最終曲(2)

 2月21日、要は昨日ね。アルバム最終曲‘Stray Eyes’のレコーディングがおこなわれた。前回に書いたように、佐藤健氏の作・編曲で、ベーシックな打ち込みは出来ている段階で、私に引き継がれた。

 私の作業としては、ケンさんのデータで音色をかえたり、バランスを整えたりというトリートメントが主だが、部分的にブラスやらシンセやらピアノやらを加えて、より豪華さを出すように工夫したつもりだ。だって、最後だもんね。ハデにいきたいじゃん!

 で、実際にスタジオでは私の自宅での録音をテープに流し込んで、それをケンさんがチェックするのである。そして、ハイハットの音色やノリを手直しし、エレピをケンさんのベーシックに戻すなどの作業を終え、私の役目はとりあえず終了した。
 その後、ギターの古川望君に来てもらい、素晴らしいバッキング・プレイをレコーディングできた。いい演奏を常に(!)してくれる彼には、本当に感謝している。これぞ、スタジオ・ミュージシャンの鏡であると絶賛したい。

 そう言えば、今回のアルバムは偶然にも、素晴らしいギタリストの競演という聴き所もあるのだ。土屋昌巳、土屋潔、徳武弘文、そして古川望。この日本を代表するような名ギタリスト達のプレイに注目しながら、アルバムを楽しむのも良いのではないかな。

 さて、ベースの六川正彦さんも忘れてはいけない。ジュンコさんには絶対にはずせないミュージシャンであり、私のもっとも信頼するプレイヤーでもある。もちろん、‘Stray Eyes’でもプレイしてもらった。が、今回はいつもと違い、先に入れてあったシンセ・ベースにユニゾンしてもらったのである。これは、80年代初期に流行った生ベースにムーグなどのモノ・シンセでキーボード・プレイヤーがユニゾンするというサウンド作りの逆をやったというわけ。ま、早いもの順ということで。だから、キーボード・プレイ特有のフィル・インなどに合わせてもらって、ご苦労をかけたが、最後はさすがロクさん、しつこくこだわって見事に仕上げてくれた。これにも感謝感謝でありました。

 これだけでも、ゴージャスなオケ(でも品性のイイやつだよ!)なのだが、24日には後藤輝オさんにテナーでソロ入れてもらい、26日にはこれまたスペシャル・ゲストとして斎藤ノブさんにパーカッションを入れてもらうこともきまった。なんとまあ、最後の最後で豪華なこと! お楽しみは最後まで、ということね。

 それと、ジュンコさんはこの後、4月発売のニューアルバムをひっさげ、斎藤ノブさんや古川君ら一流ミュージシャン達とブルーノート、スイートベイジル・ツアーをおこなう。今回、我々は参加せず、30周年をお祝いするにふさわしいスーパー・バンドとの競演で大橋純子ファンのみならず、他の音楽ファンも注目すること必至ではないかという、事務所側のねらいもこの際理解しましょう。

 だから、私達ジュンコ・バンドの方はしばらくお別れで、こちらの方は夏の再会を目指して 各自がんばることだろう。このボヤキ・コーナーもしばしジュンコさんを離れた視点で、もろもろ、いろいろ、ボロボロとボヤいていこうと思います。もし、良かったら今後ものぞいてやってください。

 いよいよ来週からトラックダウン。最後まで気を引き締めて、最後まで愛情を込めて、仕上げにかかりたいと思っております。それでは、ニューアルバム・レポートはこれにて終了。お後がよろしいようで。
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by harukko45 | 2004-02-22 01:00 | 音楽の仕事

最終曲(1)

 2月16日に、ジュンコさんの唄入れ後に‘パラレル’の修正をおこなった。修正というと、ちょっと感じが違うかな。その前の段階で、オッサンに入れてもらったアコギのパターンを変更したいというケンさんの要望を受けて、新しいバージョンのテイクをオッサンには入れてもらっていた。が、音色やインパクトにおいて前回のものが捨てがたく、それで私が家に持ち帰って、「Recycle」で演奏を切り刻んで、パターンを調整して、もう一度オケに戻す・・・これだけ読んで、なるほどと思う人は「宅録」についての知識がおありの方、でもほとんどの人が音楽を聴く分には関係ないことなので、かったるいかもね。・・・

 とまあ、ちょっと専門的な話で恐縮だが、そんなスッタモンダがあったというわけ。で、実際入れてみたら、確かに音色的には充実して好みなのだが、すでに入っているボーカルやサックスなどはニューテイクのアコギのノリで演奏されているので、ここで切り刻んでカクカクのノリに変身したアコギを後付けするのは、やはり不自然だった。もうちょっと時間の余裕があったら、割と面白いトライとして生かされたかもしれなかったが、今回はあきらめることにした。

 19日には、みなさん期待の土屋昌巳さん作詞・作曲・編曲による‘ミネラル・ウーマン’のレコーディングがおこなわれた。私は立ち会えなかったのだが、キーボードに難波弘之さんも迎えて、今回唯一の生ドラム(!!ゲーッ、ズル〜イ。)による強力なファンキー・セッションだったとのこと。私は打ち込みのデモを聴かせてもらっていたが、その時点でも土屋さんの魅力爆発だったから、それが生で演奏されるなんて、その仕上がりもかなりのものだったにちがいない。今回の最大の目玉になったというわけだ。

 その日、私は家でこのアルバム収録の最終曲である、ケンさん作・編曲の‘Stray Eyes’のプログラミングをコツコツやっておった。うーむ、今考えるとこのギャップに少々空しさも感じるが、「もちやはもちや」ということで、これが自分なのだとあきらめろということね。さて、‘Stray Eyes’は80年代のAORを代表するサウンドをベースにした、ブルーアイドソウル風の佳曲。よって、ゴージャスなバッキングを施しながらも、そのバランスはさりげなくしなければならない。あくまで、グルーヴィなリズム・トラックとボーカルを中心にして、後でよぉ〜く聴いてみると色々と工夫されているのね〜、って感じが理想なわけだ。

 と、ここまで書いてまた深くため息してしまう。あ〜あ、こうやって分析しながら音楽するのって、本当はダメだな〜って、思うんだけどアレンジャーとかいうつまらん商売の性(サガ)かな。この言いしれぬ空しさは何処からやってくるのか?

 そこで、ふと考えたのだが、いやそれにしては大命題。「過去の数々のレコード、CDの中で、その時代時代にいくら脚光をあびて一世を風靡しても、時間が経つと色あせてしまうものと、いやいや全然古くならず、また新たな魅力を放つものとの違い、それは何なんだろうか?」と。しばしお付き合いを・・・。

 その一つの要因に、アレンジャーの音楽とアーティストの音楽の違いがあるのでは、と考える。アレンジャーはある意味「音楽職人」であり、その傾向は「まとめる」ことにある。かたやアーティストと自ら規定する人々は、ものを「まとめる」ことが究極の目的ではない。彼らは自分を強く主張するし、メッセージを強烈に送り出す。その意志は時に音楽を破壊的にも刹那的にもする。それが、聴き手に常に刺激を与え続け、音楽としての生命力を保ち続けるのだろう。

 が、アレンジャーの「まとまった音楽」はその時代性に強く影響を受けてしまう。もちろんプロデューサーやクライアントの要望にもきっちり応えなくてはならない。よって、その時点ですべてのベクトルに対して「完璧さ」を満たしたとしても、果たしてそれが時間軸を越えていくような作品にまで音楽としての魅力を持ちうるのか、はなはだ疑問に思えてくるわけだ。

 それでも、とてつもなく才能あるものはそういうものを一気に越えてしまう、その最大の例はモーツァルトだと思うが、もちろん彼は作曲家であり芸術家だが、職人としての性質が大変色濃いことは、ベートーベンやワーグナーが典型的なアーティスト指向なのと比べても、明白だと思う。

 モーツァルト先生のような特例をのぞいて、かく言う私だってずっと聞き続けている音楽はマイルス・デイビスやブライアン・ウィルソンやボブ・ディランであり、最近はアウトキャストのメチャクチャぶりやアリシア・キーズの輝く才能にぞっこん惚れ込んでいるわけで、やっぱりアーティスト達こそが時代を引っ張り、それを越えていくのだ。

 何やらついついアレンジャーなるものに、否定的で自虐的な見解をボヤいてしまい、それがますます私が抱える空しさを増幅させる悪循環にはまっていきそうではないか。ま、考えすぎかもね。こういう思考手順は音楽をやるにはナイーブすぎるかもしれない。

 ただ最近、別のプロジェクトでご一緒している方の影響で、50年代のアメリカン・ポップスやスタンダードのレコードを多く聴いた。そして、それらのアルバムでクレジットもされずにいるアレンジャー達の仕事ぶりに接して、彼らの「この曲を美しくしあげよう」とする工夫やさりげない配慮を、これまた理解してしまう自分も発見したのだった。たぶん、その当時もあまり売れなかったであろうB級アルバムでさえも、名もなきアレンジャー諸氏は懸命の仕事を続けているのである。そして、その姿勢に私は感動し、愛おしさを感じてしまうのだった。

 自分自身は今まさにそのアレンジャー真っ只中な存在であるわけで、歴史的に見れば、その名もなきアレンジャー氏達の最末席に座るでろう私は、これらの先輩アレンジャー達の思いを受け継ぎ、それが結果、徒労に終わったとしても、また能力の未熟さゆえの失敗であったとしても、与えられた楽曲に対して、常に精一杯の愛情を注がなくてはいけないのである。

 だから自分への空しさは封印すべし、ということをこのジュンコさんのアルバム最終曲を前に肝に銘じた次第だ。
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by harukko45 | 2004-02-22 00:00 | 音楽の仕事

 北海道ツアーが終わり、次の日からは9日のレコーディングに向けてのアレンジ作業の開始である。曲は自らもシンガーである中西圭三さん作曲の‘My Journey’‘Say Love’の2曲である。‘My Journey’はバラードで、優しさに満ちたいいメロディの曲だ。イメージとしてはカーラ・ボノフやジェームス・テイラーあたりのムードできめたい。ということで、ギターには徳武弘文さん、ベースにロクさん、そして私とプログラムしたドラムで、同時にレコーディングすることにした。今回のアルバムはなかなか多彩でハデめな内容になってきているので、この曲ではある種の良いクッションになるように、意識的にシンプルでアコースティックな雰囲気を大事にするよう心がけた。

 もう1曲‘Say Love’は一転してノリのいい楽しい曲。サビが覚えやすくて、思わず口ずさんでしまう中西さんのポップ感覚爆発の作品だ。こちらはとにかくノリの良さを強調したい。ベースは70年代ソウルだが、かといってサウンドが当時そのものになってしまってはおもしろくない。そういった要素はストリングスやブラスやエレピなどの上物のアレンジでこだわるとして、リズムの打ち込みはあくまで今のグルーヴ感をもっていなくてはいけない。とは言え、こういう曲は大変やりやすく、私としては気持ちよくプログラムさせてもらった。おかげで、9日の朝には2曲とも準備万端、いつでも来いといった感じであった。

 9日当日、‘My Journey’は予想に違わず、徳武さんの素晴らしいアコギ・プレイを中心にロクさんも私も、まるで「ワンマン・ドッグ」(?)なムードで楽しくプレイできた。当然、あっという間にベーシック・トラックが出来て、すぐに徳武さんのダビングとなった。ここでは、いつものテレキャスターによるバッキングと、バーンズというかつてシャドウズが使っていた有名なギターでソロを入れてもらった。このギターは、独特な哀愁感のある高音の音色が特に美しく、ものすごく個性的なのだが、その分他のギターのようには楽に弾けない構造になっている。よって、誰でもいじくれる代物ではないということだ。日本では徳武さんぐらいしか弾きこなせないことだけは事実だ。こういう人を知り合いに持っていることは実に幸せなことだなぁ。

 こうやってオケが出来上がると、ますます中西さんのメロの良さが浮かび上がってきた。ジュンコさんにもピッタリのいいバラードが生まれたと思う。この後、ソロから後半にかけてオルガンのバッキングを入れて終了。

 というわけで、わりと早く1曲目が仕上がったので、続いて‘Say Love’にとりかかった。その日の朝までがんばったかいあって、組んだプログラムはご機嫌な感じでプレイしていた。おかげで、これまでの作業の中で一番順調に進んでしまった。これは思わぬうれしい誤算というべきか、なかなか良い仕上がりになりそうな予感。

 この曲は次の日10日にオッサンのエレキ・ギターをダビングした。これが、また超ご機嫌で、思わずニヤッとしてしまうのだ。まずはハーフ・トーンのミュート・パターンで、グルーヴの強化をしてもらい、インターとエンディングにアイズレー・ブラザーズばりのファズ・トーンのギターでフィル・インしてもらった。これが、またイイノヨ。泣けちゃうよ。いや笑っちゃうよ。とにかく、オッサンの悪魔性あふれるヤンチャなプレイが聴けるのであります。ハハッハー。今年のグラミー賞のテーマじゃないけど、「Funk Is Back!」に少しあやかったってとこかな。

 そして、ついにサックスのゴトウさん登場。ケンさん作・編曲の‘パラレル’でのアルト・ソロのダビングをこの10日におこなった。いつものテナーと違って、アルトでのファンキーなプレイもなかなか新鮮。でも、ちゃんとお得意のゴトウ節炸裂のいいソロが録れました。おかげで、この日は最後で大いに盛り上がったというわけだ。

 さて、私の担当としてはこれで一段落。後は、土屋昌巳さん作・編曲のファンキーな曲と、ケンさん作・編曲による新曲、計2曲のレコーディングを残すのみになりました。私はケンさん曲のプログラミングを手伝うことになるが、いよいよ終りが見えてきたということだ。とは言え、ジュンコさんはこれからが佳境。今日も唄入れをやっているはず。みんなも応援のエールを送ってくださいね。頑張り屋のジュンコさんも、今回は特に気合いとプレシャーが入り交じった様子でしたからね。でも、常に本番に強いジュンコさんのこと、バッチリきめてくれるでしょう。

 それでは、また後日もろもろご報告しましょう。お楽しみに。
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by harukko45 | 2004-02-13 01:00 | 音楽の仕事

 前回からの続き。2月2日、我々は帯広に向かった。これから4泊5日の北海道ツアーの始まりである。まずは帯広、満杯のお客様に気をよくした我らは、大ホールにふさわしいスケールでノリまくった。終演後は主催者の方々からおいしいジンギスカンの接待を受け、最高に上機嫌。当然、それで終わらずに、スタッフと合流して近くの屋台へ。この屋台も品のいいご夫婦が経営されていて、こだわりの酒につまみも豊富で、おおいに満喫させていただいた。

 3日はバスで旭川へ移動。この日は本番なしの移動日なので、到着後、私はジュンコさん、ケンさんと9日からのレコーディングの打ち合わせ、終わってからは一緒に「天金」にラーメンを食べに行った。いやはや、天金のラーメン、最高です!今一番のおすすめです。この店に限らず、旭川のラーメンのレベルは本当に高い。たいていの店に入っても満足することでしょう。

 翌4日は旭川の近くの鷹栖町でのコンサート。今回はすべて地元の音楽団体主催であり、ある意味本当に聴きたい人が集まってくれた感じだ。鷹栖町のホールも札幌や帯広に比べれば小さめだが、なかなか音響もよく、たいへん聞き易いホールだったようだ。演奏も2回目ということもあり、リラックスしてそれぞれが楽しんでいた。

 そして、今回のメイン・イベント。いやいや、ただのバス移動がメインじゃ困ったものだが、でもやっぱりそうなのだ。鷹栖町のコンサート終了後10時過ぎにメンバー、スタッフ全員で出発し、オホーツク海に近いサロマ湖に向かったのだ。実に4時間のバス移動。到着は夜中の3時近かった。

 こういう時は、どうします? やっぱり飲んで盛り上がるしかありませんよね。そうでしょう。ね、そうだよね。そうだそうだ。というわけで、各自買い込んだ酒やらツマミやらお菓子やらで、遠足状態(?)。でも、こういうことで仲間が一致団結していったりもするわけで、なかなか重要なのよ、ハイ。

 とは言うものの、私は日本酒の男山のカップ酒にすっかりはまって、見事なまでの大酔っぱらいになりました、おかげさまで。そうとう行っちゃったみたい。何でそんな言い方かというと、最後の方は記憶ないんです。ゴメンナサイ。気がついたときにはホテルで着たきりスズメで寝ておりました。あ〜なさけなか!

 でも、次の日みんな怒ってなかったから、そんなに悪さはしてないみたい(?)。それに、全然二日酔いしてないもんね!最高じゃん。聞くところによるとロクさんも最後記憶ないそうです。うー、なんてこったい。

 そして、最終日の湧別町でのコンサート。ブッチギレました。燃え尽きました。本当に。多分、私が思うにこのバンドのある意味で完成した日だったのではないか。それぐらい、集中力とパワーがみなぎっていたし、それでいてただのイケイケでない冷静さも持ち合わせていたと確信している。

 私はこれまでのミュージシャン生活の中で、こういった経験を何回かしている。つまり「バンドの完成」の瞬間に立ち会うことである。これは実に素晴らしいことではあるが、その反面、もうこれ以上はあり得ないとも言えるのだ。多分、この日完成した現在のバンドは、この形のまま今後も続けていくかはわからないだろう。なんらかの変化や刺激を与えて、新たな世界に挑戦しなくてはならないと思った。それは、メンバーの交代なのか、サウンドの方向性の変革なのか、まだわからない。とにかく、我々は完成した。それは大いなる充実感と喜びに満ちあふれると同時に、一抹の寂しさも感じるのである。

 終演後、地元のかたがたによる打ち上げは海の幸いっぱいの素晴らしいもので、感謝感謝であった。そして、我々はこちらでも燃え尽きた。
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by harukko45 | 2004-02-13 00:00 | 音楽の仕事

 さて、ようはタイトル通り、レコーディングして、北海道3カ所のツアーがあって、またレコーディングしているということだ。それでは、また。

 おい、そうじゃねぇだろう、とツッコマレテ、もうちょっとくわしく、ハー。ほんじゃ仰せの通りに。

 1月30日、この日は‘ふとした瞬間’のストリングスとオルガンの修正をした。それと、アコースティック・ギターはカットすることにした。さりげなくバランスをとって聴かせたとしても、全体に音が多くなりすぎるきらいがあったので、思い切ってそういう判断をした。それにより、適度な隙間が生まれたし、他のプレイがより明解に聞こえてきた。オッサンのアコギのプレイは生かされなかったが、そのかわり彼のよりごきげんなエレキのプレイが浮かび上がってきたし、ロクさんのベースのグルーヴ感も最上な状態でキープされることになりそうだ。最終的に方向性は、アル・クーパー的アプローチから、じょじょに70年代のスウィート・ソウルへ移行していったということだ。

 何故、この曲にこれほどこだわったかというと、崎谷さんの曲調が今のジュンコさんに新鮮な響きを与えてくれるだろうと思うからだ。それゆえ、良い仕上がりにしたいのだった。もちろん、ジュンコさんの30周年アルバムに駄曲・駄作なしにするのが目標なのだから、当然といえば当然なのだが。

 続いて‘パラレル’に新たにシンセを3種類ダビングした。確かに、アコギをフィーチャアしたザックリしたな仕上がりにするのだが、とは言え、いま一つ奥行き感やポップ感が足りない気がしたからだ。それで、さりげなくエレピを補正したり、ヴォイス系のシンセ・パッドやキラキラしたベルの音を加えた。暑苦しくならないように注意しながらも、だいぶ広がりも出た気がする。

 さてこの後、ジュンコさんは加藤大祐氏作・編曲の‘裸の約束’のボーカル入れをおこなった。この曲は、なかなかメロディが綺麗なバラードで、アレンジ面に関して私はノー・タッチなのだが、30代の加藤さんの今っぽい感覚がジュンコさんの慣れ親しんだ世界に、いい刺激を与えてくれるだろう。

 ということで、次は北海道ツアー。
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by harukko45 | 2004-02-11 00:00 | 音楽の仕事

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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