魔笛

e0093608_3202353.jpg 昨日、久々にモーツァルト晩年のオペラ「魔笛」を見た。それも、2つ。1つは2006年のザルツブルグ音楽祭のライブ映像で、リッカルド・ムーティ指揮のもの。もう1つは、何と今どき珍しいオペラ映画として昨年公開されたケネス・ブラナー監督による英語版「魔笛/The Magic Flute」である。

 実を言うと、私が初めて買ったオペラのCDが「魔笛」であり、ライブ映像として見たのも「魔笛」が最初だったので、何かと思い入れがある。CDはいろいろ買って聴き比べたが、相変わらずの骨董好きとでも言うか、結局ワルターの56年のメトでのライブとベームの64年盤が残った。映像では82年のザルツブルグ音楽祭のライブで、レヴァイン指揮のものが好きだ。

 だが、ここ最近のライブ映像には失望の繰り返しだったし、2005年にウィーンのシュタッツオーパーで生を観た時も全く面白くなかった。どれもこれも演出が最悪であり、過激な現代化だったり、極端なお伽話風だったり、奇抜すぎる衣装や舞台美術にもいちいち抵抗を感じてしまっていた。
 それに、歌手も指揮者も十分に共感せずに仕事しているのではないかと思えるものばかりだったし、いかにも初心者向きな扱いにも腹立たしい気持ちを持った。

 というわけで、いくらモーツァルトの傑作ではあっても、もはや今の時代の「魔笛」には期待できないと感じていたのだが、結論から言うと、このムーティの演奏もブラナーの映画も、もの凄く感動してしまった。映像を見ながら、音楽を聞きながら、何度も涙がこみ上げてきた。
 これは全くもってうれしい驚きであり、「魔笛」はまだまだ新しい、現代に十分通用する素晴らしい作品であることを再認識した。

 ムーティはオペラの指揮においてかなり信頼しているのだが、正直、序曲から1幕途中まではあまりサエない感じだった。かつて83年に、同じザルツブルグ音楽祭で伝説的名演と絶賛された「コシ・ファン・トゥッテ」でのキビキビした演奏に比べて、ずいぶん年を取ったように思えたし、ステージも極彩色豊かな舞台と衣装で、何ともどっかの絵本のようで、最初の大蛇のシーンだけでガックリだった。
 だが、1幕目のフィナーレあたりから一気に一体感が高まり、突然として私を夢中にさせてしまった。演出も最初に危惧したほど行き過ぎたものではなく、あまり抵抗感をおぼえなくなっていた。それとたぶん、ザラストロ役のルネ・パーペが登場したことも大きい。それまではまぁまぁだった他の歌手達が、まるで一本筋が通ったように良くなったのは、彼の存在感あふれる歌唱と演技が刺激になったからだと思う。

 実は、これまでザラストロという役もその曲も、あまり好きではなかったのだが、彼によって今までの観点を180度改めなくてはならなくなった。年老いた権力者然として威張っていたザラストロが、堂々としていながら権威主義的でなく、理知的で若々しいリーダーとして生まれ変わったのである。こういうイメージで来られると、彼が歌う曲も実に美しく感じてしまうのだった。

 2幕目からはストーリーの荒唐無稽さ、あいまいさも何のその、ムーティが実に美しく、そして繊細にオケを鳴らしていたのが素晴らしくて、こちらも集中して音楽を聞く感覚になり、モーツァルトの遺言であるこのオペラの美しさを十分に堪能することができたのだった。特に、タミーノとパミーノの火と水の試練の場での音楽が美しかった。

e0093608_3211832.jpg さて、ムーティのいいライブを楽しんだ後に、ケネス・ブラナーのオペラ映画は果たして如何に、と思いきや、冒頭からそんな心配をすぐに吹っ飛ばす映像の連続に、さすがシェークスピアもので実績を上げてきた名優・監督だけのことはある、と深く感心させられる素晴らしい作品だった。

 まずは、台本をうまく書き換えて、設定を変更し、台詞の辻褄を合わせ、現代人にも理解しやすい展開にしていたのが良かった。私としては、オペラ演出家達の方にこれぐらいの発想が欲しいと思うぐらいである。
 また、CG使いが巧みでセンスが良かったし、音楽を尊重した演出に何より好感を持った。ここでのモーツァルトの曲はBGMではなく、主役なのだから。ある意味、ミュージックビデオ的な要素もあって楽しいし、ケン・ラッセルの音楽映画(「悲愴」「マーラー」「トミー」「リストマニア」等々)からの影響もちらちらと見えて、ラッセル・ファンとしてもうれしい。

 とにかく、序曲につけられた、まさに映画の序章とも言える映像だけで、かなりシビレル。そして、オペラを見ている時と同じように、最後の試練の場、パパゲーノの首つりの歌、パパパの二重唱のシーンではすっかりやられっ放しであった。

 それと、この映画でもザラストロ役をルネ・パーペが好演していた。先ほど書いた役に関するイメージはオペラよりも映画の方がより印象的だったと言えるかもしれない。また、オペラでは別人が演じる弁者も彼がやっていたのだが、つまり弁者の正体はザラストロだったという台本の変更はとても理にかなっているし、いいアイデアだったと思う。それに、ここでも彼の歌が聞けるのは大変喜ぶべきことだし、その効果も絶大だったと思う。

 もし、オペラでの「魔笛」を楽しめなかった人がいたら、是非、このブラナーによる映画を見てほしい。こちらの方が現代にも通じるものを持っているし、それでいてメルヘンの世界、魔法の世界のイメージも壊していない。
 そして、ジェームス・コンロンが指揮するオケの演奏も素晴らしく、歌手とのバランスの良さを始め、スタジオ録音による完璧さがあって、音楽的な満足度も高いと思う。

 もしももしも、それでも「魔笛」にピンと来なかったら、それはモーツァルトとは縁がなかったということかも。なぜなら、彼の終着点は「魔笛」であり、けっして「レクイエム」ではないからだ。
 というわけで、私はその後ワルターのCDを聞いている。しばらく「魔笛」が頭の中を駆け巡りそうだ。

e0093608_3223151.jpg ブルーノ・ワルター指揮メトロポリタン・オペラ(1956)、ワルター先生のエグリと作曲家への共感度は何度聞いても凄い。オケは間違えたり、ずれたり大変だが、何より指揮者が素晴らしければ、全体の音楽はこうも偉大になる。ただし、初めて聞く人には薦められない。
e0093608_323094.jpg ジェームス・レヴァイン指揮ザルツブルグ音楽祭(1982)、ジャン・ピエール・ポネルの演出に不満は全くない。ずっとこのままでもいいじゃない。レヴァインの若々しい指揮とチェレスタの演奏が素敵。ウィーン・フィルもこの頃の方がより美音!歌手陣も今よりレベルが全然上。
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by harukko45 | 2008-08-06 03:42 | 聴いて書く

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