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クライバーのオテロ

 ここのところ暇な時間は、過去に購入したり、TV放送から録画したオペラのVHSビデオをDVDにコピー(当然アナログ・コピー)しているのだが、久々に見直すといい演奏には思わず引き込まれてしまう。その中でも、もっともすごい内容なのがやはりカルロス・クライバーが指揮しているものだ。
 常に「天才!天才!」と呼ばれ続けたこの指揮者は、特にオペラが最高だったと思う。残念ながら私は実演を観る事はできずに、彼は去年他界してしまったわけだが、こうして映像で鑑賞するだけでも、その素晴らしさは他の指揮者とは圧倒的に違うと感じるのだ。

 そのクライバーのオペラの中でもピカイチなのが、1976年ミラノ・スカラ座での「オテロ」だろう。歌手陣が超豪華だ。ドミンゴ、フレーニ、カプッチッリ(特にカプッチッリが最高に好きだ。)に、最高の舞台演出はゼッフィレッリ。これだけでも文句はないが、その聴き手の期待度をクライバーは軽々と飛び越え、最高の演奏をオケから引き出して、別次元に私を連れ去ってしまうのだった。
 
 ただし、このビデオは自宅テレビから録画したらしい海賊版(?)もどきのものだ。だから、映像も音(モノラル)も大変悪い。にもかかわらず、本物の音楽が凄まじいパワーで押し寄せてくるのだ。
 
 演奏を始めるまえのクライバーはすごく緊張している面持ちだ。表情が引きつっているようだし、唇を何回かなめているし、手も震えているようにも見える。が、決意をもって振り下ろした瞬間、とてつもない音が飛び出してくる。1幕冒頭の嵐の場面は、まさに命がけの音がしているのだ。そして、合唱のパートを歌いながら指揮をするクライバーはもうすでに音楽の化身となっていて最高にかっこいい!!そしてドミンゴによるオテロの第一声における輝かしい歌声がしびれる。
 その後のカプッチッリが歌う「乾杯の歌」もご機嫌なノリで進んで興奮するし、1幕最後のドミンゴとフレーニの2重唱は甘くなりすぎず、それでいて陶酔感にもあふれている。この辺のセンスの良さが素晴らしい。

 2幕目でもカプッチッリのイアーゴは最高で、彼のふりまく毒はオテロだけでなく聴き手をも狂わせるのだ。そして、イアーゴの奸計にまんまとはまり始めたオテロが怒りを爆発させるあたりのドミンゴとオケの一体感は何だ!この後の壮絶なるカプッチッリ、ドミンゴの2重唱はとんでもないことになる。

 3幕目は恐ろしい。ヴェルディの深い人物描写、人間の裏の世界を見事に表現するその音楽自体もすごいのだが、完全に嫉妬と不信によって狂気の世界に踏み込んでいくドミンゴの名演技と、オケの力をつかって歌手達をアオリまくるクライバーには本当の悪魔が乗り移ったかのようだ。

 シェイクスピアの書いたこの悲劇の結末は、やはり死しかないのだが、この4幕目は普通のイタリアもののようにズルズルとお涙頂戴にせず、スキっとすすめて逆にリアリティのあるエンディングになったのだ。
 また、客の反応もおもしろい。クライバーが指揮を始めようとすると、反対派が口笛を吹いたり、ブーイングするとそれに抗議して猛烈な「ブラボー」の声と嵐のような拍手。それでもやめない妨害に対して叱りつけるお客の声。ステージの上も客席もすごい緊張感にあふれている。

 それから余談だが、終演後のカーテンコールでのゼッフィレッリの姿がかっこいい。さすがイタリアの名演出家、映画監督。いい仕事をする人は見た目もキマッテいた。

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右:オテロ 左:同じくスカラ座79年の「ラ・ボエーム」、パヴァロッティ、コトルバスも素晴らしいがやはりクライバーの音楽は常に新鮮で、音がわき上がってくるのだ。ただし、音質も映像もオテロ以上に悪い。DVDにもなっているが、まったく改善されていないらしい。この他ちゃんとした正規版、シュトラウスの「こうもり」も久々に観て感動した。こういうドタバタものでも最高のパフォーマンスを引き出す。もちろんR・シュトラウスの「ばらの騎士」も。結局すべて必聴必見となってしまう。
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by harukko45 | 2005-10-28 23:36 | 聴いて書く

 イタリアの有名な指揮者リッカルド・ムーティがウィーン・フィルと今月来日していたが、私は観に行ってはいない。とにかく、むっちゃ高いし(1〜3万1000)、それと何よりムーティ氏のシンフォニー演奏には今まで感動したことがないからだ。
 93年にミラノに行った時、彼が音楽監督をつとめるミラノ・スカラ座管弦楽団の公開プローベ(リハーサル、この時はオペラではなくオーケストラのみの演奏会用でシューマンやラベルなどをやっていた。)を見学できた時も、いまいちピンとこなかったし、その前の91年にウィーン・フィルとやったモーツァルトの40,41番もサラサラといってしまう淡白な演奏だった。それは、これまでに何回か登場したニューイヤーコンサートにも言えた。

 だからといってダメなのかというと、そんなことはなくオペラに関しては、私の中ではかなり信頼している指揮者の一人なのだ。要は、それぞれ得意不得意があるわけだ。逆にシンフォニーを振ると素晴らしいのにオペラはだめという人もいるわけで。(もちろん、ご本人はそう思っていないかも。これもコチラの勝手な解釈になるのだろうね。)
 で、何が言いたいのかというと、今回の来日を記念してNHK-BSが彼のオペラを4日間にわたって放送してくれたことがうれしかったのであります。それもイタリアものばかりを。
 なんだかんだ言ってもイタリアものはイタリア人が、ドイツものはドイツ人が仕切るのがよろしい。(例外としてカルロス・クライバーのような天才はどちらを振っても我が道を行くが)
 すべてスカラ座の公演だからオケも歌手も演出も高水準な内容だったし、やっぱりムーティはオペラがいい!とあらためて確認した次第。放送された4つの演目(プッチーニ「トスカ」、ヴェルディ「トロヴァトーレ」「仮面舞踏会」「ファルスタッフ」)の中では、「トロヴァトーレ」と「ファルスタッフ」が大変すばらしい出来で感動した。

 「トロヴァトーレ」は「リゴレット」「椿姫」と同時期のヴェルディがもっとも充実していたと言われる頃の傑作。だが、4人の重要登場人物の歌唱力が強力でなくてはならない難曲つづきだし、ストーリーもいっさいの緩みがなく、緊張感がずっと張りつめた内容だから、なかなか名演と巡り会うのはむずかしいと思っていた。(現にジェームス・レヴァインとメトロポリタンのDVDなどパヴァロッティがいてもイマイチな出来。とそこにとんでもない朗報!1978年のウィーンでのカラヤン、ウィーンフィル、ドミンゴ、カプッチッリの「トロヴァトーレ」のDVDが出るとのこと。きゃあ、大変!)
 しかし、ムーティはキリっとした辛口の指揮ぶりで全くナヨナヨしたところがなく、厳しく厳しく貫いて見事に集中した舞台だった。歌手もそれほど有名人がそろったわけではないが、大変うまかったし、何よりステージでの一体感があって素晴らしかった。

 そして「ファルスタッフ」。このオペラを聴くと、ヴェルディという作曲家はなんと素晴らしい人生を送ったのだろうと思ってしまう。この遺作は彼の作品の中でも異色作とも言える。それまでのドラマチックで悲劇的なものとは全く違う明るく楽しい音楽。モーツァルトやロッシーニをも思わせるようなドタバタ喜劇に最後はバッハ風のフーガで「人生は冗談ばかりだ」と笑いとばす。80歳の老ヴェルディは人生の全てを見通して「笑う」ことで締めくくった。それが、かっこいい。
 ムーティの管理のもと、歌手もオケも素晴らしかったが、それよりヴェルディそのものの素晴らしさに感動した。また、逆に言えばそのように感じさせるパフォーマンスをした彼らは大変素晴らしかったとも言えるだろう。

 
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by harukko45 | 2005-10-21 16:07 | 聴いて書く

 前回書いたホワイト・ストライプスをおもしろがっている人は私の周りに多い。オッサンもそうだし、徳武さんも「ジャック・ホワイトがロレッタ・リンのプロデュースをしていた。」などという話でちょっとした盛り上がりがあった。また、今一緒にライブハウス等で活動しているシンガーでライターのリナンの現場でもストライプスを絶賛する人が何人もいて、みんなでジャック・ホワイトのことを久々のカリスマだ、天才だ、救い主だ、ついには「ロックの生き神様」と言い放つヤツまで現れる始末。

 あまり、何から何まで持ち上げすぎるのは、かえって彼らの足を引っ張ることにもなりかねないが、それだけ、ストライプス特にジャック・ホワイトの存在はブルースとロックンロールをしっかりベースにした本物を志向するロックファンの間では大変なセンセーションなわけであり、年代を問わず10代20代の若い人から我々のようなベテラン・リスナー、ミュージシャンをも同じように興奮させているのがおもしろいのだ。

 実を言うと、もう一組別のバンドについて書きたかったのだが、今はジャックにぞっこんなので、どうしてもそちらに行ってしまう。ついにはHMVのウェブページでStripes新譜“Get Behind Me Satan”のレビューに書き込みまでしてしまった。ちょっと興奮しすぎかもね。

 とは言えやはりもう一つのバンドにも是非ふれておきたい。Foo Fighters, White Stripesとアメリカ勢が続いて、今回はUKだ。そして、今や世界で一番売れているロック・バンド-Coldplayについて。

 こんなところでコールドプレイを語ってもあまり意味がないかもしれない、だって彼らは1stが世界で500万枚、2ndは1000万枚。そして6月発売の新譜“X&Y”は31ヶ国でチャート1位のバカ売れバンド。これまでにたくさんの人々が絶賛し、各方面で高い評価をすでに受けている。彼らの音楽をよくご存じの方も大変多いと思うし、もうとっくにはまっているよと言われてしまうかもしれない。

 確かに「はまる」バンドだ。私はこの手のUKのバンドは本来苦手な方でコールドプレイも最初から気に入っていたわけではない。ただ、常に何となく気になる感じがあって、CD店の試聴機で何回か聴いては買わずの繰り返しだった。だが、大橋バンドのローディーを担当していて、自らもロックバンドを組んでいるキクの推薦もあって、“X&Y”を買ったのだった。そしてどうやら私も「はまった」らしい。すぐに1stの“Parachutes”、2nd“A Rush Of Blood To The Head”も手に入れた。

 今では“Parachutes”(右)が一番好きであり、アルバム全体の仕上がりは“A Rush Of Blood To The Head”(左下)が一番のような気がする。が、どれもすべて充実した作品であることは確かで甲乙つけがたい。とにかく、彼らのアルバムはいったん聴き始めるとスーっと最後まで聴いてしまうのがおもしろいところ。「BGMになるロック」と評する人もいて、その心もなるほど理解できる。全体的には静かな世界(バンド名どおり「冷たい世界」)であり、大変心地よくすんなり聞き通せるのだが、一歩踏み込んでじっくりと対峙してみると、そこには実に繊細で丁寧な仕事ぶりを感じられるのだった。

 制作に時間を十分かけて、丹念に曲作りをしているし、演奏においてバンドの結束の強さ、自分たちのサウンドへの献身的な態度が非常によくわかって好感をもつ。ま、そういう風にこむずかしいこと言わなくても、とにかくメロディの良い曲が多いし、音響的にもUKらしい奥行きのあるサウンドづくりが細部まで行き届いていて大変素晴らしいのだ。

 「これはロックではない。」という人もいるだろう。私もそんな感じがするのを否定しない。ホワイト・ストライプスのように一人の天才の力技にワクワク・ドキドキさせられることもない。ストライプスの曲は何回も聴いてわかっていても、いざ聴くと次にどう展開していくのかがわからなくなってしまうようなスリリングさがあるが、コールドプレイのそれはある意味「予定調和」であるし、実にUK的な「様式美」とも言える。ビートも強烈に押し出すわけでないし、激しいギターソロがあるわけでもないし、特徴的なボーカルでもない。ただそこには非常に良く作りこんだ「いい曲」がならんでいるわけだ。天才がサラサラと一筆書きで仕上げてしまうものの刺激は確かにすごいが、彼らのように職人的な感覚でじっくりと綿密に仕上げた作品も決して劣るものではないということを強く感じるのだった。

 今風に言うと、疲れた現代人を癒すサウンド、なのかもしれない。だから、こんなに受けているのだろうか。とにかく聴いていくうちにだんだん胸がジーンとしてくるのは確かだ。そして、また繰り返して聴いてしまう魅力がある。
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by harukko45 | 2005-08-08 15:26 | 聴いて書く


 ホワイト・ストライプス(The White Stripes)のプロデューサー、コンポーザーでボーカル、ギターを主にベース、ピアノなどの楽器をこなすジャック・ホワイトは久々に登場した「Genius」だ。「Mad」でもあり、「Demon」とも言えるか。とにかく最高に「Cool」だ。彼以上にかっこいいことをやっているミュージシャンは今世界中探してもいないのではないかな。



 私は彼にすっかりやられてしまっていて、MacのiTunesのライブラリにはホワイト・ストライプスの全アルバム5枚が収録されている。

 米デトロイト出身のジャックとメグ(Drs)・ホワイト姉弟によるホワイト・ストライプスは99年にデビューしていたのだが、私はそうとう遅れて、2004年の正月にウィーンで初めて聴いた。その時滞在していたホテルのテレビでMTVを見ていて、そこで毎日オン・エアされていた。その時の曲は2003年のアルバム“Elephant”の中の‘The Hardest Button To Button’だったのだが、とにかくかっこよかった。 その後、グラミー賞2004でのライヴ・アクトで完全にノックアウトされた。ホントにギターとドラムだけで演奏していた。この時は今時のロックを聴いて、今時のロック・ミュージシャンを見て「カッコイイ!!」と思ったことが自分でも驚きであり、そうとう興奮した。ついに久々の「本物!!!」が現れたのか!!!!

 彼らの4作目の“Elephant”はたぶんロック史上に残る大傑作だと思うが、ジャック・ホワイトという男はデビューの段階でもうすっかり出来上がっていたことを最近、過去の作品をすべて聴くことで理解することができた。他の普通の若手バンドのようにデビューは勢いと情熱にまかせて突っ走って、じょじょに成長して傑作を…云々というレベルではない。ジャックのギターとボーカルはインディーズ時代のファースト、セカンドから最高に良いのだ!これも驚いた。彼らは「ガレージ・ロックの雄」「ロックンロール・ルネッサンスの旗手」などと他のバンドと一緒くたにされがちだが、とんでもないことだ。彼らは最初からワン・アンド・オンリーのやり方でこれぞ「ロックの真髄」というものをがっちりつかみ取っている、まったくもって奇跡的な存在だと思う。

 あの偉大なるジェフ・ベックもジャック・ホワイトのギターを大絶賛している。いやーほんとに良いのだ、この男のギターは。そしてボーカルはロバート・プラントとジャニス・ジョプリンが乗り移ったか?!と思うような素晴らしさ。だから、たった二人だけの演奏なのに、これはレッド・ツェッペリンか?と思うような瞬間がある。そして新しい!今であって、決して70年代のレプリカではない。
(左/ライブDVD"Under Blackpool Lights")

“Elephant”はロンドンのスタジオで8トラック・レコーダーで録音された、それも10日間で。制作費は80万円(!)しかかかっていない。ジャック曰く「ProToolsはクソ!だ。」そうだ。だから、彼らはコンピューター関係の機材を一切使わない。ちなみにインディーズ時代の1,2枚目はジャック自身の部屋でレコーディングしたそうだ。にもかかわらず、どのアルバムを聴いてもチープさ(それも今時のわざとらしい古くささ)など感じない。それどころか、骨太で爆発的でなおかつ繊細なのだ。

 そしてこの6月に待望の5作目“Get Behind Me Satan”がリリースされた。すぐに買った。
 今回は驚くことにエレキ・ギターをベースにした曲は3曲しかない!えー、ほんと?どうして?不安を感じながら聴き始めると、とんでもない。素晴らしい出来じゃないか!!とにかく曲がいい。ジャックのコンポーザー、プロデューサーとしての才能は爆発しまくっている。マリンバやピアノの使い方が最高であり、ギターが聞こえなくても要はジャック・ホワイトが演奏していれば、それで最高なのだということを知ることとなった。これまでより、多彩に楽器を使い分けることでアレンジの幅が広がったし。それでいて空間を生かしたシンプルで力強いサウンドは全く変わっていなかった。再び大傑作の登場なのだ!

 全ての曲が必聴で、このバンドの場合何から何まで良いので、細かいところをくどくど言うのはやめておこう。もし興味があったらぜひ聴いてほしいし、もう知ってる人は私とともに彼らを聴く喜びを神様に感謝しましょう。そうそう、彼らは見た目もよい。最近のこきたない小僧ロックとはこういうところも違う。ロックはルックスも大事でしょう。ロックはかっこよくなくちゃだめなのだ。とにかく、ジャック・ホワイトならびにホワイト・ストライプスはもはや歴史上の存在だと確信する。次回もロックで。
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by harukko45 | 2005-07-30 15:22 | 聴いて書く

 最近ほんとにロックがおもしろい。それも60年代70年代のクラシック・ロックでなく、今の音、まさに2005年の新譜でかなりはまりこんでいるバンドがいくつかあるのである。不思議なもので、現在旬な音楽に共感できるチャネルを自分の中にもう一度発見できたことで、何だか少し若返ったような気分にもなるものだ。
 
 とにかくつい最近までは、私がのめり込んだロックバンドとは15年も前のガンズ&ローゼズが最後で、彼らとニルヴァーナが共に失速、崩壊したことで自分の中で「ロックは終わった」ものになっていた。その後に登場したバンドにはどれも満足できず(私の思うロックを感じられず)、それよりもヒップホップやR&B系の音楽の方がずっと魅力的だった。と同時にブラジルの音楽などワールドミュージックをいろいろ聴いたりすることが新鮮に感じられたし、またそれ以上にヨーロッパ・クラシック音楽にはまりこんでいったわけだ。つまり、私の90年代後半はオアシスの「Morning Glory」よりモーツァルトの「フィガロの結婚」の方が圧倒的にポップだと思ったし、レディオヘッドの「OK Computer」よりワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の方がずっと音響的にすごかったし、ベックの「Odelay」よりリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」の方がもっとミョウチクリンで刺激的な音楽だったのだ。

 一度興味を失うと、若いころは自分の音楽のほぼ全てを支配していたロックはあっという間にかっこわるい存在になった。だから、ここ10年のロックバンドの動向はほとんど知らなかった。たまにグラミー賞やMTVでチェックする程度だった。ところが、何というか去年の秋頃から、「ロックの復活」を強く願望するようになった。ポール・ウェラーもインタビューで言っていた、「そろそろクラブ・ミュージックはもういいんじゃないか。」

 最近のR&B系のどれもこれも似たり寄ったりのサウンドも正直飽きを感じている。もちろん、カニエ・ウェストやアリシア・キーズやアウトキャストあたりは才能ある人々だが、例えばアウトキャストのアンドレ3000はヒップホップやラップ・ミュージックにはもうとらわれない音楽になってきている。

 また前置きが長くなってしまいそうだ。ロックを求める心情は一言では説明しがたい。ただ、結局私はロック・ミュージックをやはり愛していたということだろう。そして、それこそが自分に一番ピタっとくる感じだと思っているのだ。さて、その感覚をはっきりと呼び覚ましてくれたバンドは三つだ。まずはフー・ファイターズ。

 フー・ファイターズ(Foo Fighters)はまるっきりの直球勝負のバンドで、新譜の“In Your Honor”が6月にリリースされたばかりだ。2003年の前作“One By One”は素晴らしいアルバムでその年のグラミーで「最優秀ロックアルバム」を受賞したが、この新譜はそれを上回る傑作なのだ。リーダーでソングライターでギターでボーカルのデイブ・グロールはあのニルヴァーナのドラマーだった男。だからどうしてもニルヴァーナがらみで語られがちだったが、もはやそんなことはどうでもよくなってしまった。とにかく2枚組の大作にもかかわらず、デイブ・グロールの素晴らしさとともにバンド全体のグルーヴが強力になって最高の仕上がりなのだ。それは特にハード&ヘヴィの極みともいうべき1枚目に顕著だが、いくらハードな曲であっても聴き終えた後に心地よい爽快感があるのが彼らの良いところ。アメリカらしい前向きさはちゃんと残っているのだ。

 2曲目の“No Way Back”(1曲目はイントロダクションのような扱い)から“Best Of You”“DOA”“Hell”の流れには久々に興奮した。その後もイキまくるが8曲目の“Resolve”の美メロにやけに感動したりする。続く“The Deepest Blues Are Black”におけるデイブのシャウトには鳥肌ものだ。

 1991年にニルヴァーナの‘Smells Like Teen Spirit’がMTVでヘヴィ・ローテーションでかかりまくっていた時、私は仕事でLAに数週間いて、このバンドにショックを受けていた。「こういうロックがアメリカから現れるなんて!」どうしようもない閉塞感から叩きつけるようなすさまじいシャウトに移っていくその曲は、およそそれまでのアメリカン・ロックから想像できない音楽だったが、同時にそれは、その当時の形骸化して商業化どっぷりのLAメタルを始めとする他のロック・ミュージックを見事に粉砕した実に「Cool」な瞬間でもあった。

 デイブ・グロールはその時のスピリットを失わず、それどころかただのパンクスから見事に成長したビッグなバンドのカリスマとして堂々たる存在感だ。その歌はこれこそ「魂の歌」だろう。この1枚目はまったく非の打ち所のない最高のロックンロール・アルバムだが、一転して2枚目は完全なるアコースティック。しかし、よくありがちな安易なものではない。こちらはこちらで深みのある充実した内容でこれまた恐れ入った次第。なかなかこのバンドは懐の深い音楽を展開する力がある。ゲストにジョン・ポール・ジョーンズにノラ・ジョーンズを迎えているが主役はやはりデイブなのだ。とは言え、8曲目の“Virginia Moon”でのノラ・ジョーンズはボーカルこそ控えめにしているが、ピアノを弾き始めた瞬間、その音数の少ないシンプルなフレーズにもかかわらず見事に彼女の世界を表現してしまった。ノラのオーラの強さにもあらためて感動する。

 そしてこのアルバムは内容だけでなく、音が大変良い!マスタリングは偉大なるボブ・ラドゥウィック氏だから当然なのだろうが、ほぼ同様のスタッフであるのに前作との差は大きい。これは2年前からのバンドの成長と時代や状況の変化がもたらすものだろうか、これも興味深い。というのは、この後にお話しするつもりのバンドのアルバムも前のものより音の仕上がりが良くなっている気がするのだ。というか私好みなのか?とにかくローファイは完全に終わったかな。

 そんなことで今はロックがおもしろい。かなりはまっています。次回もロックの話をしたいと思います。それでは。
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by harukko45 | 2005-07-28 15:12 | 聴いて書く

 昨日に引き続きブライアンのコンサートについて。約20分程の休憩後に第2部は“Smile”の全曲演奏、3部構成のトータル約47、8分にもおよぶ大曲だ。一切のMCなしで一気に演奏された。それはそれは大変素晴らしいものだった。全く持って文句のつけようのない、あら探しもする必要もない、充実しきった内容とパフォーマンスに感無量の思いだ。ブライアン・ウィルソンをこれまで精神的に苦しめつづけたと同時に、その反面ファンにとってはずっと答えを探し続けた謎であった“Smile”、今やこの大組曲は彼の最高傑作として堂々と永く語り継がれていくだろう。

 “Pet Sounds”とともに、これこそがブライアンの内面を深く映し出した世界なのだろう。彼には、職業作曲家としてキャッチーなポップチューンをたやすく書いてしまう面と、もう一つとても内省的で芸術的な面があるのだが、その影ともいうべき部分の代表(つまりヘンな曲の集大成)がこの“Smile”であり、それをついに彼は見事に完成させ、レコーディングのみならずライブでも完璧に披露してくれたことに大いなる敬意を表したいと思う。
 
 そして、私はものすごく幸せな気分である。アカペラの“Our Prayer”から“Cabin Essence”が第1楽章、“Wonderful”から“Surf's Up”が第2楽章、“I'm In Great Shape” から“Good Vibration”が第3楽章。各楽章の間に拍手がわき起こったが、我々観客はほぼ50分間、ひたすら音楽のみに集中して聴き入った。こういう体験はクラシック・ミュージックを聴くのに似ているが、ポップスのコンサートではめずらしいことかもしれない。しかし、スタイルの問題ではない。とにかく、良い物は良いのだ。“Good Vibration”が始まると我慢できずに立ち上がった人達もいたが、私はこの時はこのポップミュージック史上最高の名曲をじっくりと聴きたかった。そして、大エンディングを決めて全曲終了した瞬間、私も含め全ての人が立ち上がって拍手をした。それは、ただノリたいのではなく、真に心からの敬意と感動の証であった。

  1部と2部では感動の質が全然違う。この2部の素晴らしい体験は筆舌にしがたいものがある。ひょっとすると伝説になるのかもしれない。正直、1部ではPAのサウンドに不満を感じていた。ある意味PAを通して音楽を鑑賞するのには限界を感じている。そのことをこのブライアンのコンサートでも感じたのだが、結局2部のような圧倒的な内容の音楽であれば、それも些細なことに思えてくるのだった。逆に、これが特別だったからとも言えるのか。
 
 さて、アンコールは大騒ぎのロックンロール・ショウで、“Do It Again”から誰でも知ってる“Help Me Rhonda”“Barbara Ann”“Surfin' USA”“Fun Fun Fun”とくれば大盛り上がりでしょう。そしてダブル・アンコールに“Love & Mercy”でこちらは大満足のフルコース・メニューを堪能させていただいた。
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by harukko45 | 2005-02-02 00:00 | 聴いて書く

 1月31日東京国際フォーラムでブライアンの「スマイル・ツアー」を観た。ブライアンのコンサートに行くのは99年の初来日以来、あの時は「もう見られないかも」との思いから3回ぐらい行ったような記憶があるなぁ。とにかく伝説の天才を生涯の思い出にこの目に焼き付けておこう的要素が大きかったのだが、なんとその後のブライアンは予想に反して(?)どんどん元気になって音楽活動を本格化、そして去年、ついに“Smile”まで完成させてしまったのだから、ファンとしては驚き以外ないよね。

 正直、ブライアン・ウィルソン/ビーチボーイズ・ファンというのは、ちょっとひねくれたオタク的部分が美徳とされるところがあって(それは私だけの思いこみ?)、大天才でありながら、これまで不遇な扱いを受け続け、精神的にも肉体的にもボロボロの「かわいそうな」ブライアン、そんなあなたを僕は世界中の誰よりも尊敬し共感し愛しているのです!あなたの素晴らしさを他の連中にわかってたまりますか!……と、ほぼ確信犯的に各自がそう思っているのだ。しかしながら、こういうファン・研究家というのは上には上が横にも前にもゴマンといるわけで、たぶん今夜はそういう60年代からめんめんと連なる「ブライアン教」信者の“Smile”御開帳の儀式ともいうべきイベントでもあったのである。

 さて、まったくシンプルな舞台でメンバーがぞろぞろ出てきて、ステージ上手側にまとまりアコースティック・セットによる“Surfer Girl”でオープニング。かつてのアルバム“Party”やビデオでのたき火をかこんだビーチボーイズを彷彿とさせるシーンで美しく完璧なコーラス・ワークでまずはグっと引き込まれた。続いて“Wendy”“Add Some Music To Your Day”“Good To My Baby”“Please Let Me Wonder”“Drivin'”(メモは取っておらず記憶をたどりながらなので、間違いがあったらお許しを。)と懐かしい名曲がシンプルな形で歌われた。コーラス主体なのは当然とはいえ、そのうまさにはあらためて感心する。個人的には“Add Some Music To Your Day”をやってくれたことが驚きでもありとてもうれしかった。そして、このセットの最後はア・カペラ“And Your Dream Come True”。このトラッド曲におけるコーラス・アレンジは本当に最高だし、みんなうまい。耳が洗われるとはこのこと。

 そのまま「You're welcome」云々とアカペラで歌いながら、各自が本来の楽器を持つ。バンドによるセットは“Sloop John B”から。“Pet Sounds”からは他に“God Only Knows”もやったのだが、ブライアン自身はあまり唄の調子が良さそうではなかった。正直、弟のカールがここにいたら、と思ってしまった。アルバムでのカールの繊細で美しい声の抗しがたい魅力を越えることはむずかしい。

 その後(順は不正確)も“Desert Drive”“Don't Worry Baby”“Dance Dance Dance”“I Get Around”“California Girls”“Good Timin'”“Forever”と新曲は“Desert Drive”だけで、ビーチボーイズ時代の名曲オンパレードだったが、特に今は亡き二人の弟、デニスとカールに捧げた“Good Timin'”“Forever”の2曲はこのコーナーのハイライト、とりわけデニスの名曲“Forever”はバンドのアンサンブルも良く、ひじょうに心に残った。バンドは各曲で、ブライアンが作った偏執狂的なオケのパートをかなり忠実にこなし(楽器もいろいろ持ち替えて)、その上あのコーラスワークも見事に再現して本当に頭の下がる思いだが、と同時にこれらの曲をビーチボーイズによるパフォーマンスで聴きたかったという切ない思いがどうしてもわき起こってしまう自分もやはりいたのだった。
 
 しかし、ここで“Sail On Sailor”“Marcella”と私としては喜ばしい意味での超驚きの選曲!うーむ、やられました。おそれいりました。また家帰ってから昔のアルバム聞き返したくなるじゃないか!ともに一般的にはヒット曲ではないが、ファン涙ものの傑作。こういう選曲のセンスはたまらないね。もう、さっきのことは撤回します。やはりブライアンの曲のすごさ、深さを改めて思い知るのであった。で、第一部は終了でしばし休憩。第二部はお待ちかね“Smile”の全曲演奏となるわけだ。それは、また明日に。とりあえずこの辺で。
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by harukko45 | 2005-02-01 00:00 | 聴いて書く

 新潟の大震災といい、アメリカ大統領選挙でのブッシュ氏の予想外の大勝利といい、もう世の中これからどうなってしまうのか皆目わからなくなってきてしまった。そんな中、10月後半に発売された「Brian Wilson Presents Smile」を私は先日、ようやく手にした。私はブライアンの大ファンであり、ポップス界で最も尊敬するアーティストである彼の作品は常に私にとって「最優先」なのだが、今回は少々事情が違った。仕事が忙しかったこともあるが、すぐに買い求めなかったのは“Smile”であるがゆえに少しとまどったのである。

 Smile-このロック史上最大の未完成アルバムは、永遠に届くことがないと思われていたのが、今年に入ってブライアンはまずライブで(ロンドン2月)、その後37年ぶりに全曲ニューレコーディングしてついに完成させたのだった。そのことについてはただただ驚くばかりだったが、それ以上にニューレコーディングならば、その出来はどうなのか心配になるのも当然なのだ。なぜなら、“Smile”に収録予定だった作品は、その後のビーチ・ボーイズのアルバムで何曲か発表されていて、それら1曲1曲の素晴らしさに感動しつつも、未完の“Smile”自体は海賊盤などによってその内容の破綻・崩壊ぶりがじょじょに明らかになっていたからだ。つまりゴミ箱に捨てたはずのビーチ・ボーイズによる前のテイクをもう一度まとめるのなら理解できるが、何で30年以上もたって今さら新たにやり直すのか?

 とは言え、アーティストとは気まぐれなもの、やると言ったらやるし、やめたと思ったらさっさと放り投げてしまうのだ。特にブライアンのような天才についていくにはファンにもある種の忍耐が必要だ。と、くどくどと余計な事を考えつつも、やっぱり聴きたい!だって、Smileの完成盤だぞ!!

 そして、私は“Smile”を毎日聴いている。最初の1回のみ、あまりに大きな期待と不安ゆえにちゃんと内容を把握することが出来なかったが、その後何度も聴くうちにもはや“Smile”の虜である。この感覚は久々のもの。ビーチ・ボーイズの“Pet Sounds”も最初わからなかった。が、気になる何かがあって、再び聴く。それを繰り返すうちに、ある時とんでもない感動がわき起こってきたのだった。マイルス・デイビスの“Bitches Brew”を聴いた時も、モーツァルトの「フィガロの結婚」を聴いた時も、そうだった。

 真の傑作と出会うこと、真の感動を味わうことは、決して簡単ではない。最初は自分が理解できないことにとまどい、苦しみながらも、耐えながら芸術家についていく。そしてついに自らで理解し共感する地点にたどり着く。そうやって味わうことが出来た作品は必ず自分の一生に不可欠なものとなるのだと思っている。

 “Smile”はまさしくそういう作品だ。時代性に基づく安易な価値観を超越した、永遠の美を持つ豊かな音楽。これこそが、私に必要な音楽だ。音楽を聴く理由は「好き嫌い」ではない。「必要」だからである。

 今までバラバラだった“Smile”の断片は見事に結合し、すでに1曲としても素晴らしかった‘Heroes And Villains’や‘Surf's Up’‘Wind Chimes’そしてあの‘Good Vibrations’などが、より偉大な組曲となって蘇ったのである。ブライアンの頭の中にはこのように美しい世界が描かれていたことに感動するとともに、またあらためて彼の天才ぶりにひれ伏すのみだ。

 さて、90年代後半のイギリスの雑誌Mojoでは、ミュージシャンが選んだ最も偉大なシングルに‘Good Vibrations’、音楽評論家が選んだ最も偉大なアルバムが“Pet Sounds”と、ビートルズを抑えてビーチ・ボーイズが2冠を征したそうだが、この“Smile”はどう位置づけられるのだろうか。ブライアン自身は“Pet Sounds”が7点で、 “Smile”は10点とのこと。私は両方とも10点。もうファンとしては大満足だ。ブライアンが長生きしてくれて、本当に良かった。
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by harukko45 | 2004-11-07 00:00 | 聴いて書く

 7月13日に、指揮者のカルロス・クライバーが亡くなった。その報は、今朝世界に伝えられた。先月亡くなったレイ・チャールズに続き、20世紀が生んだ音楽界の真の巨匠がまた一人いなくなってしまった。

 私のような中級程度のクラシック音楽ファンにとっても、クライバーの存在は大きかった。子供のころにさんざん聴かされた反動ですっかり大嫌いになってしまったクラシックに、私が再び興味を持ったのは2つのきっかけがあって、1つはミロス・フォアマン監督の映画「アマデウス」を観たこと、そしてもう一つは彼の指揮による‘あまりにもカッコイイ’ベートーベンの「第5」を聴いたからだ。

 私が小学生時代、「教育的」にクラシックを聴いていた頃、クラシック音楽鑑賞の定番である「第5」はカラヤン/ベルリン・フィル盤が一般には大ベストセラーだった。ご多分に漏れず私も最初それを聴いていたが、私自身の音楽的恩人である当時東大在学中の方にフルトヴェングラー/ウィーン・フィル盤を強く薦められ、聴き比べることにした。その時初めて、同じ曲であっても指揮者・演奏家によって、こんなにも違う表現になるのかということ知った。

 どちらが良かったか? 圧倒的にフルトヴェングラー盤であり、その後フルトヴェングラー/ベルリン・フィルによるライブ盤がそれをも大きく上回る演奏であるのを知ったが、とにかく子供心にフルトヴェングラーにすっかり参って、どんなに人気があったってカラヤンなんかペラペラ! などと偉そうに思っていたのだ。で、私の中で「ベートーベン=フルトヴェングラー」の方程式が出来上がり、それ以外は聴く価値なしだった。が、その極端な価値観は、結局ロックやジャズに興味が移っていくうちに、「フルトヴェングラー=ドイツ=重くてかったるい」「ベートーベン=ダサイ」よって、「クラシック=大っきらい」へと変わっていったのだった。

 ところが、その当時すでにカルロス・クライバーは40代の期待の星であり、若きカリスマとして注目されていたのだった。そして何枚かの名盤を早くも出していた。いやいや彼の場合、取り組む作品に対して深く深く掘り下げ、実に緻密に作り上げるために、発表されるレコード・CDは他の人気指揮者に比べて極端に少ない。が、それらは彼の高い音楽性に裏打ちされた個性的な解釈によって、どれもこれも傑作であり問題作であり、すべてが必聴盤なのである。

 そして、私は80年代後半になって、もう一度クラシックを聴くことに目覚め、遅ればせながらクライバーを知った。再び「第5」だった。私が指揮者の善し悪しを判断するのに、これほど打って付けの曲はない。なぜなら私の記憶には常にフルトヴェングラー盤があるからだ。

 クライバー/ウイーン・フィル盤を買ったその日、久々にそのベートーベンを聴いたときの感動を今でも忘れない。私にとってすっかりカビが生えて思い出すのもイヤになっていた「あの曲」が、とてつもなく鮮明に、それどころか全く生まれたての音楽、初めて聴く音楽のように鳴り響くのを感じた。そして蘇った子供の頃の思い出とともに、何度も何度も繰り返し聴いたのだった。

 1楽章のもともと息が詰まるように書かれている音符の一つ一つがイキイキと意味を持ち、それらが結びついていくのがスリリングでたまらない。それでいて、彼は全体をよく見渡していて、決して興奮しっぱなしの状態になっていない。実にクールでカッコイイのだ。2楽章では、一転して歌いまくっている。私は大好きで、一緒に口ずさむ。クラシックを一緒に歌って何が悪い。そのメロディのえぐり方が緻密で素晴らしい。だから、聴くたびに新たな発見があり、常に新鮮で美しい。3,4楽章はその精密なアンサンブル・ワークとキリっとしたリズム感・スピード感が素晴らしいが、これに関してはより劇的なフルトヴェングラーに軍配を上げる。が、現代においてフルトヴェングラーのようにすさまじくドラマティックに演奏することは、やはり抵抗があるだろう。よって、この極度に洗練しきった超モダンな演奏こそ、まさに今の表現だと感じるし、高く評価したいのだ(でももう30年前の演奏、結局これ以上の名盤は出ていないようだ)。

 その後、クライバーの演奏をいろいろと買い揃えることになった。特にオペラはどれも素晴らしい。ミラノ・スカラ座での「オテロ」と「ボエーム」、バイエルンとウィーンでの二つの「ばらの騎士」、スタジオ録音の「椿姫」「トリスタンとイゾルデ」、そのいずれも歴史に残る大傑作と思う。

 また、ウィーン・フィルとの89年と92年のニューイヤーコンサートの素晴らしさを何と例えたらいいのか。とにかく、その映像(92年)でみる、エレガントの極致である指揮姿! まずこれに魅了されない人はいないだろう。また、大事なところでの悪魔のような殺気を感じさせる集中力。それでいて、オーケストラの優秀さを認めて、まかせるところはまかせてしまう大きさ。まさに、彼そのものが音楽の化身となって、それまでのウィンナ・ワルツとは別次元の演奏を実現したのだった。それ以後、何人もの指揮者がニューイヤーコンサートを代わる代わる指揮したが、私にとってはどれも楽しめない、ありきたりの演奏でしかなかった。

 私は彼の演奏を生で観ることは残念ながら出来なかった。そして私のアイドルはまた一人この世から去った。この喪失感は91年のマイルス・デイビスの死以来だろうか。私ごときにアイドルなどと言われては、クライバー氏も心外だろう。また、多くの彼のファンにも失礼だった。とにかく、今はこの偉大なる音楽家に感謝するとともにそのご冥福を祈るのみだ。
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by harukko45 | 2004-07-20 00:00 | 聴いて書く

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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