クリスマス・ツアー〜第六章:横浜中華街

 20日は、横浜中華街のホテルで、柳ジョージさんとのジョイントディナーショウだった。ただ、この日は特別で、前半をジュンコさん、後半を柳さんが受け持ち、最後に二人で二曲デュエット(バックはジュンコ・バンド)し、それぞれバンドが入れ替わるというパターンで、この構成は今回のみである。よって、お客さんにとっては、二人の素晴らしいボーカリストのライブを一度に堪能できるという、大変お得なショウなのだ。また、とても際立った二人の個性の違いを楽しむこともできるわけだ。

 ただ、我々ミュージシャン・サイドは集中力のキープがなかなかむずかしいパターンではあったし、山形・沖縄とこなして固めてきた今年の大橋純子ディナーショウの内容を、短くダイジェスト形式にしなければならないのも、至極残念だった。そして、おまけに、この日ゴトウさんがスケジュールの都合で参加できず、今回はエキストラを立てず、サックス/パーカッション抜きという編成で臨んだのだった。

 前からわかっていたとはいえ、ゴトウさんの欠場は痛かった。サエちゃんがニューヨークのテロの影響で、大阪ブルーノートに来られなかった時もそうだったが、残ったメンバーでがんばるものの、やはり、どうしてもポカンと一つ穴があいたような気分になってしまう。それだけ、我々はジュンコさんも含めバンドなのかもしれない。実際のサウンド面では、いろいろとカバーしあって、差し障りのないよう努めても、埋めがたいメンバー一人一人の人間性はどうしようもない。そこにふと寂しさが募ってしまうのだ。タマちゃんは、温度が下がる・熱さが弱まると感じたという。また、ドラムのはいる曲が少なかったので、ウエちゃんには何とも物足りない内容だったであろうと推察する。

 少々泣きのフレーズが続いて恐縮ではあるが、音楽を演奏するにあたって、その日だけ、一期一会を楽しむセッションと違い、同じメンバーで、ある年月を過ごして来たバンドでは、一人一人が代用品のきかない存在として確立してきていて、とても重要なのである。特に、沖縄の印象的なステージの後だけに、今はすごくいいものができるし、お聴かせできる自信もあった。が、そこまで行きつけずに、中途半端な気持ちで終わってしまったかもしれないのが悔やまれる。

 しかし、こんなボヤキ・グチを並べても、お金を払って来て下さったお客さんには、どうでもいいこと。我々の使命は何時もベストを尽くして、音楽を楽しんでもらうことだけ。だいたい、こんな事をお伝えすること自体、プロとしてルール違反なのだが、今日は少々ヤケッパチ、批判されるの覚悟でボヤイてしまうのであった。どうぞ、お許しを。

 ただ、嬉しいこともあった。それは、私の親友である遠藤太郎君とケロちゃん(栄子さん)夫妻に会えたこと。ケロは柳さんのバック・ボーカルをずっとつとめてきていて、また、ギタリストのタローは今回トラとして柳バンドに加わったのだ。二人とは、私がミュージシャンを始めたころからのつき合い、いろんな事を一緒に経験して、ずっと親交を暖め合ってきた間柄だが、今年は正月に会って以来、ご無沙汰だった。だから、再会できたのがとても嬉しかったし、まして柳バンドにおける二人の素晴らしいプレイぶりには、ステージ袖で聴きながら、胸が熱くなる思いだった。こういうことに感動するのは私が歳をとった証拠なのかも。

 ちなみに、柳バンドはベースもトラで、なんとロクさんがプレイした。彼は私のようにナーバスにはならず、さすがに百戦錬磨、堂々たる演奏で貫禄をしめした。さすがである。しかし、ロクさんは終演後、柳さんはステージ一瞬一瞬に人生を賭けているようで素晴らしい、オレなどまだまだだ、と言っていた。私には返す言葉がなかった。

 というわけで、自分の好きな仕事して、終われば酒ばっか飲んで騒いでいるミュージシャンも、時に悩み苦しむこともあることを、今回はお伝えした次第。ただ、帰り一緒の車でロクさんが言った。「今日の柳さんのセットは、いいセッションだったし、自分もしっかりプレイしようと思った。でもジュンペイさんのセットはバンドとして、みんなで一つになろうと思った。たぶん、ジュンペイさんもそれを臨んでいるんだと思った。」


 次回は22,23日、柳さんとのジョイント・Part2である。こちらは、我々のセットに柳さんをゲストとして迎える形になるのだ。それでは、この辺で。
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by harukko45 | 2001-12-21 00:00 | 音楽の仕事

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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