今日から、水越けいこさんの秋ツアーとして、名古屋・京都・大阪と回ってきます。大阪2ステージで計4回のライブがありますが、内容も初日の横浜とは少し違うセットになる予定です。いい出来にになるように、頑張っていきたいと思いますので、会場にお越しの皆さん、どうぞお楽しみに。そして、一緒に楽しみましょう。

 それでは。
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by harukko45 | 2011-09-30 01:04 | 音楽の仕事

 今日から(おっと日付け変わって昨日ですね)、水越けいこさんの秋ツアーの始まりです。先ほど、横浜Baysisでのライブを終え、帰ってまいりました。昨夜も熱いファンの皆さんがたくさん集まっていただき、本当にうれしく思います。
 前回の春ツアーは、バンドも大所帯で、選曲も派手目なものがならびましたが、今回はうってかわって、ある意味原点回帰とも言える内容。私と田口慎二くんのギターのみでバックをつとめますし、どちらかと言えば、けいこさんの初期時代のアルバムからの曲が多くなりました。その分、気を使う部分も多いですし、緊張感も高まります。

 初日を終えて、個人的にはいろいろ反省ばかりですが、全体的にはしっとりした内容が、なかなか好評だった模様。まずは良かったです。この後、名古屋・京都・大阪で、再び東京2daysとなりますので、より良い内容を目指してもろもろ煮詰めて行きたいと思います。

 それではひとまず、けいこファンの皆様にお礼を。どうも、ありがとうございました。
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by harukko45 | 2011-09-26 00:14 | 音楽の仕事

詳細(10)からの続き。

 En1.サファリ・ナイト
e0093608_22283336.jpg "サファリ・ナイト"に関しては、詳細(2)のコーナーでも少し触れているし、曲もアレンジも歌も、まさに「キマッテル!」んだから、何も付け加えることはない。それに、ライブでは特に演奏効果の高い内容なので、必ずと言っていいほど盛り上がるのだった。今回のようにアンコールに応えてのパフォーマンスになると、より熱気倍増って感じでありました。それに、サビでの会場から熱唱ぶりもうれしかったですねぇ。

 それにしても、あらためてオリコンのチャートなんかをチェックしてみると、この"サファリ・ナイト"、"たそがれマイ・ラブ"(最高位2位)、シルエット・ロマンス(7位)に続いての3番目(20位)で、"愛は時を越えて"(30位)よりも上だった。
 ちなみに、続くのは"ビューティフル・ミー"(40位)、"シンプル・ラブ"(44位)。ただし、売り上げ数で見て行くと、"愛は時を越えて"が3位に浮上して、"サファリ・ナイト"は4位となるが、それでも10万枚以上ですから、たいしたもんです。

 もちろん、ジュンコさんも美乃家も、アルバムを中心にした活動をしていたのだから、ヒットチャート云々で評価するのは的外れなんだけど、私が思っていた以上に、"サファリ・ナイト"が一般的にも支持されていた事を、ちゃんと数字が物語っていたのでした。これからも大事にしていかにゃいけませんな、ウム。

 En2.You've Got A Friend

e0093608_2333756.jpg ライブの大ラスは、キャロル・キングの名作クラシック曲。たくさんの人がカヴァーしていて、あまりにも有名だが、ジュンコさんは昔からダニー・ハサウェイのバージョンをやっていた。
 このダニー・ハサウェイのライブ盤は、「一家に一枚」級の名盤であるし、ここに入っている"What's Goin' On"と"You've Got A Friend"は、ミュージシャンにとっては、ちょっとしたセッションでよく演奏するもので、それほど、このアルバムでのアレンジは人気が高いし、カッコいい。
 特に、ソウルフルな歌唱が出来る人には、聴かせどころ満載で、まさにうってつけなのだった。

e0093608_5161596.png で、アルバムのプロデューサーは再びアリフ・マーディン師匠で、ほんとに、名盤の影に彼の名前あり、だ。
 それにしても、「Donny Hathaway Live」の臨場感って最高。これがライブだ!って感じ。そして、彼が弾くウーリッツァー(Wurlitzer)・ピアノがこれまた最高に気持ちいい。だから、我々がカヴァーする時も、どうしてもウーリッツァーっぽいサウンドでやりたくなるのだった。

e0093608_016754.jpg とは言え、"You've Got A Friend"の本家本元は、キャロル・キング大先生。1971年の"Tapestry"での弾き語りがまずはオリジナルとなるが、ヒットしたのは、同じ年にリリースされたジェームス・テイラーのシングル盤。その後、アルバム"Mud Slide Slim and the Blue Horizon"に収録されるわけだけど、この2枚の制作はほぼ同時期で、お互いにレコーディングに参加しあっているので、どっちが先だ後だ、ってことはどうでもいいかも。


e0093608_0162961.jpg e0093608_0161647.jpgだが、このジェームス・テイラー・バージョンも、本当に素晴らしい仕上がりで、さすがなんです。その年のグラミーで、最優秀男性ポップボーカル賞、最優秀楽曲賞も当然。とにかく、テイラー自身が弾くアコギの素晴らしさにまずはやられて、優しい彼のボーカルには涙するよ。ラス・カンケル、リー・スクラーらのバックも文句なし。永遠の傑作です。


e0093608_0163596.jpg ところが、今回ウィキペディアをのぞいてみたら、ジェームス・テイラーよりも先に、この曲をカヴァーしていた人がいた。それはイギリスの女性歌手、ダスティ・スプリングフィールドだそうだ。
 しかし、レコーディングされたものの、理由はわからないがお蔵入りとなり、長く未発表だった。が、彼女の代表作であり、これまたアリフ・マーディン氏プロデュースの「Dusty In Memphis」が1999年にデラックス・バージョンとしてリイシューされた時に、めでたくボーナストラックとして収録されていた。

 私は、本編の方ばかり気にして、ボーナストラックの方はほとんど見向きもしなかったのだが、今になって聴いてみたら、なるほど、60年代のブルー・アイド・ソウルの代表格ともいえるダスティらしい出来で、これはこれで、なかなか。で、イントロのピアノが、ダニー・ハサウェイっぽい感じだけど、そこまでは行き切ってない、って具合。
 ひょっとすると逆に、ダニー・ハサウェイが、これを参考にしたかも?なんて。とりあえず、同じアトランティックだし、アリフ・マーディンがらみで、ありうるかも。うーん、また眠れなくなっちゃうなぁ。(ちなみに、ダスティの"You've Got A Friend"はマーディン氏ではなく、Jeff Barryのプロデュース)

 まぁまぁ、とにかく、どんな形であろうとも、この名曲"You've Got A Friend"は常に素晴らしいということです。

 そして、ジュンコさんは今年、震災で苦しむ被災者の皆さん、そして、いつまでたっても明るい希望を持てないでいる日本人すべてに、この曲の持つ、シンプルでありながら、常に深いメッセージを贈るように歌い切った。
 私は、名古屋でのステージで、演奏前のジュンコさんのMCで、この曲の歌詞の暖かいメッセージにあらためて感じ入り、思わず熱いものがこみ上げてきてしまった。何度もやっている曲であるのに、これほど感動して演奏できたことはなかった。

 さて、これで、クラブサーキット2011の詳細は終了です。長々と最後まで読んでくださった方には厚くお礼を。そして、各会場にお越し下さった、たくさんの方々にも、厚く熱くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。来年もまた、再会できますように。


 
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by harukko45 | 2011-09-25 00:45 | 音楽の仕事

詳細(9)からの続き。

 m8.愛は時を越えて

e0093608_22223858.jpg ここ数年、ジュンコさんのライブでの本編最後は"アイトキ"がキマリになっている。我々がやっているのは、2009年リリースの「Terra 2」での泰輝さんアレンジによるピアノ・ダビング・バージョンを元に、通常のバンド・スタイルにするべく、その年のクラブ・サーキット用リハーサルで作り上げていったもの。プロデューサーの佐藤健さんのアイデアを実際に音にしながら、いろいろ手直しを加えていったものだ。

e0093608_22595650.jpg その前までは、当然ながら、92年に大ヒットした、重実徹さんアレンジのオリジナル・バージョンを多く演奏していた。私が「チーム大橋」に復帰したのも、この曲がヒットしてから数年、といった時期だったから、ほとんどのライブで本編最後、もしくはアンコールでの演奏だったと記憶する。

 この曲がヒットした頃と言えば、当時の政府・日銀の失政(90年、遅すぎた総量規制、金融引き締め)による急激なバブル崩壊が始まっており、92年には東京佐川急便事件に始まる金丸信議員の失脚・辞職・逮捕、経世会の分裂、小沢一郎議員らによる新党結成、93年には細川政権誕生で、自民党が下野したものの、細川、羽田の短命政権、社会党離脱により、自社さ政権の誕生という大混乱の時代。
 信じられないことだが、ここ最近の政治状況と同じようなことが、あったのだ。そして、あれから約20年間は「失われた20年」となってしまった。
 
 なんと"アイトキ"が歩んできた年月の不幸だったことか。我々日本人は、この20年間、たくさんのものを失った。それは、単なる財産や資産の価値だけでなく、自信や誇りや希望さえも揺らぐような喪失感の中で過ごしてきたと言っても、言い過ぎではない。
 そして、今年、3.11。

 私は今回、"愛は時を越えて"のイントロを弾くたびに、その響きが、鎮魂の鐘のように思えてしかたがなかった。あまり、そういうことを意識しすぎないように心がけていたつもりだったが、いざ、あのフレーズと和音が鳴ると、自然とそのような思いになったのだった。
 その後も、音楽に夢中になっていたとは言え、心のどこかに鎮魂と哀悼の思いが常に置かれていたように感じる。

 芹沢類さんによる歌詞は、最初から大きな世界観を持って、このように作られていたのかは定かではないのだが、たとえそうであろうと、なかろうと、やはり時代が詞と曲をじょじょに育て、より深い意味を聴き手に感じさせるものなったことは確かだと思う。
 歌い手である、ジュンコさんが自ら強く、それを意識していることが一番大きい。ある意味では、ジュンコさん自身が伝えたい意味を深めて、曲を育てた、という事だと思う。

 私も、この曲への印象は90年代とは一変した。バブル時代の名残りをどこか感じさせるオリジナル・バージョンから、今のテラ・バージョンへの変遷はかなり興味深い。
 実は、この曲にはたくさんの別バージョンが存在するのだ。

 ①92年シングル・バージョン、②93年のアルバム「ミスセレナス」収録のリ・ミックス・バージョン、③同じく「ミスセレナス」収録の重実徹さんによるピアノ・インストゥルメンタル、④93年の9月リリースの「ネオヒストリー」収録の井上鑑さんアレンジによるストリングス・バージョン、⑤2003年のミニ・アルバム「June」収録の私のアレンジによるウィズ Dr.K・バージョン、そして、⑥2009年の「Terra 2」バージョン、計6種類を現在聴くことができる。

e0093608_0292333.jpge0093608_029308.jpge0093608_0293828.jpg

 ①は音数も多く、シンセのサウンドやディストーションのギターがこの時代っぽく感じられるが、やはりヒットするための強さを持っている。テレビ局からの要望が多く、現場ではその対応にストレスを感じたとの話を、コーディネーターの人から聞いたことがある。だが、その苦労が実を結んで、ヒットにつながった。間奏のギター・ソロは堀越信康くんで、彼とは若い頃にずいぶん一緒に仕事した。クレジットの表記を見て、すごく懐かしく思ったのだった。

 ②は①と同じ音源であり、その違いは微妙ではあるが、よく聴きこむと、二人のミキサーがそれぞれ何を主張したいのかが、じょじょに見えてくる。リ・ミックスは中山大輔さんで、私が大いに影響を受けた人で、かつての飲んだくれ同士でもある。彼はちょっとしたところで、やんちゃしている。本人はいたって大真面目ではあるが。

 ③は完全なるインストだが、名手である重実くんに、これほどシンプルに弾かれると、逆に聴き手の方がいろいろ思い入れを込めてしまう。彼とは、20代前半の頃によく顔を合わせる仲で、その当時から強力にうまくて、とても頼もしい存在だった。

 ④は井上さんのアレンジが美しい。純音楽として素晴らしいと思う。曲が進むにつれて①以上にドラマチックになるのが井上さんらしい。井上鑑さんは、もちろん日本を代表するアレンジャーであり、その楽曲の中に自分の主張を必ず入れ込むことにも長けている。そこが、彼のアーティスティックな一面だろう。

 ⑤はこの中で一番素朴だが、徳武弘文さんのアコとエレキ両方のギターが素敵で、フレーズ一つ一つに愛があり、彼の人間性と同じく、とっても優しさに満ちている。この時のベースは六川さんで、私と3人だけで演奏した。ドラムスはRecycleで作ったものだ。
 徳武さんが、ジュンコさんの仮歌の凄さに、少し緊張していたのが印象的だった。でも、その時録ったマーチンのアコギの音は、本当に素晴らしかった。

 ⑥は泰輝さんのピアノが凄いということに尽きる。たぶん3回ぐらい重ねていると思うが、実に緻密でありながら、かなり豪華絢爛でもあると思う。彼は一人だけで、どんな形でもやり遂げることが出来るだろう。その才能には脱帽だ。

 もしも、"アイトキ"が好きな人、それどころか、ぞっこん惚れ込んでいる人は、一度、これらのテイクを順番に聴き進めてほしい。私はそれをやって、何とも不思議な気分になった。正直、どれがいいとか、ここがイマイチ、といった話ではない。歌自体が持っている不変の意志とも言えるものが、どのテイクにも貫かれていることに気がつき、そして、バックのアレンジ、演奏には「それぞれの時」「その時の空気」が刻まれている、ということ。

 正直、この曲のように、印象が年月とともに大きく変わって行ったものを、私は他に知らない。

 ジュンコさんが「ネオヒストリー」のライナーノーツで、この曲について書かれている文章が素敵なので、勝手に引用させてもらう。
「この曲には、いろいろな逸話があり、生、死、門出と、どの場面にも不思議とフィットする多面性を秘めています。私にとっては、まさに新しいスタッフとの出会いがあり、新たなる門出であり、人を信じるという強さを知り、期待されるという大きな自信を持てるきっかけとなりました。
 これからの歌手生活における第2の扉は、まさに開いたところ。これまでの道を振り返りつつ、未来への道を再び、ゆっくりと1歩づつ歩んでいこうとしています。
 "希望"を私の道づれとしてネ・・・」


 さて、"アイトキ"を演奏し終わると、私個人は数秒ほど茫然としてしまう。一呼吸置かないと立てない感じだが、無事に終えることが出来て、常に大きな満足感も味わってもいるのでした。そして、会場からの暖かい拍手には、心から感謝しています。本当にありがとうございました。
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by harukko45 | 2011-09-24 01:30 | 音楽の仕事

詳細(8)からの続き。

 m7.Disoco Medley_d.Boogie Wonderland

 長々と引っ張ってきた「ディスコ・メドレー」をネタに昔の音源を掘りまくるコーナーも、いよいよ最後か。"Boogie Wonderland"はそれほど広がりはないか?どうなりますか。

e0093608_6413090.jpg 1970年代も最後の年の6月にリリースされたEW&Fの新作「I Am」は、前作同様に大ヒット、シングル・カット第1弾であった"Boogie Wonderland"は、スペシャル・ゲストにエモーションズを迎えた、実に華やかな曲で、まさに「ディスコ」そのものだった。とにかく理屈抜きで、楽しく盛り上がれ!ビートを感じるだけでウキウキしちゃうんだから。
 「ブギー・ワンダーランドで踊りだせば、ロマンスが生まれる」
 「すべてのレコードが演奏され、私の心はずっとつぶやき続ける『Boogie Wonderland!』『Wonderland!』って」

 天下のアース、怖いものなしのEW&Fの「ディスコ賛歌」は、それまでの凝ったアレンジを抑えて、シンプルで力強く、こむずかしいメッセージも一切なし、よって心から楽しむべし。70年代後半のいわゆるディスコ・クラシックのナンバー1ソングは、"Boogie Wonderland"でいいじゃないのかな。

e0093608_717359.jpg で、もちろんEW&Fの曲ではあるんだけど、この曲のカッコよさを生み出している半分以上は、エモーションズにあると思う。何てったって、彼女達のコーラス・ワークは最高にキマッてる!さすがのフィリップ・ベイリーもあまり出番がない。
 77年に"Best Of My Love"で全米1位になったのだから、大きな態度で主役を奪ったって、文句なし。

e0093608_6481811.jpg "Best Of My Love"ほど、全てがツボにはまって、見事に仕上がったポップスって、なかなかないと思う。今聴いてもちっとも古くない、ご機嫌にグルーヴィで何回でも聴きたくなるよ。モーリス・ホワイト・プロデュースのベスト3に入る傑作。ひょっとしたら、最高作かも。
 これを含むアルバム「Rejoice」もいいんだ。日本のアイドルものみたいなところもあって、結構可愛らしくて面白いのだ。モーリスのプロデュースといい、Tom Tom 84のアレンジ、バックをつとめるアル・マッケイやヴァーディンも絶好調ですな。


 そんな彼女達のもう一つの代表曲が"Boogie Wonderland"なわけ。当然、我々「チーム大橋」も、女性ボーカル陣、(山下)ユキコ・ネーサンと(佐藤)ヒロシ・ヒロチャンの二人が大活躍。ここにジュンコさんも加わって、エモーションズの3声ハーモニーを見事に再現したのでありました。おまけに間奏部分では、ベースのロクさんと4人で、ステップ、ステップ、ステップ。足がつりそうになっても、ビートがあるかぎり、ダンスは止まらないのでした。
 老体にムチ打った、我々の頑張りのかいもあって、どの会場、どのステージでも、大いに盛り上がっていただきました。年齢に関係なく、みんな立ち上がってリズムに乗ってる姿を見れるのは最高にうれしかった。本当にありがとう。ライブで皆が一つになれる感覚って、何度やっても感動するし、何もかもが吹っ飛んでサイコーの気分でした。

 こんな喜びを与えてくれる曲を生み出してくれたアース・ウインド&ファイアーには心からの感謝と敬意を表したい。
 極めて意図的に「ディスコ」「ダンス」をターゲットにしながらも、ちゃんと音楽作品としての品位を失わずにいるところが、やはりさすがアースだと思う。

e0093608_7272678.jpg そこで、この曲の制作において、モーリス・ホワイトのプロデューサーとしての目利きの良さが光る部分を指摘しておきたい。
 "Boogie Wonderland"は、モーリスらメンバーの曲ではなく、完全に外注で、メロディを作ったのは、ジョン・リンド(Jon Lind)という人物。彼は74年にモーリスとともに、"Sun Goddess"をラムゼイ・ルイスのために書いた実績を持つ。EW&Fもライブでのレパートリーに入れており、75年のライブ盤「Gratitude」に収録されている。
 アース以外では、85年のマドンナの大ヒット曲"Crazy For You"が有名だろう。

e0093608_7264635.jpg で、彼は作曲家として売れる前、今でも多くの支持者を持つ伝説のバンド、フィフス・アヴェニュー・バンドの一員だったのだ。フィフス・アヴェニュー・バンドは68年にニューヨークで結成され、70年に解散して、アルバムも「Fifth Avenue Band」1枚のみなのだが、これが時代を先取りしたようなクロスオーヴァー感覚と洗練さを持つサウンドで、演奏のみならず、コーラスワークの巧みさも光った。


e0093608_7295470.jpge0093608_730397.jpg また、各メンバーがそれぞれソングライティングのセンスが良く、高い音楽性を持った、まさに「早すぎた」バンドだった。
 日本では、はっぴえんどやシュガーベイブなどに大きな影響を与えたようで、この「Fifth Avenue Band」、リーダーだったピーター・ゴールウェイが解散後結成した「Ohio Knox」、ゴールウェイ自身のソロ「Peter Gallway」の3枚は、山下達郎さんに「三種の神器」と言わしめた名盤として知られていた。また彼らを「AORへの先駆け」「プレ・AOR」と評価する向きもある。

 で、何と、モーリス・ホワイトが、このバンドのファンであったらしく、特にケニー・アルトマン(Kenny Altman)とジョン・リンドの曲が気に入っていたらしい。彼らは本国アメリカでは全く売れなかったというのに、まして黒人ミュージシャンであるモーリス・ホワイトが、ちゃんと彼らの才能に目をつけていたいうのが驚きだ。なるほど、私もケニー・アルトマンの書いた"One Way Or The Other"は大好きだし、確かに69年にこのサウンドは進んでいる。
 そして、モーリスは74年の「Open Our Eyes」で、彼にボサ・ロック調の"Feelin' Blue"を書き下ろしてもらっている。

 また、ジョン・リンドの方は、フィフス・アヴェニュー・バンドでは大ラスの"Angel"1曲だけしか作っていないのだが、これが、なかなかグルーヴィなブラス・ロック調で良いんだ。中盤ではコーラスをフィーチャアする感じも、その後のアースとのつながりを予感するものがあって面白い。
 
e0093608_7301697.jpg そして、これは今回初めて知ったんだけど、ジョン・リンドはその後ハウディ・ムーンという3人組のユニットを結成して、74年にアルバム「Howdy Moon」を発表。ここのメンバーに、ヴァレリー・カーターがいるのだった!
 プロデュースはリトル・フィートのローウェル・ジョージで、全体にはアコースティック中心のフォークぽいムードに、少しハネた感じのリズムが加わって、ボーカル陣が少しずつ、R&Bぽいニュアンスがあるのが、なかなかいい。今後ちょくちょく聴きそうな好盤。だが、彼らもこれ1枚で終わってしまうのだった。
 
e0093608_7302499.jpg この後、77年に彼女のファースト・ソロ「Just A Stones's Throw Away」でもローウェル・ジョージがプロデュースをやっており、そこにモーリス・ホワイトも何曲かプロデュースしていて、EW&F軍団をはじめ、当時のL.Aの一流ミュージシャンが勢揃いしていた。
 この時代は、LPの裏ジャケを見て、どういうミュージシャンが参加しているかを確認して購入するのが、ほぼ常識だったので、このアルバムなんかはまず問題なく、AOR系に興味ある人は、みんな買った口ではないかな。結構、仲間うちでも評判になっていたのを思い出す。

 個人的には、前回紹介した2nd「Wild Child」の方が好みなのだが、1stの1曲目"Ooh Child"がやけに印象的だったような。今は持ってないんで、何とかしたくなってきた。

e0093608_8243148.jpg それから、彼女は「I Am」につづくEW&Fのアルバム「Faces」に"Turn It Into Something Good"をモーリスらと共作しておりました。これ、なかなか良い曲だし、アレンジもカッコイイ。私は、「I Am」よりも「Faces」が大好きなのだが、80年当時はシングル・ヒットがなく、2枚組だったこともあり、あまりセールスが伸びず、アース帝国失速の原因みたいな言われ方だった。けど、私は、当時も今も「Faces」は傑作だと思っている。

 おおっと、実は「I Am」を中心に、このアルバム制作での重要人物であるデイビット・フォスターも話題にしたかったのだが、それはまたの機会にします。

 それでは。

 
 
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by harukko45 | 2011-09-19 08:35 | 音楽の仕事

詳細(7)からの続き。

 m7.Disoco Medley_c.Fantasy

 じょじょに"Fantasy"に近づきます。
 
 チャールズ・ステップニーという大参謀を突然失ったモーリス・ホワイトのショックは大きかったと思う。だが、まさにトップスターの道を歩んでいるEW&Fに停滞は許されない。すぐに、ステップニーに代わるアレンジャーが必要になる。ここで、指名されたのは、再びシカゴ人脈からの人選で、Tom Tom 84(本名トム・ワシントン、「Tom Washington」「Tom Tom Washington」の名義でのクレジットもある)である。

e0093608_18205410.jpg 彼のことは当然、77年の「All 'N All」で大々的に知るわけだが、前作の「Spirit」でも、ステップニーの代役としてタイトル曲"Spirit"(フィリップ・ベイリーのボーカルが素敵!)で、アレンジャーとして参加していた。そして、「All 'N All」では、ストリングスとホーンのアレンジをほとんど担当するのだった。
 ただ、ステップニーが、バンドの「父親」「コーチ役」として細部にわたって影響を与えていたのに比べて、たぶん、彼はもっと職人アレンジャー的に関わっていたのではないかと思う。なので、特別に自分の個性を押し出すようなことはせず、もうすでにスター・バンドとなっていたEW&Fにおけるステップニー・サウンドをうまく継承するように、きっちりとした仕事をしていたと感じる。もちろん、これは今だから言えることで、当時は、彼のアレンジがどうのこうのよりも、バンド全体が「すげぇ」で終わっていたわけ。

e0093608_18165844.jpg Tom Tom 84はこれ以降、「アースっぽい」サウンドが売りになって、各方面で大忙しになった。が、その後いろいろと聞いてみると、彼の本質は、やはりシカゴ時代、70年代のザ・シャイライツ(The Chi-Lites)などの、ユージン・レコードによるプロデュース作品にこそ、出ていると思う。というか、個人的に好きってこと。ただし、ここでも裏方としてのわきまえた仕事に徹しているのだが、それが、王道とも言えるサウンドとして、実に好ましいというわけ。
 それにしても今の時期、ユージンの作り出すメローでスイート(ありきたりな表現でスンマセン)なシカゴ・ソウルがすっごく新鮮。こういう音楽も楽しめるようになるなんて、年齢を重ねるのも悪くないって感じね、うんうん。

e0093608_1532771.jpge0093608_1543448.png で、シャイライツのアルバムでは、72年の「A Lonely Man」(左上)あたりから彼の名前が登場し、彼らの大ヒットである"Oh Girl"や"The Coldest Days Of My Life"にも貢献したのだと思われる。もちろん、シャイライツの名作も良いのだが、ユージンがグループを離れてのソロ・アルバム、77年の1st「The Eugene Record」(左)2nd「Trying To Get To You」(右)がなかなかで、今はこちらの方に惚れ込んでいる。シカゴ・ソウルの顔役を前に、Tom Tom 84も大活躍で、ユージンの片腕のごとき存在だ。そしてその中味は、まさに熟練の味とでも言えるかな。甘さでは1st、優しさでは2nd、どっちもヤバくって子供には聞かせられない。ただし、CD化されているのは1stのみだ。

e0093608_4553220.jpg ちなみに、2ndのタイトル曲"Trying To Get To You "は翌78年に女性ボーカリストのヴァレリー・カーターが「Wild Child」の中でカヴァーしてる。このテイクでも、Tom Tom氏がホーン・アレンジを担当し、ベースをヴァーディン・ホワイトが弾いている。こういう発見(?)こそ「レコード掘りの楽しさ」って感じ。内容的には、深さからいけば、圧倒的にユージンに決まってるんだけど、ヴァレリー・カーターが何とも癒される声で、こういうのもタマランってところなんです、ハイ。

e0093608_5511839.jpg ところで、Tom Tom 84は82年リリースされたジュンコさんの「黄昏」にも参加している。ジュンコさん初のL.A.レコーディングで、彼は例によって、ホーンとストリングスのアレンジを手がけ、EW&Fのホーン・セクションが演奏している。他にも一流ミュージシャンが勢揃いで、実に豪華なレコーディング・セッションだ。

 で、各ミュージシャンの演奏はどれも良いし、若きジュンコさんの歌声も素晴らしい。だが、正直、このアルバムは、聴いていて何となくよそよそしい感じがしてしまう。それは、ミックスのせいなのか、楽曲なのか、アレンジなのか、よくわからない。たぶん、時代がそろそろAORやフュージョンから次に進もうとしていたことが大きいような気がする。
 それは、何もジュンコさんやケンさんだけでなく、当時のポップス先進国であるアメリカとイギリスでも起こりつつあった流れだった。今ここで、話題にしているEW&Fでさえ、この時点ですでに帝国の崩壊が現実になりつつあったのだから。

 だから、ジュンコさんは「何かもっと新しいものを」やりたがっているようで、少し持て余しているようだし、ケンさんも日本ですでに十分やり尽くした音楽を、最後にLAのスタジオ・ミュージシャンでやってみた、というムードか。要するに、二人にとって真の海外レコーディングでの冒険は、翌年のニューヨークとなるのは必然だったのだろう。

 おっと、またどんどん脱線しそうなので、何とか踏ん張る。

e0093608_085231.jpg さて、さて、さて、77年に戻ります。だから、「All 'N All」なのだ。ここでは、アース帝国崩壊の序曲はまだ聞こえてこない。今聴いても、捨て曲なしの好アルバムに間違いない。ただ、前作までと違う要素と言えば、制作前に旅行したブラジルとアルゼンチンでの体験が、プロデューサー・モーリス・ホワイトに少なからぬ刺激を与えたことだ。それによって、かなりはっきりと南米音楽のエッセンスが随所に表れている。

e0093608_6391068.jpg とは言え、EW&Fは初期から、南米音楽の影響があった。例えば、4作目の「Head To Sky」のラストで、エドゥ・ロボの"Zanzibar"を取り上げ、13分の長尺で、ラテン・ジャズ・ロック風に仕立てていた。まぁ、出来としては残念ながら、エドゥ・ロボの最高にクールなオリジナルにはかなわない(Edu Lobo "Cantiga de Longe"、おすすめ!!)が、フィリップ・ベイリーのファルセットによるスキャットをダブリングして、曲のフックに使うというアイデアは、すでに試されていた。

 で、アルバム2曲目の"Fantasy"、キーボードの導入部が何ともドラマチックなムードを漂わせて、いかにも大仰なのだが、続くイントロダクションがやったらカッコイイ。ちょっと出来過ぎじゃないかってぐらい。ところが、歌に入ったら、あら驚き、サンバじゃねぇか!でもって、この哀愁のメロディと、少々説教っぽい歌詞が、アースのキャッチフレーズの「宇宙」「エジプト」「占星術」やら何やらと結びついてくるんですなぁ。よく考えると、ムチャクチャなイメージの展開なんだけど、曲自体は良いのよ。
 特に、日本人はこういう哀愁のムードに弱い。だから、日本でのこの曲の人気はすごい。当時のディスコ・ブームでの象徴的なヒット曲として、この"Fantasy"を上げる人も多いと思う。今回、各会場でのお客さんの反応も、この曲で俄然ヒートアップしてくる感じがよくわかった。
 それから、Tom Tom 84のホーン・アレンジも気が利いていて、実際に演奏していると、サビのボーカルとの絡みで、かなり燃えるのだ。ほんと楽しかった。

e0093608_7543862.jpg そこで、この曲を作ったのは?

 まぁ、モーリス&ヴァーディンのホワイト兄弟はともかく、もう一人クレジットされているエドゥアルド・デル・バリオ(Eduardo del Barrio)って誰?

e0093608_824584.jpg 早速調べてみると、彼はアルゼンチン出身のキーボード奏者で、コスタリカ出身のギタリスト、ホルヘ・ストランツとともに、カルデラ(Caldera)という多国籍ラテン系のフュージョン・バンドを結成し、75年にデビューした。そして、彼らの2枚目「Sky Island」(右上)、3枚目「Time And Chance」(左)をEW&Fのキーボードのラリー・ダンがプロデュースしておったのである。

 何か、いろんなことが出来過ぎみたいに組み合わせっているようにさえ思うけど、やっぱり、こういう人脈を形成するあたりが、モーリス・ホワイトの「やり手」度の高さを物語っているではないか。

 とにかく、この曲に正しいラテンの血を注入したのは、デル・バリオに違いない。また、彼は9曲目の"Runnin'"でも共作者として名を連ねているが、これは、まさにカルデラみたいなラテン・フュージョン。ただ、前述の"Zanzibar"同様、ファルセット・ボイスによるメロディがここでも登場するのが、かろうじてアースか。

 そして、そして、もう一つ。この「All 'N All」において、インタールードに使われている"Brazilian Rhyme"というタイトルの小曲が二つあって、共にミルトン・ナシメントの作とクレジットされていたが、一つは、クラブ系で人気の高い"Beijo"で、これは実はモーリスの作らしく、もう一つの"Ponta de Areia"はまさしくミルトン作の名曲。

e0093608_8364589.jpg ただし、これに関しては、ジャズ系のレコードを聴いていた人なら、すでにおなじみの曲で、74年に発表されたウェイン・ショーターの「Native Dancer」でのオープニング曲だった。このショーターのアルバムも大好きで、よく聴いたっけ。ショーターのソプラノ・サックスとミルトンの「宇宙人」的ボーカルの融合が、まさに、この世のものとは思えないもので、今聴き直しても最高だ。

 だから、アースがこの曲を取り上げたのを聴いて、あまりにも時間が短いのにがっかりした。それに、ここでのアレンジはTom Tom 84ではなく、エウミール・デオダートがやっているというのに、わずか52秒でフェイドアウトなのだ。

e0093608_902332.jpg ところが、1992年に発売された3枚組のベスト盤「The Eternal Dance」に、このデオダート編曲の"Ponta de Areia - Brazilian Rhyme"が2分10秒のバージョンで収録された。これが完全版なのかどうかはわからないが、少しは気持ちも収まった感じになった。ちなみに、この「The Eternal Dance」は面白い未発表テイクがいろいろ入っているのと、各時代の代表曲を年代順にきちっとまとめてあるので、なかなか優秀なベスト盤であり、彼らの歴史をザックリ知る上でも、また入門盤としても最適だった。

 それにしても、当時はアースの新譜を興奮して聴いていただけだったが、今さらながらに、チャールズ・ステップニーの死をきっかけに、EW&Fは音楽の方向性を変えざるを得なかったのだ、ということがよく理解できた。

 次は"Boogie Wonderland"。まだ、続きます。
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by harukko45 | 2011-09-17 10:12 | 音楽の仕事

 一昨日、9月11日は大橋純子さんの仕事で北海道・岩見沢に行き、NHKの番組収録をやってきました。ジュンコさん以外にも、細川たかしさん、吉幾三さん、藤澤ノリマサさん、Zone、と、北海道にゆかりの方々が集まってのコンサート形式による収録でした。もちろん、テレビ収録というものは、どんな形にしろ、普段の調子ではいかないことが多いし、時間もかかるのですが、まぁ、何とか3曲(シルエット・ロマンス、たそがれマイ・ラブ、時代)を演奏してきました。メンバーは、変則小編成で私のキーボード、アコギに土屋さん、ドラムスに植村くんでした。ベースレスっていうのが、変則なんだけど、何とかなるものです。
 放送は10月らしいのですが、残念ながら北海道のみの予定。番組の主旨は3.11の大震災から半年後にからめて、「歌の力」で被災地への支援したい、ということ。もちろん、募金活動もかねてのものでした。ひょっとしたら、全国放送が後日あるかもしれませんな。

 さてさて、いっこうに終わらない「クラブサーキット2011詳細」シリーズ、始めは意図せぬ脱線が、じょじょに幅を利かせ、そこに「悪のり」もあって、どんどん膨張化してしまい、ただの「オタク」丸出しになってしまいましたが、多少のひんしゅくは覚悟で、この際とことん行ってみることにします(?)。もう少しおつきあいを。

詳細(6)からの続き。

 m7.Disoco Medley_c.Fantasy_d.Boogie Wonderland

 アース・ウィンド&ファイアーの曲って、やっぱり派手で楽しいし、ライブでの演奏効果も上がる作品が多い。ブラックミュージック通で、うるさ方の人々からは「薄味」ファンク的な評価がされているけど、70年代から80年代のミュージックシーンで、最も成功したR&Bグループはアース(EW&F)であり、一般大衆からの支持は圧倒的であったことは事実。ただし、これは彼らの音楽が白人層の音楽ファンに受けたからだ、という皮肉な見方も同時に出来る。

e0093608_1810858.jpg そして、日本でもすごく売れた。特に、77年にリリースされた「All 'N All」(太陽神)の反響はすごかった。当時、私は20歳で、横浜のレコード店でバイトしていた。この頃の主な売り上げとしては、まずはダントツにピンク・レディーのシングルであって、その次がベイ・シティ・ローラーズ。洋楽アルバムに絞るってことになると、クイーンだな。
 そんな状況化ではあっても、この「太陽神」は売れた。一応、現場で見ていたわけですから本当です。

e0093608_1813026.jpge0093608_18175857.jpg ちなみに、この77年は個人的にはとってもエポックメイキングな事件とも言える、傑作アルバム3枚がリリースされた年。それは、3月にウェザー・リポートの「Heavy Weather」、4月に美乃家セントラルステイションの「Rainbow」、そして11月にアースの「All 'N All」となるわけで、ミュージシャン志望のものとしては「何じゃ、こりゃ!」って刺激に満ちていたわけよ、まさに。

 今考えると、EW&Fのリーダーでプロデューサーであるモーリス・ホワイトは、ある意味「超やり手のビジネスマン」だったに違いないと思う。バンドに「アフリカ」「エジプト」「宇宙」「占星術」といったキャッチコピー的なキーを持ち込み(これが、すべてピタっとハマる)、と同時に、黒人層だけを意識したようなファンク指向ではなく、バンド以外でも有能な作家・アレンジャー、ミュージシャンを積極的に導入して、いち早くアダルト・コンテンポラリー的な音楽を目指したことも、大きな成功に結びついた。彼は、ちゃんと先を見据えて、予測する能力と実現のための戦略を持っていたと思うのだ。

 彼はドラマーであり、ボーカリストではあるが、こと音楽制作においては、完全なる「外注型」のプロデューサーだった。そこが、自らアレンジするクインシーやアリフ・マーディンとは違う。なので、重要なブレーン、具体的には優秀なアレンジャーを引き入れること、それが成功への最大の秘訣だった。そして、その見立てもバッチリだったわけだ。
 そこで、EW&Fの音楽を実質的に作り上げてきたアレンジャー達の中で、私が特に注目したいのが、チャールズ・ステップニー、トム・トム84、デイビット・フォスターの3人となる。

e0093608_19175224.jpge0093608_192118.jpg チャールズ・ステップニーは、モーリスがシカゴ時代の60年代、チェス・レコードの専属ドラマーとしてスタジオ・ワークをしている時の盟友。代表的には、シカゴ・ソウル系のアーティストやラムゼイ・ルイスのアルバムでの仕事となるのだろう。だが、ステップニーの仕事として、より強烈な印象を残すのは、彼が自ら主催していたロータリー・コネクションというユニットでのアルバムと、そのメンバーであったミニー・リパートンのファースト・アルバム「Come To My Garden」で、67年から71年ぐらいまでの作品だ。私は、かなり後になってから、このあたりを聴くようになったのだが、本当に素晴らしいので、是非とも多くの人に知ってもらいたい。
 左上・「Rotary Connection」(1967)、右上「Songs」(1969)、左下「Hey, Love」(1971)、右下「Minnie Riperton/Come To My Garden」(1970)

e0093608_19213459.jpge0093608_19215197.jpg 一応、一言でいえばサイケデリック・ソウルって感じだが、そんなに簡単にはいかず、とにかく、全曲のプロデュース、アレンジ、キーボードを担当するステップニーの奇才・鬼才ぶりが至る所に現れている。
 彼のオリジナルだけでなく、ストーンズやボブ・ディランらのカヴァーにおける、全くもって「ブっ飛んだ」アレンジにもヤラレル。いや、実に気持ちいい。ドリーミーでスペーシー、ロマンティックでもって、ビューティフルなのだ。時に、バート・バカラックやフィフス・ディメンション的な部分から、ブライアン・ウィルソンのような過激さまで含んでいると思う。一度ハマると、そうとう深い。
 ミニー・リパートンの"Les Fleur"をYouTubeから、どうぞ。



e0093608_004045.jpg 一方、モーリス率いるEW&Fはワーナーから2作リリースするが売れずに、一度バンドを解散、72年にLAに拠点移して、コロムビアに移籍。で、失敗を繰り返さない彼は、74年にチャールズ・ステップニーと再び組んで、5作目「Open Our Eyes」で一気にバンドの音楽性を確立することに成功する。はっきり言って、その前までは、サンタナ風のラテン・ロックとも、アフロ・ロックともつかない、いまいち垢抜けないスタイルだったのが、ステップニーがアレンジするようになって、圧倒的に洗練されたファンク・バンドに変身した。

e0093608_0332941.jpg これ以後、EW&Fの大進撃が始まることになる。ステップニー得意のオーケストレイションにより、ブラスやストリングスが効果的に使われるようになり、実に中味の濃い作品が続いた。75年リリースの「That's The Way Of The World」はトリプル・プラチナを記録し、シングル・ヒットも連発して、一躍ナンバーワンR&Bバンドに躍り出たわけだ。"Shining Star""That's The Way Of The World""Happy Feelin'""Yearnin' Learnin'""Reason"と彼らのライブには欠かせない曲が並んでいる。

e0093608_033515.jpg そして、そのライブも大評判で、それを証明するかのようにリリースされた、「Gratitude」はLP2枚組の3面分がライブで、これまたトリプル・プラチナを記録した。これは、私が初めて買ったEW&Fアルバムでもあった。で、そうとう聴きまくったっけ。
 この時期、モーリス・ホワイトとフィリップ・ベイリーのツイン・リード・スタイルが確立し、演奏面ではヴァーディン・ホワイトのベースとともに、アル・マッケイのカッティングが大きく効いていることも外せない。
 ライブ・テイクもご機嫌なのだが、実はこのアルバムの4面目のスタジオ・テイクにかなりの名曲が並んでいる。"Sunshine""Sing A Song"からスキップ・スカボロー作の超名曲"Can't Hide Love"まで、圧巻にカッコイイ。ここに最高のアースがいる。


e0093608_0593916.jpg 前途洋々のモーリス&ステップニー・コンビだったが、次の「Spirit」の製作中に、ステップニーが急死してしまった。だが、一度中断された制作は再開され、完成したアルバムはチャールズ・ステップニーに捧げられた。そういう意味合いからも、タイトル通り「魂」のこもった傑作となった。
 ステップニーのアレンジは9曲中6曲だが、バンドとのコラボがまさに完璧に仕上がったことを見事に示していると思う。やっぱ、"Getaway""On Your Face""Imagination"と続く3曲がゴキゲン。
 ちなみに、チャカ・カーンの78年の傑作「Chaka」の2曲目"Love Has Fallen On Me"はステップニーの作編曲、だけど、すでに死後のリリースなのは、彼女が同じシカゴ出身の才人に敬意を表したのかも。
 
 この後、アース・ウインド&ファイアーはさらなる飛躍と成功を手にするので、ステップニー時代をあまり知らない人も多いように思うが、私はこの時期が音楽的には一番だと思っている。洗練されていて、なおかつ、ちゃんとブラックミュージックの根っこを持ったバンドとしての力作、傑作がずらっと並んでいて、大好きである。そして、ロータリー・コネクションも含め、チャールズ・ステップニー万歳だ。
 YouTubeでステップニー氏関連のビデオが二つあったので、埋め込みます。





 まだ、肝心の"Fantasy"に辿り着かない。よって次回も、アースで。続く。

 
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by harukko45 | 2011-09-14 01:32 | 音楽の仕事

詳細(5)からの続き。

 まったく、この詳細シリーズを長々と中断したまま、だらだらしてしまった。一応、言い訳すると、パート6ではチャカ・カーンを中心にしたレポを書くつもりだったので、彼女のこれまでのアルバムを久しぶりに聴きだしたところ、これがまぁ、どツボにはまったというか、すっかり魅了されてしまい、毎日毎日、聴きこんでしまった。正直、チャカ・カーンという人をちょっと過小評価しすぎていたのではないか、と反省しきりの今日この頃といった感じ。つまり、簡単に「プリンセス・オブ・ソウル」「クイーン・オブ・ファンク」と書かれてしまう彼女こそ、実は女性ポップ・ボーカル史上に革命を起こした人なのではないか、とさえ、今は思っているのだった。
 それほど、彼女の後世への影響は大きかった、と確信するにまで至っている。

 とは言え、ルーファスの10数枚、ソロの10数枚を聴き倒すのはなかなかの作業(?)、いや凄い喜び。おまけに、偉大なるプロデューサーであるアリフ・マーディンのこともチェックしはじめると、これはもっともっと大変なことになる。アリサ・フランクリンに始まって、ダニー・ハサウェイ、ラスカルズ、AWB(アヴェレージ・ホワイト・バンド)、ビージーズ、スクリッティ・ポリッティ、でもって、とどめにノラ・ジョーンズと。いやいや、まだまだ....。
 奥深いアメリカ音楽界においても、まさにProdecer's Prodecerと言えるのはクインシー・ジョーンズとアリフ・マーディンだと思っている。これは、単にヒット作の数ではない、商業的な部分とともに、音楽的にパーフェクトな仕事をしているのか、どうか。

 というわけで、いろんな音楽を聞きすぎて、簡単にまとめることができなくなった。だが、それではいっこうに終わらないので、とりとめのない流れになってしまいそうだが、なんとかやってみる。

 m7.Disco Medley_b: What Cha' Gonna Do For Me

e0093608_21541935.jpg アリフ・マーディン・プロデュースによるチャカ・カーンのアルバムの数々は、チャカ自身のキャリアの中でも、最も成功していた時代の傑作集と言えるだろう。
 特に1978年のファースト・ソロ「Chaka」(左)、80年の「Naughty」(右下)、81年の「What Cha' Gonna Do For Me」(左下)の3つは、「アリフ・マーディン3部作」として高く評価したい。というか、誰が文句つけるってぇの、これらに。
 強いて、どれが好きかと言うと、「What Cha' Gonna Do For Me」の音楽性の高さにはノックアウトだが、当時一番繰り返し聞いていたのは「Chaka」、やっぱり"I'm Every Woman"がいい!(アシュフォード&シンプソンの名作、リチャード・ティーのピアノもカッコイイ。)

e0093608_21542579.jpg 両側をプラチナ・アルバムにはさまれて、どうしても地味な存在だった「Naughty」の良さは最近になって開眼。アシュフォード&シンプソン作の"Clouds"や、"Nothing's Gonna Take You Away"と"So Naughty"の2曲つなぎにシビレまくっております。全体にソウル度が高いのもいい。後半に行くにしたがって、その濃度はどんどん上がり、"Papillion (aka Hot Butterfly)"で昇天。

e0093608_16195269.jpg シンセ・ベースが冒頭から大活躍だった3枚目は、音楽的に凝りまくっていて、ジャズやフュージョン・ファンをも巻き込んでの人気作となった。それはビートルズの"We Can Work It Out"やディジー・ガレスピーの"A Night In Tunisia"で特に顕著だったが、やはりこのアルバムでの最高のキラー・チューンはタイトル曲の"What Cha' Gonna Do For Me"に違いない。シングルとしてもR&Bチャート1位をとった大ヒット曲で、"I'm Every Woman"とともに、この時期の彼女を代表する名曲である。

 だが、この曲に含まれる高い音楽性は、単にディスコ/ダンス・ミュージックとして片付けられない。R&B、ファンク、ジャズ、AORらのさまざまな要素が最高に洗練された形で1曲に集約されているのだから。そういう点においては"Ai No Corrida"以上にレベルの高い曲だと思う。

 とにかく、こういうシンプルなリズム・パターン(16ビートを内包する8ビート)でファンキーなグルーヴを出すのって、けっこうむずかしい。それでいて、70年代前半のファンクのように、「汗臭い」だけじゃ駄目で、極めてオシャレで都会的でなくてはカッコ悪い。そこら辺に、ミュージシャン側に知性も求められるわけだ。
 
e0093608_18585853.jpg この曲を作ったのは、AOR系シンガー・ソングライターとしてデビューしていたネッド・ドヒニーと、AWB(アヴェレージ・ホワイト・バンド)のヘイミッシュ・スチュアート。で、AWBのアルバム「Shine」(80年)に収録されていた。面白いのは、このアルバムのプロデューサーがデイビッド・フォスター。
 それまでのAWBは、アリフ・マーディンのプロデュースで、"Pick Up The Pieces"や"Cut The Cake"のヒットがあるスコットランドのファンク・バンドだったのだが、時代の流れでAOR的方向に変化する必要に迫られ、デイビッド・フォスターに任せたわけ。ところが、フォスターはワンマンに、どんどんアレンジと演奏を進行させたらしく、そういう彼の姿勢にメンバーは反発。しまいにコンテンポラリーな音楽性にも嫌気がさしたとのことで、この後、分裂・解散への道を辿ることになった。(この後、82年にシカゴが同じように、フォスターの力を借りて、80年代の変革に成功した。とは言え、シカゴもその後、彼との作品に対してあまり良い発言していない感じだしなぁ。)

 それじゃこの「Shine」がひどいか、と言うと、そうでもないんですなぁ。特にAORファンの多い日本では、評価と人気が高い。もちろん、初期のAWBのファンクが好きな人(私も)には、かなりショッキングなサウンドなんだけど、今聞くと「これはこれなり」って思える。意外に楽しめるここ数日であります。
 
 というわけで、"What Cha' Gonna Do For Me"のオリジナル・アレンジは、たぶんデイビッド・フォスターとAWB。これをチャカ・バージョンでは、グレッグ・フィリンゲインズとアリフ・マーディンがアレンジをやっていると思われるが、イントロのシンセ・フレーズあたりは残しつつも、いろいろと手を加えて、全体的には(AWBの狙いとは逆に)、より「ファンキー」で、より「ゴージャス」な方向性でまとめられている。仕上がりは圧倒的にチャカの方がカッコイイ。AWB版は、まぁ「軟派」で、あんまり盛り上がらない。特にチャカでは至福の喜びとなる大サビ部分が、全然サッパリなのだ(それが良いとも言う人も多いでしょうな)。

 それにしても、この曲がチャカに合うとよんだ、アリフ・マーディンの耳はすごい。

e0093608_1983350.jpg ちなみに、もう一人の作者であるネッド・ドヒニーもセルフ・カヴァーしていて、88年の「Life After Romance」で堂々の1曲目を飾っている。で、このバージョン、チャカのハイテンションとは全く違うレイドバック感が、かなり良いのだ。さすが、ビバリーヒルズの大富豪家出身、何とも言えない「ゆるさ」と「余裕」がたまらない。


 おっと、YouTubeで面白いビデオを発見。ネッド・ドヒニーがバンドとともに、この曲をリハしているところが撮影されていて、これがまたサイコーにゆるい!必見です。



 さて、チャカの方にちょっと話を戻すと、この頃のアルバムではドラムスはスティーブ・フェローンでキマリ!(ジュンコさんの「Point Zero」にも参加)なのだが、これは当然、アリフ・マーディン〜AWB人脈。ただし、彼とヘイミッシュ・スチュアートのみ、78年の「Chaka」から重用されているので、彼らだけがお気に入りだったのかも。
 また、この曲のイントロでのドラム・フィルは最高にカッコ良くて、チョーしびれるのだが、AWBバージョンもチャカ・バージョンも全く同じだった。だが、ミックスの違いで、これまたチャカの勝ちである。

e0093608_20114254.jpg
e0093608_1938784.jpg ついでに、ドラマーつながりで、78年にチャカがいたバンド、ルーファスの「チャカ抜き」アルバム「Numbers」(左)でデビューしたのがジョン・ロビンソン。そして、翌79年には「チャカ入り」アルバム「Masterjam」(右)をリリースするが、そのプロデュースをクインシー・ジョーンズが担当。これにより、ジョン・ロビンソンは彼から「ロスで最高の若手ドラム奏者だ!」との評価を受け、晴れてクインシー一派にも参加するわけですなぁ。
 肝心のルーファスの方はどうだったかというと、個人的にはクインシーとの組み合わせは、セールス的にはともかく、音楽的には失敗だったと思う。

 とは言え、ルーファス自体はすごくカッコいいバンドだった。ロック色の強い73年の1st「Rufus」から、"Tell Me Something Good"を生んだ2nd「Rags to Rufus」、トニー・メイデンとボビー・ワトソンが加わってファンク色が濃くなった「Rufusized」、「Rufus Featuring Chaka Khan」。マデュラ(Madura)のデイビッド・ウォリンスキーも加わって、意欲的な音楽性が発揮され始めた「Ask Rufus」、「Street Player」と、どれも良いのだ。今は、こちらの方を興味深く聴き返すのでありました。と同時に、ジュンコさんが美乃家で目指したものって、彼らのような形に近かったのか?、とも思うのだった。
e0093608_2328552.jpge0093608_23293882.jpg e0093608_23304424.jpge0093608_2331177.jpg
e0093608_2331963.jpge0093608_23311559.jpg 


e0093608_206510.jpge0093608_2062877.jpg さてさて、偉大なるシンガー、チャカ・カーンは現在でも活躍中、最近は作品がめっきり少なくなったが、2004年のオーケストラをバックにしたスタンダード集「Classikhan」、2007年のファンク大復活の「Funk This」はなかなかの力作だ。特に、「Funk This」はかなりゴキゲンで、ジミヘン、プリンス、ジョニ・ミッチェル、ドゥービー・ブラザーズらのカヴァーが収録され、ルーファスのセルフ・カヴァーもあって(トニー・メイデンとの競演)、実に興味深い。

e0093608_2354838.jpg おお、そういえば、ここでマイケル・マクドナルドをゲストに"You Belong To Me"をやっているのだが、マイケル・マクドナルドと、この曲を共作したカーリー・サイモンが78年にヒットさせた時、プロデュースしていたのは、またまたアリフ・マーディン先生だった!


 そして、偉大なるプロデューサー、亡きアリフ・マーディン氏の偉業をちょっとだけのぞく意味合いをこめて、これもご覧ください。


 まだ続く、と。
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by harukko45 | 2011-09-07 20:08 | 音楽の仕事

 吉田!麻也!、よく決めた。これが、ワールドカップ予選の醍醐味、イライラ、ドキドキから一気に大爆発。リーグ戦や親善試合では、なかなか味わえないもの。好調発進の「なでしこジャパン」と合わせて、今週・来週はしびれる日々が続きます。

 確かに、本田らの欠場で、若干の不安もあるが、それでも、ザック・ジャパンはいい。激・応援してます。
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by harukko45 | 2011-09-03 13:58 | スポーツ

詳細(4)からの続き。

 m7.Disco Medley

 今年のクラブサーキットの目玉は、やはりこれだったか。ジュンコさんが今年の始めからやりたいと言っていたディスコ・メドレー。我々は過去に2つのディスコ・メドレーを作っていて、1997年から98年にかけて「Part 1」、98年から99年に「Part 2」をメニューに入れていた。
 特に「Part 1」は親しみやすい曲が並んでいて、つながりも良く、お客さん達の反応も良かったので、その後も2001年ぐらいまで、何回かセットに取り上げられていた。その時の曲目は「Ai No Corrida〜Got To Be Real〜Sunshine Day〜I'm Every Woman〜Boogie Wonderland」。
 「Part 2」は「1」の好評を受けて、その勢いで作り上げたのだが、少々通っぽい曲が並んでしまい、また演奏面でもかなり集中力の必要な内容で、実を言うとむずかしい仕上がりになってしまった。それは、我々バンド側はやりがいのあるものだったが、いかんせん、聴き手の皆さんには少々ハードだったようだ。その曲目は「We Can Work It Out〜What Cha' Gonna Do For Me〜Lady Marmalade〜Fantasy〜Getaway」。この「Part 2」は残念ながら、1ツアーぐらいでオクラ入りとなってしまった。

 今回ディスコ・メドレーを復活させるにあたり、一応参考までに当時の音をチェックするために事務所に探してもらったところ、幸運にもMDが残っており、皆で聴くことになった。
 聴いてみて驚いた。何と、「Part 2」のパフォーマンスが凄まじかった。「こりゃ、曲を良く知らない人は引くか?でも、音楽好きが聴いたらブっとんで喜ぶ」というのが、我々の感想であり、10年前の自分達の尖った、勢いのある内容に驚喜したのであった。

 ということで、この二つのメドレーから特に美味しい部分を合体させることになり、5曲が選ばれたが、今の気分や時代性を考え、より充実した内容を目指すべく、細かい部分の修正を行いながら、4曲にしぼられた。それが「2011バージョン」で、曲目は「Ai No Corrida〜What Cha' Gonna Do For Me〜Fantasy〜Boogie Wonderland」となった。

e0093608_23214955.jpg a: Ai No Corrida(愛のコリーダ)

 クインシー・ジョーンズの81年の大ヒット・アルバム「The Dude」の1曲目で、ディスコ・チューンとして最も洗練された内容となった作品の一つと言っていい。オシャレにかっこ良くきまったアレンジだが、サビの日本語がやっぱ、しびれるわけで。さすがクインシー大先生のプロデュース、実にうまくまとめておられます。

 この曲を元々作ったのはイギリス人のチャス・ジャンケルで、彼のオリジナル・バージョンを聞くと、クインシーが意外にもかなり忠実に再現していることがわかる。ただ、やっていることは同じでも色づけが違うって感じ。クインシーはジャズ・フュージョン系の名手と、豪華なボーカル陣を適材適所に配置して、それはそれは見事なアンサンブルで「都会のダンス・ミュージック」を演出。文句のつけようがない。
 だが、今聴くとチャス・ジャンケルのバージョンの何ともエグい感じ、シンセやビートの適度なダサさや下世話さが、より「ディスコ色」を醸し出していて、なかなか良いのだ。個人的にはチャスに1票である。

e0093608_0131069.jpge0093608_0132618.jpge0093608_0143060.jpg さて、クインシー・ジョーンズはこのアルバムの前後に、マイケル・ジャクソンの2大傑作「Off The Wall('79)」「Thriller('82)」をプロデュースしており、85年には「We are the World」も作っているわけで、まさに絶頂期でしたな。

e0093608_0241945.jpg とは言え、私が好きなクインシー・ジョーンズは70年代。「The Dude」と同じディスコ・ダンス系の作品なら、78年の「Stuff Like That」がいい。スティーヴ・ガッド、リチャード・ティー、アンソニー・ジャクソン、マイケル・ブレッカーらニューヨークの一流ミュージシャンが中心で、それまでのLAの制作(「The Dude」は再びLAに戻る)とは一味違う。とにかく、彼らのプレイは本当にサイコーだし、それを生かし切って、ポップ・ファンもフュージョン・ファンも満足させてしまうクインシーのプロデュースが素晴らしい。チャカ・カーン、ルーサー・ヴァンドロス、パティ・オースティンのボーカル陣も凄い。

e0093608_040429.jpg だが、もっと好きなのは74年の「Body Heat」。リオン・ウェアを中心としたボーカル陣(ミニー・リパートン、アル・ジャロウら)がチョー・カッコイイ。もう1曲目のタイトル曲だけでしびれまくり。この曲のイントロのカッコ良さたらっ!!! ラストの"If I Ever Lose This Heaven"もいいし、"Everything Must Change"もこれがオリジナル・バージョンで作曲家ベナード・アイグナーが自ら歌っている。このアルバムは、クインシーがマービン・ゲイやスティービー・ワンダーらのニュー・ソウルに最も近づいた作品、リオン・ウェアはマービン・ゲイの大傑作「I Want You」のプロデューサーだから、当然か。

e0093608_0515934.jpg でもでも、もっともっと好きなのが73年の「You've Got It Bad Girl」。クインシー自身はあまり気に入っていないアルバムだとの発言があり、CD化もどういうわけか、ようやく最近になっておこなわれた。だが、私はこのアルバムが一番好きだ。
 クインシーが初来日(たぶん73年)したさい、何とNHK(ん?TBSかも)が彼の特集を組み、彼のオーケストラがスタジオ・ライブをやったのをテレビで見て、私は大感激大興奮。その頃に、一番新しいアルバムとしてリリースされていたのが、これだったのだ。来日メンバーはレイ・ブラウンがベース(彼はクインシーのマネジャーでもあった)、サックスとフルートがジェローム・リチャードソン、ハーモニカとギターでトゥーツ・シールマンスもいたと思う。で、ピアノはデイブ・グルーシンだったらしい。じゃぁ、ドラムスはグラディ・テイトだったのかも。

 その時聴いた"Manteca"(アルバム7曲目)がかっこ良くてかっこ良くって。

 それから、このアルバムの1曲目、ラヴィン・スプーンフルの"Summer in the City"なんだけど、これが何とも言いようの無いほど、オシャレで、センスのいいインスト(中盤からヴァレリー・シンプソンのボーカル登場、これもたまらん!)に仕上がっているのです。クインシーはこの曲でもグラミーをもらってますね。
 それから、アレサ・フランクリンとロバータ・フラックに捧げるメドレーと称して"Day Dreaming"と"First Time Ever I Saw Your Face"をやっているんだけど、このアレンジがもうサイコー、サイコー。いや、別に何やっているわけじゃないんだけど、もうたまらんのです。歌っているのは、これもヴァレリー・シンプソンだと思うんだけど、これが本当に大好きです。ヴァレリー・シンプソンは作曲家としても素晴らしいけど、ボーカル、バック・コーラスとしても最高ですよ。

 ついでに、もう一つ。私のクインシー初体験はアメリカの刑事ドラマ「鬼警部アイアンサイド」。そのテーマ曲が彼の作編曲。これも超名曲です。毎週火曜夜10時にTBSでした。必ず見てた。で、このテーマ曲にしびれまくっていたのでした。いつのまにか、「ウィークエンダーのテーマ」みたいな言われ方してたけど、じょうだんじゃない!「アイアンサイド」はドラマ自体も面白かったんだ。ペリー・メイスンやってたレイモンド・バーが主演で、若山弦蔵さんの吹き替えも良かったなぁ。




 まだまだ続くと。

 
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by harukko45 | 2011-09-01 01:23 | 音楽の仕事

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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