姦未遂も殺人も復讐の誓いも何も関係なしに淡々とこなした。感情移入しようとするグルベローヴァをはじめとする歌手たちは、オケよりも前のめりになっていき、小澤氏のタクトがもたもたと後からついていっているように聴こえた。最後には、アンナとオッタービオとオーケストラはそれぞれ歩み寄ることもなく、我が道を行くになってしまった。

 ジョバンニを追ってやってきたドンナ・エルヴィーラに向かって従僕のレポレッロが主人の犯した女のリストを読み上げる「カタログの歌」は、前半の得意げに歌う楽しい部分から、後半テンポをおとして彼女に同情的になり、哀愁をおびたムードになるのだが、小澤氏はあまりにもテンポを遅くし過ぎ、最後にもっと遅くしたので止まってしまいそうになり、どっこいしょという感じで終わった。この日のレポレッロは中国系と思われる若手のバス歌手だったが、残念ながら技量不足は否めず、オケのゆるみをカバーするほどの力はなかった。カラヤンのビデオでのフェルッチョ・フルラネットの豊かな感情のこもった名唱を思い出してしまう。

 その後も小澤氏と歌手たちとの折り合いは悪く、一向に落ち着いて音楽に集中できない。だんだん気づいてくるのは、小澤氏のノリはモーツァルトのそれとは違うのではないかということだ。モーツァルトの音楽には絶対に愉悦感あふれるノリの良さが必要だと思っているが、そのノリ方が根本的に違うのではないだろうか。我々がポップスの世界でニューオリンズのノリだ、ブラジルやキューバのノリが云々と言って、自分たちのノリ方との違いを語るのと同じ問題を感じ始めた。確かに同じ譜面で、同じ音符なのだが、小澤氏から引き出される音は一つ一つが律儀すぎて、長さも強さも同じように聴こえる。それは私がいろいろなCDなどで聴きなじんでいるものとは違うノリだということだ。その音に彼の何らかの強い意志がこめられているのなら、新鮮な響きとして歓迎するが、そこまでのものはあまり感じられない。

 結局、1幕のフィナーレはモーツァルトの最高の音楽の一つにもかかわらず、ちぐはぐなパフォーマンスは改善されず、感動など何処へやら、この前の「魔笛」のように、「ドン・ジョバンニ」よお前もか! とひどく落胆した。私だけでなく全体に聴衆も盛り上がっておらず、冷ややかな拍手で1幕は終了した。

 さあ、ここまでひどい姿の愛しの恋人の今後は、どうせならもっととんでもないことになって、スキャンダルにでもなったらどうかなどと、ヤケッパチな気分でかなり悲観的に考えざるを得なかった。せっかくのウィーンもさんざんな夜になったもんだと思った。

 ところが、2幕目に入って、がらっと雰囲気がかわった。我々の現場だったら、楽屋で緊急ミーティングして、それぞれの部分を確認しあったり気合いを入れ直したりといったところだが、まさかStaatsoperでそんなことはないだろう。(意外とあったりして!!)とにかく、2幕での小澤氏は別人のようにすべてを掌握していた。また、彼にとって幸運なのは、1幕目が各登場人物の人間性を浮き彫りにしていくために多彩な表情が必要なのに比べて、2幕目がずっと夜の暗闇のシーンであり、音楽は主人公の地獄落ちに向かってジワジワと集約していくように書かれていることだった。

 小澤氏は2幕目最初からしばらく室内楽のような静けさと落ち着きでじっくりと聴かせてくれた。これは大変効果的で、本当にうっとりさせられた。そして、ドンナ・アンナの長大なアリアにおいて、グルベローヴァが会場中を熱狂に包み込む素晴らしい歌唱を披露したことで、この後の成功は約束されたのだった。彼女への賞賛の拍手は全く鳴り止まず、そでに引っ込んでいた彼女はもう一度舞台に顔を出さなければならなかった。我々はスタンディングで迎えた。

 もう一つ、とんでもなく素晴らしかったのが、地獄落ち前のジョバンニ邸での晩餐シーン。ここでは、楽しげに楽士を入れてジョバンニが食事するのだが、この舞台上で演奏される室内楽の抜群のうまさったら!! ウィーン・フィルの楽団員が衣装を着て演奏し、軽く演技もするのだが、この間オケピットからは彼らを冷やかしたりはやし立てたり、とくにクラリネットが圧巻にうまく、全員のキビキビしたノリも楽しくってたまらなかった。ここでは小澤氏は振らずに彼らにまかされているのだが、そうそう、これだよ、これ!このノリだよってうれしくなってしまった。

 そして、楽しい晩餐中にエルヴィーラが来て、ジョバンニに改悛をすすめるが彼は拒否、その直後、殺したはずの騎士団長が墓場の石像となって現れ、再び改悛を迫る。が、ジョバンニはあくまで拒否、石像は彼の手を握って地獄に連れて行く。このクライマックスを最大限に盛り上げるために、それまでぐっと抑えてきた効果が見事に生かされた。静謐に進めることで、聴衆は息をひそめるように聴き入り、音楽に集中していったのだった。それが、最後の地獄落ちを強烈に印象づけたのだと思う。この小澤氏の指揮ぶりはお見事というほかないし、敬服した。

 まさに「終わりよければすべて良し」とあいなって、カーテンコールも何度もつづけられ、不安な夜は幸福な夜に変身したのだった。それにしても、モーツァルトの無駄がなく、空間を生かした洗練された音楽、美しさの中に毒を含んだ深みのある内容、あらゆることを音楽で表現してしまうその才能にはただただひれ伏すのみだ。彼は「ドン・ジョバンニ」を33歳で書いた。死はもう2年後だった。私は200年以上前に書かれた彼の音楽にこれからも夢中になりっぱなしだろう。
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by harukko45 | 2005-01-14 00:00 | 旅行

 1月12日、ワーグナーの「パルシファル」を観た。指揮がサー・サイモン・ラトルだ。ラトルは今やクラシック界一の人気を誇る実力者で、ベルリン・フィルの常任指揮者だ。ウィーンとも一昨年(だったかな?)ベートーベンのシンフォニーをレコーディングしてたりして縁も深いようだが、Staatsoperは今回が初登場ということで、要注目だった。

 正直、私はワーグナーの音楽が嫌いではないが、ワグネリアン(ワーグナー信奉者)の一人というほどでもない。よって、ラトルが振ってなければ「パルシファル」を観ることはなかった。とにかく、17時開演、中に20分程の休憩を2回はさんで、終演は22時30分。全曲4時間半以上もの大作だからね。やる方はかなりの重労働だろうが、聴く側にもそれなりの「覚悟」が必要なのだった。

 モーツァルトやヴェルディ、プッチーニらの作品と違って、ワーグナーには「唄」や「曲」、「アリア」だ「アンサンブル」だというものはない。延々と彼の傲慢極まりない、巨大で分厚くて陰湿で威圧的なオーケストラをバックに、歌手達が彼自身が書いた回りくどくて説明が多くて、よく言えば「文学」的なテキストをこれまた延々と歌いながら語り続けるのだった。よって、普通に音楽を聴くようにワーグナーを聴いたら、確実に拷問に感じてしまう。(と思う。)私は、彼の音楽を聴く時は、とにかく「ボケーっと」して聴くようにしている。大筋のストーリーと登場人物さえ把握していれば、細かい台詞を気にしないことにする。だいたい、ご挨拶とケーキや食事の注文ぐらいしか出来ないドイツ語能力では劇の内容を深く理解することなど不可能だもんね。

 イメージとしては大きな音の海に仰向けで浮いている感じで、あとはどこにでも流れて行けというところか。そうこうしているうちに、なんともはや妙な気分になってくる。それが、ワーグナーの毒にやられる瞬間だ。彼の毒が効き始めると、ボケーっとしてたのが、ますますボーっとして、フワフワしてヘロヘロになるのだ。これがはまるのである。かなりの中毒性があるので、一度病みつきになるとしばらく抜けなくなる。今日も明日もワーグナーが聴きたくなる。それ以外の音楽はぬるく感じてしまうのだ。

 さて「パルシファル」だ。ワーグナーはどれも管弦楽が大変素晴らしいし、音響効果もよく考えられてて、いつもCDより実演で聴くほうがその舞台効果の凄さに圧倒されるのだが、今回特に1幕目にはものすごく感動した。ラトルの指揮は文句のつけようもなく、立派だった。ゆったりとしたテンポをしっかりとキープしたまま堂々と進みながら、ピアノでの繊細な表情から、ここぞという時はオケを鳴らしまくるそのメリハリの良さのおかげで、1時間45分間まったく飽きることがなかった。

 それに、各パートのバランスの良さから、色々な楽器が明解に聴こえてきていろいろと気づかされた。例えばバスクラリネットがこんなに効果的に使われているのを初めて知ったし、それ以外の木管パートもこれほど魅力的な内容だったとは思いもよらなかった。そしてまた、ウィーンフィルのクラリネットやフルートはいい音だなぁとまたまた関心してうっとりしてしまったのだった。でも、ホルンはけっこうミスってたなぁ。ウィーンのホルンは独自の古い楽器を使っていて(他の楽器もみんなウィーンフィルだけの楽器)、奏法がむずかしいらしい(その分音色は独特で繊細だ)から、ある程度しかたがないか。これに関してはファンもよく知ってるから大目にみているのかも?

 そして、1幕後半の聖杯城での晩餐のシーンの音楽には、背筋がぞっとするような興奮を憶えた。オーケストラはオケピットだけでなく舞台裏にもいて、場面場面で効果的に使われるが、パルシファルとグルマネンツが城に向かって「時間を空間に変えて」進み、同時に騎士たちが勢揃いするときに鳴らされるベル(?)のとんでもなく幻想的なサウンドの凄さ(どうやったらあのように響くのだろう!)、男性・女性・子供による合唱もいろいろな所から聴こえてきて、生のサラウンドにもまいった。そして、それらに応えるストリングスのトレモロをかけた高音の美しいこと! すべてをかき消すかのような金管と打楽器の強音の刺激に心臓はバクバクしてしまった。さすがに現代最高のカリスマ、ラトルのオーラあふれる指揮に脱帽である。

 あまりにも素晴らしかったので、中央席のお客が拍手したのに思わずつられて拍手してしまった。そうしたら、となりの老婦人にきつく怒られてしまった。そうそう、この手の宗教色の濃い曲に拍手してはいけないのだった。例えば教会で音楽が演奏されて、それを聴いている時などはまさにそれにあたり、曲が終わっても拍手してはいけない。確かワーグナーがこの「パルシファル」はミサのような「聖なる」体験を実現するために、教会と同じようにお客に拍手をしないよう求めていたことをすっかり忘れていた。ご婦人にはちゃんと謝ったが、そうとうお怒りだった。でもなぁ、このオバアさんも音楽がピアニッシモの時もおかまいなしに、席を立って舞台をのぞこうとして、そのたびに椅子がギーギーいってたんだけどね。

 さて、そこまでこだわる第1幕は「聖杯」「聖槍」「聖杯守護の騎士団」「ともに悩み、悟りゆく清らかな愚か者」「予言」「キリストの血と肉(ワインとパン)」の「聖」なるものに溢れた荘厳な舞台だが、そのあとの2幕目は一転キャバレーか売春宿かと思うようなシーンになる。魔法使いグリングゾールは魔法によって城を築き、そこに魔性の花の女たちを集め、その色香によって聖なる騎士たちをたぶらかし堕落させていた。だいたい、聖杯城の王アモルフォタスもまんまとクンドリーの色香に負けて、(キリストの脇腹を貫いた)聖槍をクリングゾールに奪われて、おまけにそれで傷を負わされたのだ。その傷はどうしても閉じること無く、その苦しみに耐えかねて「死にたい死にたい」と言っているのだった。

 そして、その魔法の城にやってくる「清らかなる愚か者」パルシファルを、真っ赤な下着姿の総勢20人以上の魔性の花の女たちはあの手この手で誘惑するのだ。いやーぁ、なかなかいいものを見せてもらいました、と言いたいところだが、残念ながらそれほどでもなかったかな。それに、ここの場面の音楽はものすごく官能的で、これぞワーグナー、自分の性欲の赴くまま人様の奥方と不倫はする(ヴェーゼドンク夫人)は、弟子の女房を亭主の居ぬ間にはらませてしまう(コジマ)猥雑なワーグナーの真骨頂だと思って楽しみにしていたのだが、意外と普通だったのだ。ラトルは非常に明解に音楽を響かせるので、細部まで見通しのいいサウンドなのだが、それが逆に妖しげなムードをうすめてしまい、官能性や陶酔感といったものが少なくなってしまうようだ。だから、あんまりエッチな気分にならなかったのだ。(私は「聴いているうちにいつの間にか股間がモッコリ、というのがワーグナーの正しい聴き方である。」という玉木正之さんの意見に強く賛同します!)

 その後はパルシファルとクンドリーのものすごく長い問答がある。ここはついに拷問の目にあった。歌手がすごくうまくなくてはなかなかもたないよ。今回はテノールが力量不足で、ちっとも英雄ぽくないので、音楽に入り込むことができなかった。ここらへんはワーグナー先生、なんとかなりませんでしょうか。台本見ても、もうちょっと簡潔にしても十分じゃないかと思うのですが。といっても今更音楽を書き直すわけにもいかないしねぇ。耐えるしかありませんか。

 3幕目は聖槍を取り戻したパルシファルが聖杯城に戻り、アモルフォタスの傷を直し、聖杯を開張して万々歳となるわけだが、ここでの音楽は1幕目での感動再び、荘厳の極みとも言うべきオーケストラサウンドで締めくくられるというわけであった。しかし、あまり陶酔感を味わえなかった私は少々欲求不満のまま突入して、なんだか中途半端で果てたような気分だった。とにかく長い長い曲で、頭はウニになったよ。

 とは言え、全体的にはサイモン・ラトルの指揮ぶりはやはり素晴らしかったと思うし、彼こそ現存する数少ない巨匠であることは間違いない。特に1幕は本当に完璧だった。ただし、全体の陶酔感や音楽の中に沈み込んで行くような感覚は私の持っているCD(クナッパーツブッシュ指揮バイロイト響)の方があったというのが結論だ。私としてはこの1幕を聴けただけでも満足したし、マエストロ・ラトルに最大級の敬意を表したいと思う。
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by harukko45 | 2005-01-13 00:00 | 旅行

 昨日から今日にかけてトラブルが続いた。

 その1/ 昨日(1月9日)からホテルをかわった。ここは旅行社に頼らず、自力でインターネットから予約していたのだが、何とダブルブッキングになっていて、一つ余分な予約をキャンセルするのに規定の48時間前をすぎていたのでペナルティを要求された。

 さんざんごねまくり、相手のコンピューターシステムの不備を繰り返し訴えたが、こちらにも慎重に確認しなかった落ち度があるのでやむなく承諾した。単なるコンピューターのエラーに違いないが、もう去年の11月にしたことなので、相手をねじ伏せる決定的な証拠がなかった。ま、それほどの金額でもなかったから、今回は妥協した(1日飯抜きお茶抜きケーキ抜きにしよう、ちきしょう)。しかし、こういうことはやはり気分が悪い。

 その2/ 手持ちのパソコンで、インターネットにつなごうとしたら、なかなかうまくいかず、アナログ回線の部屋からISDN回線の整備された部屋にかわったり、そのルーターを借りたり、それにフロントのネエチャンがこの手のことがよくわからず(私は女だからよくわからないときた!)だったりで、すったもんだしたあげく、数時間かかって結局ダイヤルアップでコネクト成功とあいなった。ほんと疲れた。

 その3/ ウィーンのコーヒーは実にうまくて、代表的なメーカーは「Julius Meinl」で日本で買うとかなりお高いが、スーパーで先週セールをやっていて普通でも安いところが、かなりのお買い得。大量に買って帰ろうと企てていたが、なんと週がかわったらセールが終わってしまった。なんというタイミングの悪さ。

 その4/ ドイツの有名な調理器具メーカーWMFの店もセールで大安売りだったのだが、狙っていた立方体型のおろし金(4面で別のスライスが可能の便利屋君)がここに来て売り切れ。見つけた時にすぐ買うべきじゃないか!

 さて、この程度なら「トラベルとトラブルは1字違い」と笑い飛ばせることだし、多少のトラブルを逆に楽しんでこそ旅はより印象的になる。が、しかし次の2つのことはそれどこではない。

 こちらのニュース(ケーブルテレビではドイツ、フランス、イタリア、それにMTVやCNNなどのアメリカ系TVが見られる。)では連日スマトラ沖地震・津波の被害について放送しているが、ドイツのクルーが撮った映像には海岸ぞいに浮かぶたくさんの遺体が映し出されていて、あまりにショッキングだった。その後、自分の家族に必死に人工呼吸をほどこしているインド系と思える人や、そのそばで泣き叫んでいる人。救援物資に群がる人々や呆然とただただ無気力に見守る人など、言葉もない。ますます自分の無力さとノー天気さにあきれてくる。

 そして、自宅の留守番電話に私の小学校時代の同級生が突然死んだとの伝言が入っていた。

 私は東京の下町、根津で生まれて中学1年までそこにいたが、亡くなった彼とは、小学校・中学校と一緒でずっと親しかった。とくに小学5年あたりから、グループサウンズの影響を受けてエレキ・バンドをやっていた仲間だった。私はオルガンで、彼はドラムだ。我々のバンドはその頃エレキ・インストのバンドで「寺内タケシとブルージーンズ」と人気を二分していた「井上宗孝とシャープファイブ」をコピーしていて、よく彼らが出る「ジャズ喫茶」(今のライブハウス)に行った。シャープファイブの皆さんも子供が来てるのをおもしろがって、ステージに上げてくれて演奏させてくれたりしたのだ。

 私にとってその経験がなければ、今のようにプロのミュージシャンになることはなかったろう。あの時、私はこれがやりたいと決心してしまった。それだけインパクトのある経験をともにした仲間は当然特別な存在だ。その時の一人が亡くなった。まだ47だ。何で? ショックであり、怒りをおぼえる。そして、日本から遠くはなれたウィーンにいることを不安に思えてきたし、後悔しはじめた。ひとまず根津の仲間に電話してよろしくお願いするだけしかできない自分をますます情けなく思う。

 最後に、再びドジが判明した。先週まで泊まっていたホテルにコンピューターにつなげていたスピーカーを忘れたのだ。今頃気づいて、この海外でちゃんと残っていると期待しても無駄だろう。がしかし、とりあえず駄目元で、ホテルに行ってみた。フロントの女性はチェックアウトした時の人で、私を憶えていた。忘れ物をしたことを伝えると、係に電話して探し出してきてくれた。私はちゃんととっておいてくれたことに何度も感謝の言葉を告げ、ホテルを出た。少し救われた気になった。本当にありがとう。
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by harukko45 | 2005-01-10 00:00 | 旅行

 ロッシーニの「セビリアの理髪師」を観た。一昨日と同じStaatsoperでだが、席の値段は10分の1の天井桟敷の右側、舞台の半分は見えない。が、前にも書いたように、かえって音が良かったりするのだ。オーケストラの音がオケピットから真上に向かってくるからだろうか。ただし、舞台の全容は見えないので、ある程度ストーリーを把握していないとチンプンカンプンになってしまう。今はDVDなどで自宅で予習できるから助かるのである。

 ところで、ロッシーニという人はイタリアの作曲家でモーツァルトの死後、ヨーロッパのオペラ界の人気を独占した人で、その当時あまりの人気にモーツァルトのオペラの上演回数が減ったのだそうだ。ところが、人気絶頂だった37歳で突然引退し、その後は美食家として余生を過ごしたという。料理のレシピ本も残していて、ロッシーニ風ステーキ(牛ヒレステーキの上にフォアグラがのっているやつ!)なんかが有名。最近じゃ日本のデニーズの冬の定番メニューだよね。なぜそんなに早く音楽界に見切りを付けて、悠々自適の人生を選んだのか、今でも全くの謎だが、事実としてわかっているのは、その後彼の作品の人気は凋落、現在ではこの「セビリアの理髪師」以外はどこの歌劇場でもほとんど上演されなくなってしまったことだ。

 このオペラがヒットしているときは、ベートーヴェンも絶賛していて、ロッシーニに直接「セビリアのようなオペラをもっと書きなさい。」と言った、とロッシーニが語った記録が残っているそうだ。確かに、ベートーヴェンの推奨なしでも、この作品が良いのは十分わかるし、DVDなどで鑑賞するより、実際の舞台を体験した方が、見せ所聴かせ所がより明快で、ずっと楽しめた。はっきり言って、一昨日の「魔笛」よりも数段よいパフォーマンスであった。

 とにかく、最初から最後まで享楽的、ドタバタしまくって、ブワーっと終わる。そこに何も含みも裏もなく、徹頭徹尾楽しんでしまおうという感じだ。タラッタラッタラッタラッター、タラタタラタタラタタラッター、タラタタラタタラタタラタタラッター、ブンチャブンチャブンチャブンチャ.....。ベートーヴェン以後のクラシック界が「ゲイジュツ」しまくって、やたら堅苦しく、小難しくなっていったのに比べて、ロッシーニの徹底的な「ノー天気」さは逆にすごいなー。いやいやすごいよ。それにテクニック的にもむずかしい曲ばかりだったし、全曲にわたってクレッシェンドをやたらかけていくのが、おもしろくてたまらなかった。「やれやれ!いけいけ!」って感じで盛り上がっちゃったのだ。

 私の大好きな映画監督のフェリーニが(彼もイタリア人だわな。)「私という人間は『セビリアの理髪師』の序曲のようなもの。」って自らをインタビューで語っていたのを思い出して妙に納得した。そう言えば、ニーノ・ロータの音楽もフェリーニの映画の時だけ特別な感じだからなぁ。ベースにロッシーニがいるのかなぁ。うーむ、イタリア人っておもろい。それでいて、サッカーはあんなにセコイ試合して喜んでるしなぁ。ほんと、不思議。

 さて、今日のウィーン・フィルはめっちゃくちゃうまかった! ノリもご機嫌で踊りだしたくなるような素晴らしい演奏だった。歌手ではドン・バジリオ役のフェルッチョ・フルラネットが最高だった。彼もイタリア人で、かつてはカラヤン指揮の「ドン・ジョバンニ」などモーツァルトもので大活躍していたし、もちろんイタリアものでも素晴らしいまさに一流のバス歌手で、5,6年前にやった「フィガロの結婚」のフィガロ役は、私にとってもっとも理想的なフィガロであったと確信している。その彼の生の唄を聴けたのは、大変幸せなことだったし、一生の思い出になることだろう。

 ところで、今日は演目のせいもあるだろうが、お客もイタリア人が多かったな。あちらこちらでイタリア語が聞こえたし、「Bravo!!」の声も凄まじかった。とにかく人生を楽しむことをよくわかってるのかな、彼らは。今夜は「Viva,Italia!」でした。
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by harukko45 | 2005-01-08 00:00 | 旅行

 かつてはStaatsoperのチケットを事前に入手するには、ファックスか手紙をBundestheaterkasse(国立劇場連盟前売所)に送るしかなかったし、席の値段の範囲を最低これくらいから最高これくらいという具合に指定できるだけだった。その返事も郵送で送られてきて、出発間際までわからないこともあった。
 それに、実際の座席指定はあちらまかせで、同じ値段でも天井桟敷席(Galerie)をのぞんでも、ボックス席(Logen)を割り当てられたりしてしまった。だから、やはり実際に現地に行ってから直接買うべきだと思い、3回目の訪問あたりから、ウィーンに着いたらすぐにKasseに行くことにした。

 その当時のBundestheaterkasse(スペル書くだけでも重苦しい)は、まるで役所か銀行のようなところで、妙に威圧感があった。とにかく、そのいくつかある窓口でガラス越しに係員とああだこうだやってチケットを手に入れるわけだ。こちらがあやしい英語でいろいろと言ってると、あきれた顔で首を振って、「これしかない。一番高い平土間(Parket)席か、天井桟敷の一番端(舞台はほとんど見えない!)のどちらか!」、もしくは「すべて売り切れ、当日キャンセルがあるかもしれないから、その時にまた来い。」てな感じだった。とっても感じ悪くて苦々しい気分になったこともあったが、ちょっとした対決をしてるようで私としては結構楽しんでいた。何回かやっているうちに、うまく会話が通じたり買い方がうまくなったりしていくのも楽しかった。

 しかし最近ではインターネットのおかげで、日本にいながら1ヶ月前から座席指定できるようになった。ランク1と2の高い席はシーズン開始からすぐに予約できるのだ。席がとれたら、そのレシートをプリントしてKasseに持って行くだけになった。もう、係の人とは挨拶してレシートをチケットと交換して終わり。簡単になった。そして今回、今までのKasseが新しくなり、あの窓口のガラスもなくなった。とってもフレンドリーでスタイリッシュな雰囲気になった。ハイテクを駆使してサービスも良くなったわけである。でもなぁ、なんかちょっと寂しい。そう簡単には入れてやらないよ、って感じがなつかしい。
 
 ヨーロッパ一番の品揃えの楽譜店がDoblingerだ。ここもすごかったよ。とにかく1876年創業の老舗中の老舗ですからね。1991年に行った時、ふらっと入って楽譜をペラペラとめくっていたら、店員がすっ飛んできて、「だめ!」と怒られてしまった。ここでは、勝手に品物にさわることは許されない。ちゃんと自分の欲しいものを告げて、店員がそれを持ってきてくれて初めてさわってよろしいのだ。だから、「何が欲しいのか?」と聞かれて、適当に「モーツァルトの“フィガロの結婚”の総譜。」なんて言っちゃうから、分厚いのが出てきちゃって。で、まあ持ってても損はないし、なんて思って買っちゃたりしたわけで。

 ドブリンガーにはCD売り場もあって、ほとんどクラシック専門だった。入ると数人の店員さんたちにキっとにらまれた。まずはちゃんと「Gruss Gott.」とご挨拶するのは当然であり、その後自分の欲しいCDをやはり告げるのが流儀なのだ。最初は日本のCDショップのつもりで見るだけで出てきてしまったが、その間ずっと太ったオバさんの店員ににらまれっぱなしだった(そういう顔なだけで、本当はにらんでたわけじゃなかったかも)。そこで、次はちゃんと「ウィーンのシュランメラン音楽(ホイリゲやワイン・ケラーなどで歌われる大衆歌謡?)とチロル音楽のCDを探しています。」というと、そのオバさんが「Yah!」と言って、奥から2枚のCDを出してきて、「これがイイ!」である。それぞれオススメのを1枚ずつしか出さないわけ。で、良いと力強く断定するのだからおもしろい。もちろん買って帰った。

 それから3回目に行った時は、ちょうど教会でオルガンを聴いた直後だったので、そのオバさんがいるのを確認して店に入って行き、彼女に「オルガンのCDが欲しいのですが。」と言うと、今度は何枚かあるコーナーに案内してくれた。そこで、「あなたのオススメは?」と聞いたら、2枚ほど選んでくれた。そのうちカール・リヒターのを買ったのだった。

 久々にドブリンガーに行ってみた。去年来た時大改装していたからだ。もう、あのオバさんはいなかった。それに、譜面は自由にさわってよくなった。普通の本屋と同じようにお客があちらこちらで楽譜をさがしていた。もちろんCDも。とっても買いやすくなったし、楽になった。でも、ちょっと寂しい。これも時の流れなのかな。楽になって、こちらとしてはずっと良いのに、敷居が高いのも懐かしいなんて贅沢な注文だね。
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by harukko45 | 2005-01-07 23:00 | 旅行

 1月6日は、オーストリアでは三聖王の日で祝日だ。シュテファン寺院では朝の10時からミサがおこなわれ、ハイドンのミサ曲が演奏されるので、聴きに出かけた。私たちはキリスト教徒ではないので、信者の人たちの邪魔にならないようにパイプ・オルガンの横で立っていたのだが、オーケストラや合唱団も間近に見学できたし、何よりオルガン奏者の演奏ぶりをそばで見れたのが楽しかった。
 
 昔はハイドンには興味がなかったのだが、今では渋みがあって、無駄を排した純古典ともいうべき音楽が、とても魅力的に感じた。教会での独特の響きの効果も相まって、余計な理屈抜きで「いい曲だなぁ。」と思ったのだった。とは言え、2時間にわたるミサでずっと立っているのは少々疲れた。それに、教会はとても冷えるのだ(夏は暑さをのがれて涼むのに最高なのだが)。

 オーケストラの楽員たちも、司教さんの長いお説教のときは、そうとう退屈そうであり、セカンド・バイオリンのひとりは椅子から転げ落ちそうなくらいの居眠り状態だった。しかし、指揮者が振り下ろせば、すぐにシャンとするのは当然とはいえ、さすがだった。やはり、ミュージシャンは演奏する以外は役に立たないのはどこの国でも一緒か。

 これで、クリスマスからの祝賀は終わりで、街の飾り付けなどは取り除かれて、通常にもどるのだった。

 夜には国立歌劇場に「魔笛」を見に行った。もちろん、モーツァルトの傑作の一つであり、ウィーンで見るのは初めてだったので大いに期待していたのだが、残念ながら大きく裏切られる結果となった。こんなにつまらないモーツァルトを観るのは私としてはショックであり、ウィーンにとっては「オラがマチのモーツァルト」で十八番中の十八番であるものが、この程度の出来では「魔笛」の将来が心配にもなってしまった。

 確かに、このオペラはストーリー的にもともと矛盾があって、現代の感覚からすると共感できない部分が少なくないのだが、それに目をつぶってもあまりある魅力をモーツァルトの音楽がつくっていたのである。しかし、今回の演出では初心者にもわかりやすくするためか、余計な仕掛けが多すぎるし、衣装や美術もわざとらしい。肝心の歌手たちも若手ばかりで力量不足であり、すべてのアリアが全滅といってもいいぐらいの不出来さ加減だった。

 そして、一番納得いかないのが指揮のジュリア・ジョーンズ女史で、彼女はウィーン・フィルに古楽器風の奏法をとことんやらせようとしているのだろうか。その辺はさだかでないが、弦のヴィブラートはすごくおさえられ、サスティーンもないように弾くので、音がとぎれとぎれに聴こえてくる。おかげで、いつもは夢みるように豊かに響く弦のパートが、霞がかかったように抜けてこない。また、「魔笛」のタイトルどおり、このオペラで大活躍するフルートにも、ソロの部分のニュアンスは私が今まで知っているものとは全然違っていて、ポツポツ切れるように吹かせていた。これにはとても違和感を感じたし、本来なら感動的なタミーノとパミーナが二人で試練の場を乗り切る音楽を、まったく楽しむことができなかった。

 そしてその曲のあとに来る、パパゲーノの首つりの歌とパパパの二重唱は、まさにオペラ全体のハイライトであって、いい演奏で聴くと最高に感動するところなのだ。首つりの歌は人間の愚かさや悲しさや、それでいて愛らしさが込められた深い内容の曲であり、そこのえぐり方次第で、それに続くパパゲーノとパパゲーナの二重唱が泣けるか泣けないか決まるのである。それをただ軽やかにサラサラやられては、同じパッピーエンドであっても、大事な何かを置き忘れていて満足できない。ここには晩年のモーツァルト特有のどこか達観した視点が絶対に必要であり、そこが描けてなければ彼の音楽はただ綺麗なだけになってしまう。

 いやいや、もともとちゃんとそのように書かれている作品に対して、ちゃんと共感せずに仕事してしまったとしか言いようがない。話せば長くなるが、だいたい序曲からして変だった。この序曲だって、壮麗で気品に満ちた導入部から入って、第一主題を弦の各パートが順番に追いかけていくのだが、ここなど核分裂を繰り返しながら、一気にビッグバンするような素晴らしい展開なのに、ぜんぜんワクワクしないのである。1幕目の3人の侍女とタミーノとパパゲーノの5重唱だって味気ない感じだった。本来なら美しいメロディとアンサンブルが溢れるように次から次に流れ出て、こちらが応対するのに余裕がないぐらいで、最後に「Auf Wiedersehen」と繰り返すだけで涙してしまうところなのに!

 牧師とタミーノの問答はもっともシリアスで緊張感が漂う音楽であり、もっときびしい感じで出来るはず。だからこそ落胆するタミーノが浮き彫りになるのだし、それを慰めるフルートの旋律が神々しく美しく響くのに。パミーナとパパゲーノを救うグロッケンシュピールの音色も幻想的ではなかった。これこそ、夢の世界に行ってほしい。それには、他の楽器をもう少し鳴らした方が良かったのではないか。これだけでなく全曲にわたって、オケはもっと豊かに響かせてほしかった。

 ただし、モーツァルト先生にも一言。台本の不備の影響でやむを得ないところが大きいが、「魔笛」全曲が傑作というわけではない。いくら天才といえども、中には出来の悪いものもある。モーツァルトだからって、何でもかんでも最高と言っていては、贔屓の引き倒しになってしまう。私が思うに、2幕目に入ってしばらく今イチの音楽が続くし、場面も試練だなんだと宗教臭くなって盛り上がらない。ここらあたりが現代人にはピンとこない題材で、どうしてもお伽話風を強調した演出になってしまうのではないか。

 とにかく、これなら家でビデオを観た方が感動する。かつてジェームス・レヴァインがウィーン・フィルとザルツブルグ音楽祭でやったビデオは大好きな演奏だ。演出はジャン・ピエール・ポネルでセンスがとってもいいし、歌手もそろっているし、若きレヴァインが最高だった。とにかく、CDで聴くブルーノ・ワルターやベームのような演奏は無理としても、せめてもっと音楽中心のパフォーマンスで「魔笛」をあつかってもらいたい。そうでないと、近い将来この曲はオペラの上演レパートリーからはずれてしまうような危機感さえ感じたのである。
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by harukko45 | 2005-01-07 00:00 | 旅行

 ウィーンでも連日、スマトラ沖大地震と津波のニュースが流れているが、欧州市民の犠牲者もここオーストリア、ドイツ、スウェーデンなどで200人余りの死亡が確認され、約4000人が今も行方不明だということだ。
 
 まったくもって人類史上に残るとんでもない大惨事となってしまった。そして、今日(1月5日)正午、欧州各地で約15万人の犠牲者を悼んで、3分間の黙祷が行われた。

 私はその時間、ちょうどシュテファン寺院のあたりにいたのだが、正午と同時に鐘が鳴り響き、多くの人々が立ち止まり黙祷を捧げた。こんな時期に同じように旅行してのんきに遊んでいる自分を考えると恥ずかしい気持ちでいっぱいだが、その幸運を神様に感謝するとともに、犠牲者のご冥福を心よりお祈りするばかりだ。
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by harukko45 | 2005-01-06 00:00 | 旅行

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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