大橋純子/鶴岡にて

 1月25日に、我々は山形県鶴岡市に前乗りした。26日に、市主催の「シャイニングスノー・コンサート」を大橋純子さんがおこなうわけで、都合2泊3日の鶴岡滞在であった。ということで、まずは前日から市のみなさんをはじめ、主催者の方々によって、我々の歓迎会を催して頂いた。「文化とグルメ」をキャッチフレーズに、「冬祭り」を企画されているとのことで、この日の食事会も地元のおいしい魚料理と、さすがに米どころならではの地酒を堪能させてもらった。おまけに鶴岡市・観光物産課のみなさん、なかなかの接待上手、楽しい会話が切れることなく、とっても盛り上がりましたね。でも、後から後からお酒をつがれてはかないませんでした。やっぱ、飲み過ぎの夜であったわいな〜。

 翌26日、コンサート当日。この日のチケットは発売後4日間で売り切れとのこと。1300人収容の会館が満杯、立ち見もでるとの話に我らが燃えないわけがないのだ。それに、今年初のジュンコ・ライブ、おまけに大ホールでのコンサートは昨年秋の神戸以来とあって、テンションはますます上がっていくのであるが、ここで、我々の前日からこの日までの実体を告白しよう。

 まず、
 ケンさん、私・・飲み過ぎ。やはりこの日リハあたりまで酒残る。
 ロクさん・・前々日まで原田知世さんのツアーで、九州から参上、一人旅が寂しくて電車内でワインを一本あけて宴会に直入り。やっぱ飲み過ぎで二次会途中から熟睡。その後ホテルでも隣室の私の部屋にも響き渡るほどの大いびきを展開。だいぶお疲れ。
 タマちゃん・・彼と彼の奥様とのユニットのレコーディングを現在進行中で、ほぼ連日深夜までの作業の合間をぬっての登場で、やはり寝不足気味。
 サエコ、アッコ・・この二人は割と自己管理が出来てる方だが、到着後すぐにホテル横のダイエーにてショッピング。お揃いのジャケットをバーゲンセールにつき、2000円で購入。宴会終了後もホテル内にある温泉に直行。ちょっとつかりすぎて、ふやけ気味のため化粧の乗りがいまいち(?)。しかしながら、かなり鶴岡を満喫。
 ゴトウさん・・25日も東京でのライブで深夜まで演奏後、一睡もせずに朝一の飛行機で鶴岡着。当然、超寝不足。
 そして、このところ必ず、前乗りが出来ないでいたウエちゃん・・・やはり、今回も東京でのライブがあったため、ゴトウさんとともに当日入り。寝不足の上、前日の宴会に参加できないという恨み、つらみ、自らの不運、世の中の不条理への怒り、そりゃ〜そうとうなもの!で、不機嫌(?)を通り越して、もはや悟りの境地に至っていた。

 何?こんなバンドに誰がしただって?。それはバンマスであるオマエの責任じゃ!いやいや、私は「酒は飲んでも飲まれるな!よく体調を整えましょうね。」と常日頃からみんなに、言おう言おうと思ってるんすけどね〜。ふん、そんな話は今までだって聞いたことがないわい!ってツッコマレそうだが、ま、みんなオトナですから自己責任ということで、どうかひとつ。国会だって、言った言わないで審議ストップになっちゃうこのお国柄。我が国の政府のどうしようもなさに比べれば、(ほんとに日本の外務省はくさってやがる。小泉も静観してないで、ちゃんとリーダーシップを発揮しろってんだ!)我々など全然りっぱなもんです。なぜなら、我々はこの後、本番約2時間は別人のごとく集中しまくったからなのだ。

 何で、そこまで言い切るのか?それは、私がこの日の演奏を録音したMDを、すでに聴いているからで、今まさに、自信を持ってこれを書いているというわけである。どうだ、まいったか!

 適度な疲労感が逆に、無駄な力みから我らを解放させたらしい。それに、会場のお客さん達の暖かさ、これが私達をとてもリラックスさせてくれたのだ。やはり、ミュージシャンをのせるには、たくさんの拍手とおいしい食べ物に、適度(?)の酒(?)が必要だったのか。ん〜、実に深い命題だの〜。いや、失礼失礼。でも、冗談抜きで、この日のお客さん達は素晴らしかった。とにかく音楽をしっかり聴こう、楽しもう、という気持ちに溢れていて、会場中に満ちていたのを感じた。それが、私達をプッシュしてくれたに違いない。

 ‘Izm’‘Don't Think’‘どうして心は’、もう完璧ね。特に‘どうして心は’は、めっちゃ良い。気に入ったぜ。ついに“Quarter”からの新曲も“Time Flies”時の曲郡に肩を並べるとこまで来たのだ。バンマス感無量で絶句!

 それに‘8番目の海’、これは私の数日前からの仕込みも功を奏して、去年より数段いいパフォーマンスだった。これなら希望が持てる。どんどんかっこ良くなると確信できた。そして、昨年12月から懸案だった‘A Way’も、今まででの最上の仕上がりとの評価をケンさんから頂いた。バンマスまたまた感動!ウレピー!

 ジュンコさんも最後まで、とてもリラックスした歌いっぷりだったし、お客さんとのコミュニケーションもバッチリで、今年最初のステージは、予想以上の大成功であった。いや〜、これで今年もいけそうだぜ。というわけで、終演後の楽屋では、もうさっきまでの疲れも何のその、すっかり全員ハイテンションで、お互いを讃え合った。やっぱり、ジュンコ・バンドは楽しい、コンサートはやめられないのだ。

 そしてこの夜も、打ち上げ会をホテルで催していただいた。ほんとに至れり尽くせりで、大変感謝しておりますです。主催者の方々からもお褒めのお言葉をたくさん頂き、私達もおおいに励みになった次第であります。もちろんこの後は、またまた飲み明かし、語り尽くし、楽しくも喜ばしい鶴岡の夜は更けていったのでありました。それでは。
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by harukko45 | 2002-01-29 00:00 | 音楽の仕事

ある人との対話

 1月某日

 ああ〜、何て事だ!きのうH氏から電話で、『ミーティングしたいから、3時に会いたい。くわしくはホームページで!』だって。いったい何を言ってるんだろう、あの人。去年の暮れに私が言ったこと、まだ根に持ってるのだろうか。もし、そうだったら大変だ。あの時はベロベロに酔っぱらってたけど、シラフのときに噛みつかれたら、私なんかひとたまりもない。あういうタイプは会う前から、喋ること考えておいて、こっちの弱みをついてくるにきまってるんだから、たちが悪いのだ。『深刻な話はやだからね!』って、一応釘をさしておいたら、ちょっとアワアワしてたからな〜。てことは図星だったわけで、まさに深刻な話題で私を叩きのめすつもりなんだ!まったく心臓に良くないよ、ほんとに。

 都内某所午後3時/ でもって、ミーティング?マジ?

「で、お話って何ですか?昨日も言いましたけど、深刻な話題は願い下げですよ。」
「そんなことにはならないと思っていますけど、どうかな?ま、とにかく今日は、去年あなたが書いていた『情緒的うすらばか』、そうです、『情緒的うすらばか』について、是非あなたからご教授願いたく思い、お呼び立てした次第です。」
「はあ、そんなことについて、あなたに話して、どこがおもろいのですか?」
「それは、僕が判断することで、あなたは語ってくれればよろしい。」

 むちゃ感じ悪いこと甚だしい。一瞬ムッとするも、
「え、何の話だと思ったの?」の問いに、
「お説教されるのかと思ってた。」と、つい答えてしまうとは情けない。

「何について?」
「去年の暮れの件で、怒ってるのかな?って。」と言うと、彼はちょっと、ドギマギした様子で、さも言葉を選んで 慎重に語ろうとしていて、
「ははあ〜、そのことね。それについては後日じっくりとやりあいたいですな。でも、今日はなごやかにいきましょう。」

 やっぱ、根に持ってるんだ。やなヤツ。でも、それが相手にばればれになってしまうあたりは、まだ正直者というべきか?でも何かたくらんでる疑いは拭えないからな。ここは慎重かつ大胆にふるまって、クールな私を見事に演じなければ!そうそう、内面の安定、内面の安定。

「あの、何を考えてるんですか?」
「いや、別に。気にしない、気にしない。大体、あなたは何でも気にしすぎるのです!でも、何故『情緒的うすらばか』を私が語るのですか?これは‘ブリジット・ジョーンズ’を書いたイギリス人作家、ヘレン・フィールディングの作ったものですよ。だから、本を読めばその意味は簡単に解読できると思うけど。」と、少々ぶっきらぼうに喋ったから、すかさず彼は、
「それ言ったら、もうこのインタビューは終わってしまうじゃないですか!だから、君流の解釈と、男どもの実体を語って欲しいわけです。どうか、そんなにご機嫌悪くしないで下さい。ケーキでも頼んだらいいんじゃないですか?だいじょうぶ、経費で落としておきますから。」

 で、チョコレート・ケーキなどパクつくことに。おおっ、適度な糖分が私の脳を刺激したのか、だんだんとガーミッシュでフェミニンな自分、そして何より脳細胞の活性化により、明晰でクールな自分を取り戻しつつあるのがわかる。だから、ついついペラペラと舌もなめらかになっていくのであった。

「まず、言っておきたいことがあります。」
「はい、何でしょうか。」
「つまりですね、こういう事について私のような者が声高に話し始めると、世の男性諸氏はですね、その人のことをコテコテのフェミニストではないかと勘違いするのですけど、私はまったくそうではない、ということをまずお断りしておきます。」
「はいはい、その点は承知してますよ。あなたは、普段からキツイとこ全くありませんし、男性陣の繰り返されるセクハラに対しても寛容であらせられますもの。あ、失礼。ちと余計でしたね。ケーキもうひとついかがでしょう?」
「けっこうです!だいたい、そう言う風な言いぐさがそもそも・・ま、よしましょう。」、私は一呼吸おいてコーヒーでカフェイン補給。これにより、私の神経は益々鋭敏になっていくのだ。

「何故、あなたは『情緒的うすらばか』について聞きたいのですか?それをまず語ってもらわないと訳が分かりません。」
「そうですか。」と言って、彼もコーヒーをすすった。落ち着いて真っ当な事を言おうとしているわけで、こうなるともう私のペースになってきたのでは。

「去年、私の心をつかんだ新鮮な言葉、それが『情緒的うすらばか』なのです。およそ私の発想からは皆無な言葉でした。しかし、その意味や実体について、十分に理解したとは言えないのです。ただ言葉の響きのおもしろさに心引かれたというか。もちろん、フィールディングの小説も読みましたが、私の実生活とは乖離していて、その中身については、どうにも納得できないのです。

 そこへ、あなたがこの言葉を突然使われているのを読んで、是非私にもわかるように説明してくれないかと、考えたわけです。なぜなら、男にとって女の気持ちほど不可思議で神秘なものはありません。いや、時に非常識で非合理的、非科学的で非生産的、それでいてやけに現実的で浪漫のかけらもなく、計算高いくせに自分勝手で傲慢、ああ言えばこう言う的日和見主義で、感情にまかせているかと思いきや、人の弱みに土足でズカズカと入ってくる。全くもって信じがたい存在なのです、女性とは。」

「あなたは、自分がつれあいとうまくいっていないのを、私にグチりたいのですか?それで、女の気持ちを理解する方法をさぐりとって、何とか挽回したいとでも言いたいのではありませんか?私がお見受けするに、もうあなたは『情緒的うすらばか』症候群のまっただ中にいらっしゃいます。フィールディングを読んだのに理解できないのは重症だと感じます。ま、あなたのご事情はうすうす知ってますから。ふ〜、いいでしょう、お話しします。

 そもそも『情緒的うすらばか』についてのフィールディング女史の定義はこうです。女が20代から30代に入るにつれて、男女間の力のバランスが微妙に変化し、女はどれほどひどいアバズレでも、30代になると、それまでの奔放さをなくし、初めて感じた生存不安(誰にも看取られずに死に、三週間後になかば腐乱した状態で発見されるのでは、という不安)の痛みと格闘するようになる。売れ残り、回転をやめない運命の糸車、性的魅力の減退という、あのステロタイプな考え方に翻弄され、自分が愚か者と思えて仕方なくなる。

 ところが、この時期30過ぎの男は、ちょいと女にせっつかれただけで、たちまち縮み上がって、人間としての責任、成熟、名誉、男女関係の自然な深まりから、逃げ出そうとする。『情緒的うすらばか』にてこずらされてる女性、例えば、

ケースその1
もう13年もつきあってるのに、ボーイフレンドに同居の相談さえ拒絶されている。
ケースその2
ある男と4回つきあっただけで、二人のあいだが真剣なものになりすぎたという理由で、捨てられた。
ケースその3
三ヶ月ものあいだ、ある男に結婚しようと猛烈に追い回されて、いざその気になったら三週間後にするりと逃げられ、その男が親友に自分にしたのと同じ猛烈なプロポーズをしているのを知ってしまった。
(以上、「ブリジット・ジョーンズの日記」より引用)
 どう、言ってる意味わかります?」
「はあ、そこそこ。」、そんなことはあるわけがない。『情緒的うすらばか』まっただ中の男に、そもそも理解出来るわけがないのだ。自信を深めた私は、

「続けさせていただきます。こういったシングルトン女性の弱点は二つだけ、愛に妥協しないことと、自分の経済力を信じていること。だけど、二十年もしたら、情緒的うすらばか男なんて生きていけなくなり、女のほうが、男なんてくそ食らえ!っていうようになるのだ、ということを書いているわけです。」

「よ、ようするに、今の男どもは女性の扱いが真っ当でないと仰りたいわけですかね?やっぱりただのフェミニズム丸出しじゃないですか。中年にさしかかる男性の心情などまるで無視した一方的な主張に思えます。」

「まあ、今はそう感じるのなら、それでもいいです。ただ20代のころの女性は、男性の不当で自分勝手な誘いや扱いに対してもノリで許してきたり、女の側もある程度イケイケになって応えてきたのです。これが若さの特権でもあり、不幸でもあるのです。この時期に勢いだけで結婚したカップルがなんと多いことでしょうか。そのうち何組の夫婦が実際、幸福であると感じているかなどわかったもんじゃありません。運良く(悪く?)子供を得て、夫婦から家族へとその実体が変わった男女間だって、出会った頃からの愛情は続いているのでしょうか。

 一方、不幸(幸運?)にも結婚しなかった女性達シングルトンは、じょじょに年齢を重ねていくうちに、慎重さや思慮深さ、それ以上に人間としての尊厳ということを気にし始めるのです。なのに、そんなことに無頓着な男は、相変わらず突然電話をかけてきて、『今何してるの?』『今はつきあってる人はいないの?』もどきのつまらない会話や、 『酒飲んだイキオイ』で強引にからんでくるような手口で、シングルトンとお近づきになれると思ってる。さらに、たとえそれが成功したとしても、その後、池のコイにエサやらずがごときに、普段は関わりを持っていないふりを平気でしながら、自分の欲望の基準のみで女性を扱ってはいないか?と言いたいわけです。
 どうです?思い当たることはありませんか?」

 思い当たることばかりの彼は、だいぶ深刻な表情になっていた。ザマーミロ、私の圧勝であることは明白だった。私は続けた。彼にとどめを刺すために。

「あなたのような人は、まず自分が考えてきた人間生活に対する基準を壊さなくてはなりません。そして、もっと堕落すべきです。堕落すべきなのです。
 だいたい、人間など愚かで弱く、本来どうしようもないものではありませんか。だから、ほっておけば地獄に堕ちていくのに、それを恐れる我々はいろいろな基準やら道徳やら哲学やら政治やら義理やら人情やらのカラクリを考え出して、何とか堕落しないように自分や他人を制しようとするのです。ところが、それらはただの荒い網のようなもので、完全にすべての人をすくい取ることなどできないのです。その網の目からあなたはもうすでに落ちそうなのに、まだ、カラクリにこだわって生きているのです。

 でも、それから落ちてしまうもの、それこそが本来の姿ではありませんか?そんなカラクリにまとわりつかれていては、ほんとうの個は見えないのです。でも、堕落する人間はとことん堕落して地獄をさまようことにも恐怖を感じていて、そのうちまた新たなカラクリを生み出すのです。つまり、人間の歴史とは堕落とカラクリの創造、そしてその破壊、それによる堕落、再びカラクリの創造の繰り返しなのです。そして、それこそが文化と言えないでしょうか。堕落し、堕落していくことで人々の個が赤裸となって現れ、それぞれの個と個が真に対立し、共感しあうことが文化の成熟なのです。

 『情緒的うすらばか』の話も、本を読み進めれば、女性の側にも当てはまる問題だということがわかってきます。ようは男性に対するグチのように表現しながら、自分達の愚かさも笑い飛ばしているフシがあるじゃないですか。だからお互い個と個として、成熟したつき合いを望んでいるのです。だから、お互い堕落しましょう。好きなら好きといい、愛してるなら愛してると言えばいいのです。それによって、相手にどんなに傷つけられても、全てを肯定肯定肯定する勇気を持ちましょうということです。」

 ずっと、私の話を聞いていた彼は、この時おもむろにタバコに火をつけ、喋り始めた。

「なるほど、大変興味深い話で、おもしろかったです。ありがとうございます。でも、あなたのお説の最後のくだりは坂口安吾の‘堕落論’の引用じゃないですか!そんなものに私は引っかかりませんよ、おあいにく様。」

 チキショウ!ばれてたか。うかつだったぜ、くそ!お後がよろしいようで。
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by harukko45 | 2002-01-22 00:00 | 日々のあれこれ

植村  「さて、ホームページに続いては、ライヴ活動について語らなければなりませんね。和田さんとしては、昨年のベスト・パフォーマンスはどの辺りだと考えていらっしゃいますか?」
和田  「3月22,23日の福岡ブルーノートを真っ先に上げたいと思います。」
植  「というと僕がいない時ですけど。」
和  「そうです。あなたがいなくて、ドラムは濱田尚哉さんでした。あの時の演奏は良かった!」
植  「・・・・・・・・。」
和  「あなたはいなかったんだから、わからないでしょうが、ほんとうに良かった。素晴らしく盛り上がりました。お客さんも大変すばらしかった。とても印象的でしたね。おまけに宴会がまた楽しくって、楽しくって!その時の模様は拙著『バンマスのぼやきVol.8〜10』をご覧になればおわかりになると思いますが、やはり、その時の内容がいいと、後に書いたコラムの筆ならぬキーボードも軽やか、ってな感じでしょうかね。もうすでに『ぼやきシリーズ』も45本を数えますが、この福岡編は私のお気に入りの一つですね。」

植  「あ〜、そうですか。では、僕が復帰した6月以降についてはどうなんでしょう。」
和  「ん〜、正直、苦労しましたね。」
植  「え、そうなんですか。本当に?まじですか?」
和  「はい。やはり、レコーディング直後の新曲を多くセットに組み入れたので、それを仕上げていくのに時間がかかったのです。前回の“Time Flies”直後は、民音などのまとまったツアーが組まれ、演奏する機会が多く、各曲のパフォーマンスがどんどんタイトに完成されていくのが手に取るようにわかりました。が、昨年はそういったことに恵まれず、また曲自体の捉え方について、私もはっきり方向性をメンバーに示し得なかったため、なかなか満足いく結果にはむすびつかなかったように感じています。これについては、反省しきりです。」
植  「確かに‘8番目の海’は、未だに完璧とはいえないですね。それに‘A Way’は何度やってもむずかしい。その日の気分でもグルーヴが揺らいでしまって、これだ!っていう確信がなかなかつかめませんでした。」

和  「そう言った意味では12月16日の沖縄でのディナー・ショウは、ほぼ完璧であったと思います。この時の構成はメリハリの利いた曲順で、どこでも好評でしたが、特に沖縄はメンバー全員の集中力が切れず、大変満足しています。」
植  「僕も同意見ですが、たぶんに和田さんの場合、その前後の宴会がおもしろかったかどうかが影響するんじゃないですか?僕は前乗りできなかったから、よくわからないのですが、沖縄もかなり盛り上がった夜だったみたいじゃないですか。」
和  「・・・・・・・・。」

植  「まあ、いいでしょう。では、6〜7月におこなわれた“Quarter”のレコーディングについて話をすすめたいと思います。“Time Flies”の時よりもバンド色が濃くなったといって良いと思いますが、いかがですか。」
和  「そうですね。ですから、アレンジメント的には制約が少なくなりました。その分、各自の自主性を重んじたかったのです。しかし、それならそうで、もっとみんなにまかせて、私は情緒的な部分や抽象的なイメージの部分のディレクションに専念してもよかったかなと。テンポやグルーヴももっと揺らいで、音数も少なく空間を生かしたサウンドにしてもよかったのではと感じています。」
植  「よりライヴ的なアプローチを試みるということですか。」
和  「そうとも言えますが、つまり『メインストリーム』なのか『オルタネイティヴ』なのかという命題なのです。『メインストリーム』指向でいくなら、一に良い曲、二に良い歌と演奏、三にサウンドでいいのです。良い曲と良い歌があればピアノ一本、ギター一本でも充分です。しかし、サウンドをより追求する、ましてバンド・サウンドだということなら、ある程度の過激さ、大胆さ、またそこから生まれるハプニングに対しても寛容でなくてはいけません。そして、結果として『オルタネイティヴ』な道を示すということです。」
植  「そこが不十分であると。しかし、現在の音楽シーンに『メインストリーム』というものは存在するのですか?ある意味すべてが『オルタネイティヴ』指向で、従来型の『メインストリーム』な音楽は少なくとも、ヒットしてないんじゃないですか。ようするに『メインストリーム』な音楽は予定調和に終始して力を失い、ディナーショウや深夜テレビの歌番組に追いやられ、アンダーグラウンド化しています。ですから、現代において音楽制作がサウンド指向になるのは至極当然と考えます。ただ、いくらバンド・サウンドだといっても、ある種のリーダーシップをとる人材が絶対必要であり、逆にそのカリスマ性こそが完成度を決めるといえると思います。そういう点では、和田さんの迷いは僕らには困るわけです。」
和  「するどいご指摘です。その指摘はゴトウさんやコーラスのサエコ嬢からもありました。彼らも私の迷いを感じ取ってやりにくかったのかもしれませんし、またそう指摘されることで、みんな音楽に対して真摯な姿勢で臨んでいるのだなとも思ったわけです。」
植  「もうちょっと和田さん、しっかりしてくださいと。」
和  「そうです。ですから、その点が今年の抱負となっていくわけですね。」
植  「なるほど。でも、僕的には‘エンジェルフィッシュは眠らない’は、和田さん言うところの『オルタネイティヴ』な方向性とジュンコさんが合体した成功例だと思いますよ。聴いていて、とても新鮮だし、自分のプレイにも満足しています。」
和  「仰るとおりですね。私も好きです。それにあの時の植村さんの演奏は大絶賛です。あういうプレイはあなたしか出来ません。それと、やはり一曲目の‘A Way’ですね。この曲は先ほどからの『メインストリーム』か『オルタネイティヴ』かというような議論にはあてはまらないところで浮遊しているような仕上がりが気に入っています。“Quarter”は25セント、そのコインの裏表が‘A Way’と‘エンジェルフィッシュは眠らない’ということなのです。」
植  「‘A Way’はレコーディングでも苦労しましたね。でも、確かにグチャグチャしてそうで、素朴なところもあるし、タイトなようで、緩やかなノリでもあるという奇跡的な作品かもしれませんね。それでは最後に今年にかける気持ちということでまとめていただけますか。」

和  「大橋純子という日本において稀有な存在であるボーカリストの素晴らしさを我々はしっかりと支え続けること。それには、今の良い状態をキープするために、『変化』を畏れてはいけないと思います。良い状態=安定は一歩間違うとマンネリに堕落する危険があるということです。それを回避する意味でも『変化』していかなくてはいけません。より安定するために『変化』するのです。これは、今の日本の社会すべてに通じることでもありますが、私達も常に新鮮に音楽に対して臨まなくてはならないのです。具体的にはアレンジ面、演奏面、ショウの構成・セットリストの変更等、いろいろありますよね。それを一つ一つ前向きにトライしていきましょう。」
植  「大変長い時間ありがとうございました。お互い今年もがんばっていきましょう。」
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by harukko45 | 2002-01-01 01:00 | 日々のあれこれ

植村  「明けましておめでとうございます。本日は我がジュンコ・バンドのリーダーであり、当ホームページ(大橋純子公式ホームページ)でもコラムを寄せていただいております、和田さんをお迎えして、『大橋純子とその周辺』について2001 年を振り返り、また新年にかける抱負などをおおいに語り合おうということであります。まずは、昨年の総括から始めたいと思いますが、和田さんからお話いただけますか。」
和田  「やはり、時間軸にそってお話していったほうが解りやすいと思うんですが。」
植  「どうぞ、お願いします。」

和  「まずは何と言っても、このホームページの立ち上げということですね。一昨年からアイデアだけは先行していたのですが、結局誰が作るのかが問題でした。」
植  「誰がネコに鈴をつけるのか?」(笑)
和  「そうです。プロの制作会社に頼むことは簡単なんですが、モロモロ話が進まず、延び延びになっていたわけです。そんな一昨年の暮れの大阪でした。ちょうど今日と同じように植村さんと話し合っていたんですよね。」
植  「ええ、ホテルのコーヒーショップで朝食を食べながらでした、確か。」
和  「あの時、あなたから『プロト・タイプをでっちあげてみます。』という一言には、失礼ながら正直、半信半疑な気持ちを抱いたのですが、次の日、すぐに仮アップをしていたのには、大変驚いたわけです。」
植  「もともと、僕は待っていても始まらないから、やってしまえ、という人間ですから。それに、今のメンバーの中でコンピューターに一番くわしいのは僕だったですから。」
和  「にしても、あの早業は素晴らしかった。それに、出来が良かった。単純にHTMLだけでもこれだけやれるのだ、と感心しましたし、要はやる気なのだということを改めて思ったしだいです。」
植  「しかし、年が明けて2月に正式公開するには、いろいろな方のアイデアが必要でした。ジュンコさん、ケンさん、和田さん、それとウィンサイトの戸島さんに加わってもらって、何度もミーティングを重ねた結果、現在の形に収まったということですね。」
和  「そのころは、植村さんと戸島さんのコンピューター用語による話の80%はチンプンカンプンでした。ですから、私のコラムも最初のうちはけっこうメチャクチャなHTMLシートでした。(笑)その後、遅ればせながらHTML辞典を引きつつ、何とか形になってきました、そう言った意味でも、私にとっても新しい挑戦のきっかけを与えてくれた出来事でしたね。」
植  「それは、ジュンコさんにとってもですよね。」
和  「もちろんです。アナログ人間を自称していたジュンコさんがPowerBookを購入して、メールをスピーディーに使いこなしてる絵など、一昨年では考えもつきませんでした。それにジュンコさん自身がファンの方に直接語りかけることが容易になっただけでも大きいし、また、ライヴのあとファンの方からもメールを頂くという、ダイレクトな関係性を持つ手段として素晴らしい成果だと思いますし、よりアクセスが増えていけば、新たな試みやアイデアも生まれてくるでしょう。」

植  「ただ、当初考えていたことで、まだやれていないこともありますね。例えば、ライブ音源の配信であるとか、ファンクラブ設立など。特にライブ音源のインターネット配信については僕も和田さんも熱心でした。」
和  「ん〜、やはり著作権の問題が絡むとむずかしいですね。ことが大きくなりすぎるのであきらめざるを得なかったわけですが、現在でも不況不況といって、みんな財布の紐をしめながらも、インターネット関連においては、ADSLをはじめブロードバンド化しようとする人が激増しているわけで、将来的には音源自身の配信ということが日常化するのは間違いないのですが、アーティストの権利を守る立場から考えると一足飛びに進むのは現実的でないのです。」
植  「でも、インターネットというのは極端な話、『何でもアリ』だから、これだけインパクトがあったわけだし、それ故の可能性を否定できないわけです。結局、規制を増やして守ることばかりに従事すると、大きな意味での発展には結びつかないのではないでしょうか。」
和  「仰るとおりですが、今は過渡期であるとしかコメントできませんね、残念ながら。ただ、今おこっている事は人間が音楽を聴く、接する手段についての根本的革命であり、音楽に対する人々の捉え方も変わらざるを得ないということです。それと、ついでに著作権問題についてですが、現在のこの権利に関しては、基本的にアメリカ中心に考えられたシステムであるという認識は承知しておくべきだと考えています。」

植  「ほほう、アンチ・アメリカニズムの和田さんらしい発言になってきましたね。僕もその点は賛成です。70年代、80年代、経済的に落ち込んだアメリカは、その挽回、一発逆転を計り、政策的に著作権を、特にコンピューター・ソフトや金融商品を中心に大々的に世界中に認めさせた。これによって、90年代、ほとんどのコンピューターはWindowsがOSとなり、金融ビジネスはアメリカに集中した。」
和  「よって、世界中の金はアメリカに集まり、空前の繁栄をもたらしたわけです。ですから、自由の名のもとのインターネットも、元をただせばアメリカ政府による世界戦略、世界規制によってもたらされているという結論です。しかしながら、おかしなことに、もっと昔から認められてきたアーティストやミュージシャンなどの著作権が、これによって不当な扱いを受けているという事態に至ってしまったのです。」
植  「確かに、話していくと何処まで行くかわからなくなりそうですね。ただ、僕としては裏ページをつくってでも、やってみたいことなので、ついこだわってしまいました。ファン・クラブの件にしても、我々だけの考えでなく、ファンのみなさんの意見や要望を聞いていかなければ、なかなか決められないことなのかもしれません。ところで、現在のコンテンツについては、どう考えます?」
和  「とにかく、ディスコグラフィの充実ぶりは大変すばらしいです。これは、他のサイトとくらべても決して負けていません。まして、いちアーティストのホームページでこれだけのものを作ったのは、自慢できることと思いますし、資料的にも貴重です。編集長をはじめ、一つ一つコメントをいれたジュンコさんもとても立派な仕事をされたと思います。」
植  「お褒め頂きありがとうございます。これについては僕も自信作なので、うれしいです。ところで、ホームページの件だけで、話が白熱してしまいましたので、一度休憩し、雑煮など食べた後、対談を続けたいと思います。それでは、ひとまず失礼いたします。」
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by harukko45 | 2002-01-01 00:00 | 日々のあれこれ

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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