ダニエル・バレンボイム/ベートーヴェン&ウィーン・フィル

 一週間ほどブログを更新してなかったですが、実は3月31日からウィーンに行っておりました。で、いつものようにブラブラ・ダラダラと休暇を楽しんできたのですが、滞在したホテルのネット環境が悪く、昨年のように旅の日記をつけると言ったことは不可能でありました。
 まぁ、毎回ウィーンに行っても私のやっていることは同じなので、新たに書き加えることもないのですが、それでも、今回は久々にウィーン・フィルのコンサートをテアター・アン・デア・ウィーンで聞けたのはとっても幸せな出来事でありました。

e0093608_5195919.jpg それは4月5日で、ピアノと指揮がダニエル・バレンボイム、曲目はベートーヴェンのピアノ・コンチェルト3番と4番、というベートーヴェン好きには願ってもない内容であります。ちょっと皮肉っぽく見れば、「あまりにもベタな」コンサートかもしれないですね。なにせ最近はベートーヴェンの人気がかつてに比べてがた落ちですから。
 しかし、好きなものは好きだし、文句のつけようのない大作曲家の傑作古典をバレンボイムが弾き振りするのですから、これは何としても見逃せなかったのでした。

e0093608_5431073.jpg というわけで、出発の数週間前からオンライン・チケットを購入し、家にあるCD(バレンボイム25歳での’67年EMI盤、指揮は巨匠クレンペラー、 スタジオはアビーロード。それにしてもポップスもクラシックも古い録音ばっかしか持ってないのぉ!)での予習も抜かりなく、当日をワクワクしながら待っていたのでありました。
 それと、たぶん日取りを合わせたのだと、勝手に思っているのですが、この3番の初演が1803年の4月5日、アン・デア・ウィーンで作曲家自らのピアノで行われたわけで、205年前(半端だ?!)と同日同場所での演奏に、何かしら物語性を感じてしまう私なのでありました。(ちなみに、4番も1806年12月22日、アン・デア・ウィーンで初演された/ベートーヴェンは自作の作品の演奏会場として、ここを大変に評価していたとのこと)

 バレンボイムは、現存する指揮者を代表する人気と高い評価を得ている人物であるが、私は指揮者としての彼はあまり好きではない。12年前にウィーン・フィルの定期演奏会でブラームス4番を聞く機会があったが、その時はちっとも感動しなかったのだ。「あぁ、ウィーン・フィルをムジーク・フェラインで聞いたっけ」って感じ。ベルリンのリンデン・オーパーにおけるオペラもTVで見たが、あまり感心しなかった、というか、つまらなかった。

 だが、ピアニストとしての彼は、特にモーツァルトのピアノ・コンチェルトのCDでの演奏が大好きで、かなり愛聴しているし、最近NHKが頻繁に放送しているベートーヴェンのソナタ全集のライブ映像も素晴らしいと思った。

 私は彼の音が好きだ。西欧人としては比較的小さい体と手から紡ぎ出される音は、全く剛腕な感じがなく、極めて繊細で緻密だと感じる。それと、よく歌っていて表情が豊かに変化していく。強烈な個性とテクニックで弾き倒してしまうタイプでなく、とにかく音楽に感じ入って、深く理解し尽くすピアニストだと思う。その音楽の読みの深さが、たぶん凡人のそれとは雲泥の差なのだろうと感じる。それはTVで見た、若手にベートーヴェンのソナタを教授する番組を見るだけでもわかるのだった。

 さて当日、それまで雨まじりの天気ばかりだったのに、この日は気持ちのよい晴れとなり、ポカポカとした昼下がりのコンサートとなったのでした。
 盛大な拍手に迎えられて登場したマエストロ・バレンボイムは指揮棒を持ち、ピアノは弾かず、まず前段としてフランツ・リストによるカンタータ「ベートーヴェン百年祭に寄す」(Introduction to the Cantate "Zur Säkularfeier Beethovens" , Adagio from op. 97)が演奏されました。これは、初めて聴いた曲で、全体にウォーミング・アップ的な印象でしたが、ウィーン・フィルのいつもながらの美音が心地よく、土曜の夕方(3時半)にはピッタリのリラックスした雰囲気でありました。

 しかし、やはり本編のピアノ・コンチェルトになると一気に緊張感が高まりました。まずは、再び登場したマエストロが慎重にピアノの椅子の位置を調整していたのが印象的でした。
 そしてピアノの前に立ち、いかにも「田舎くさーい」主題のオーケストラ部分を指揮し始めると、馴染みのあるベートーヴェンの世界に一気に引き込まれたのでした。ただ、CDにおけるクレンペラーの大きな広がりのある感じよりも、ウィーンらしい少し小粒で優雅な響きとなっていましたが、Cmの堂々とした雰囲気はちゃんと残されていました。

 さぁ、いよいよピアノ・パート。おもむろに座って鍵盤に向かったマエストロでしたが、最初のユニゾンのかけ上がりでちょっとミス・タッチがあり、ドキっとしました。とは言えすぐに、そんなことはたいして問題にならないほど、オケとピアノとのバランスの良さに心を奪われ、感嘆してしまいました。
 アン・デア・ウィーンはどちらかと言えばドライな音質で、規模もそれほど大きくないので、今回のような演目にはピッタリと思ってはいましたが、それでもそのバランスの完璧さ、聞きやすさはさすがでありました。私の席は3階の少し右側後ろでしたが、そのサウンドに全く不満を感じる事はなく、その美音に終始酔いしれることが出来ました。

 マエストロは、その後もところどころ些細なミス・タッチがあったり、オケとの合いがいま一つの部分もありましたが、それ以上にやはりCDで聞く20代の演奏よりも深みのあるニュアンスが素晴らしく、音楽が止まるような部分が全くなかったのは凄いと思いました。
 また、3楽章のロンドの主題の弾き方が、CDよりも「こぶし」が効いていて実に良かった。短調なのに、ウキウキする楽しさを感じさせてくれて、思わずニヤリとしてしまいました。

 前半の3番だけでもかなり高揚した気分になりましたが、それ以上に休憩後の4番はほんと素晴らしかった。というか、曲がそもそも素晴らしいのでありますが、とにかく演奏家にとって、とても大事だと思うのは、「あーいい曲だ、なんて素晴らしい曲なんだ」と聴き手にシンプルに感じさせることだと思うわけで、その場合は演奏家のエゴイスティックな主張や個性は邪魔になるのです。しかし、この日のバレンボイムのピアノにはそれが皆無でした。だから、素晴らしいのです。曲にそれだけ深く入りこみ、音符の全ての意味を完全に理解して共感していなくては絶対に出来ないことだと思います。

e0093608_5202382.jpg それにしても、この4番、いい曲です。深いし、渋いです。だから、年齢を重ねるとその素晴らしさがよく理解できます。だから、どんどん好きになります。1楽章最初の主題をオーケストラの前にピアノのソロで弾くところだけで、もうメロメロです。その静けさや内面的な表情がやがて激しい転調を経て、豊かな広がりに発展して行くのです。こちらはついて行くだけでクラクラでしょう。
 2楽章の幻想的な響きはベートーヴェンのもう1つの素晴らしさ。ただ「ボーっと」しているだけじゃない、実は激しい感情が渦巻いているのです。弦のアンサンブルとピアノとの対話を、じっと聞き入り、深く瞑想するのみです。
 3楽章のロンドでのマエストロのノリは最高でした。のっけから心が弾んでワクワクしっぱなし。でも、イケイケどんどんで賑やかに盛り上がっていくわけじゃないんだな。全体には渋いニュアンスが支配しているのが、良いのです。そしてそれが最後に速いテンポの力強いエンディングとなり、聴き手に大きな満足感を与えてくれるのでありました。

 ですから、うるさ方の多い3階席も「ブラボー」の嵐でしたし、私も感激して、とっても豊かな気持ちになりました。それに、バレンボイムのピアノはやっぱり好きだなぁとあらためて思ったのでした。

 さて、マエストロは、ここ30年ぐらいピアノよりも指揮の方に力を注いでいましたが、2005年にシカゴ交響楽団を退団して以後、ピアノにも再び重点を置くと明言しています。それこそが私の望むことでありますし、今後もこのような形でコンサートをやってくれれば、ファンとしてはこの上ない喜びとなるでしょう。

 でも、来年のニューイヤーはどうかな? 指揮だけだと、ちょっと不安だな。ピアノ弾いてほしいけど、シュトラウスでピアノはないもんな。
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by harukko45 | 2008-04-08 05:19 | 聴いて書く

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