2002.9.17

 昨年2001年9月11日のアメリカ同時多発テロは、我々人類が、なんと困難でおぞましい問題を未だに抱えながら、21世紀という新しい時代を生きて行かねばならないかを、世界中に知らしめたわけで、我々はその現実にショックを受け、悲しみ、怒り、そして困惑したまま言葉を失った。その後、アメリカから導き出された結論は、「報復」であり、結局は前の時代と変わらぬ、人類お得意の「殺し合い」であった。ニューヨーク、ワシントンで起こったことの結果が、アフガニスタンでの戦争であり、それに連鎖して、パレスチナ、イスラエルでの終わりない戦闘、そして今、噂されるイラク攻撃へと結びついていく。

 この状況において、我が日本も、アフガンに自衛隊を派遣して、アメリカ軍の後方支援をし、もうすでにこの一連の事態に否応なく巻き込まれていたにもかかわらず、はてさて、私を含め、我々日本人はこの「新しい戦時、新しい危機」を、まるで対岸の出来事のようにしか感じていなかったのだ。確かに、テレビに映るニューヨークのグランド・ゼロやアフガニスタンの惨状は、ショッキングではあったが、極めて切迫した事態とは認識できていなかった。いや、頭や言葉ではその場を取り繕って、「新しい戦争」や「平和」を語っても、実際はただただ漫然と日々過ごしてきたのだ。そして、評論家然としていた私は、アメリカ特有のステレオ・タイプで単純化された「正義vs悪」という考え方やスーパー・パワー(軍備、経済力)によって圧倒する解決法を不快に思っていたし、それどころか、アメリカこそが、世界混乱の大きな要因をつくりだしているではないか、とさえ思っていた。

 現在もその考えの一部は正しいと考えるが、現実には「結局、ブッシュの言うとおり。」だったことを、まざまざと思い知らされたのだ、今日9月17日。

 2002.9.17。日本人として、私は大変なショックを受けた。正直、昨年の9.11以上にである。我々のそばには「テロ国家」が実在していたのだ。北朝鮮による日本人拉致を我々は甘くみすぎていたのだ。5人生存8人死亡。こんな結末を誰が予想しただろうか。「拉致問題」は北朝鮮による日本へのれっきとした「テロ」に他ならない。ブッシュの言うとおり、北朝鮮は「悪の枢軸」と呼ばれて当然の蛮行をおこなってきたことを、今日認めたのだ。この真実を前に私の心は凍り付き、悲しみがおそい、テレビを前に涙を止められなかった。そして、同胞が受けた屈辱に対して、強い憤りを感じずにいられない。何が国交正常化か、何が経済援助か。今回、北朝鮮が恥も外聞もかなぐり捨てて、日本に外交的に全面降伏したのは、 金正日体制の維持のためだけであり、また日本の背後にいるアメリカが怖いからだ。そんな見え見えの態度に日本は引き下がっていてもいいのだろうか。強い怒りの感情でいっぱいになった。

 がしかし、ここにきて私は自己矛盾を抱えている。「報復」の感情を表す私にアメリカを非難することなど出来ないではないか。まして、「平和」を望むことも。結局、永遠に巡る「殺し合いのスパイラル」にまた荷担するだけではないか。そして、なんとも、やりきれない思いを持ちながらも、私は今回の小泉首相を評価したいと考えるようになった。

 何故か。それは、歴代首相のなかで、「拉致問題の解決なくして、国交正常化なし」と発言したのは小泉だけであり、彼の主張がこのトップ会談を実現させる要因の一つであり、彼の登場が10年、いや5年でも早かったなら、いかなる結果が出ていたのかを思うと、政治家だけでなく、政治をダイナミックにコントロールしていく意志に欠ける、我々国民の姿勢にも何らかの責任があるのだということに気づかされるのだった。

 大局的にみて、北朝鮮との間に国交のない、いわゆる「戦争状態」を放置しつづけたことこそ、この悲劇の原因であり、憎しみをあえて抑えて、国益を優先させた小泉の決断は、やはり正しかったと思う。がもちろん、これからほんとうに北朝鮮が変わっていくのかどうか、日本政府が安易な妥協をしないかどうか、みんなでしっかり注視していかなければならないのである。
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by harukko45 | 2002-09-17 00:00 | 日々のあれこれ

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