夢見るスイートベイジル

(前回からの続き)

 ‘Izm’の2コーラスが終わり、間奏のサックス・ソロのあたりになると、もうすっかり演奏・ステージにのめり込んでいる自分がいた。私の隣に立つベースのロクさんや、ウエちゃんからもイケイケ光線がどんどん発射されているではないか!まったく、こいつらときたら!それをニコニコしながらタマちゃんが軽く返していく。一方、白熱のブハブハ・ソロを展開中のゴトウさんは真剣そのもの、命がけの表情がかっこいい。ジュンコさんもABデコーズものっけから踊りまくっております。そうそう、これでいいのだ!シンプルにブハーっとやればいいのである。音楽に理屈はいらんだろう!ヘッド・ミュージックなんかくそ食らえだ!

 だいたい、最近は予定調和の音楽が多すぎるのだ。みんな、頭の呪縛から解放されようではないか!そして、音楽における肉体性を復権させよう!うわべだけのかっこよさなど、もうウンザリだ。そうだ、もっとイケーッ、ウエちゃん、がんがんイケーッ、ロクさんもバキバキいけ〜、タマちゃんもぴょんぴょんトンデケ〜!ナニ、豊かな感情や繊細な表現も大事では?そんなこた〜ミュージシャンの基本だ!当たり前のこんこんちきだ。それをふまえたバカ騒ぎこそ音楽の楽しみ、奥深さではないか!だいたい、豊かな感情でとか、繊細な表情でなどと、いちいち考えながら演奏しているバカはいない。そんなことしているうちに、曲はどんどん進んでしまうのだ。ミュージシャンは瞬間瞬間にイロイロ感じ取って、反応していくのだ。そして、その運命は音楽の神様にとっくにお任せしている。音楽やってりゃ、生きてようが死んでようがどっちでもいいのだ!

 失礼、ちょっと熱くなりすぎた。

 上記のようなカオス感は我々の内面にわき起こっていることで、この日のステージが格闘技のようであったわけじゃない。しかし、実際のステージの裏に潜む、見えないステージで確実に進行していることだ。時に、裏のステージが強くなりすぎて、オーディエンスを無視したようなパフォーマンスになる危険性も常に孕んでいるわけだ。

 スイートベイジルでは、そのバランスが微妙だった。かく言う私も、これは現実か、幻か、と思う瞬間が何回かあったが、ジュンコさんの素晴らしいプロ根性が、我々をしっかりと今という時間に引き戻した。やはり、大橋純子という歌手はただ者ではないのだ。歌い手の凄さというのは、同じステージに立つことで、より認識するもので、長くミュージシャン生活をしていても、そういう機会に巡り会うのはわずかだ。つまり、こういうことだ。我々がどんなにイケイケになろうとも、ジュンコさんはその歌、その声で、一瞬にして我々を包み込んで、ちゃんとお客さんに手渡してくれるということなのだ。この日感じたジュンコさんの大きさに、私はまた敬服の念を深くするのだ。

 反省もしておこう。新曲の‘どうして心は’と‘Dear Summer’は比較的よかったと思う。が‘8番目の海’や‘A Way’はこのバンドならもっと熟成させていけるはずだ。スティービー・ワンダーの‘I Wish’もまだまだこんなもんじゃないだろう。と、細かく思い返せば、確かに悔いや不満がある。しかし、私はこの日の内容にはけっこう満足している。それは、あまり準備がないのによくやった、などというレベルの満足感ではない。スイートベイジルで強く感じたことは、今回のステージにたったメンバー全員の音楽に対する真摯な態度であり、この姿勢があるかぎり、大橋純子のステージはお客さん達に支持され続けるだろうと確信したことだった。

 そうでなければ、最後の‘My Love’であんなにたくさんの拍手はもらえない。そして、そんな我々の演奏をしっかり受け止めて、楽しんでくれたオーディエンスの皆さんに深く感謝するのであります。

 私は少々興奮気味で、この日はなかなか寝付かれなかったこともお伝えしておきます。
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by harukko45 | 2001-09-04 00:00 | 音楽の仕事

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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