カルロス・クライバー氏の死去を悼む

 7月13日に、指揮者のカルロス・クライバーが亡くなった。その報は、今朝世界に伝えられた。先月亡くなったレイ・チャールズに続き、20世紀が生んだ音楽界の真の巨匠がまた一人いなくなってしまった。

 私のような中級程度のクラシック音楽ファンにとっても、クライバーの存在は大きかった。子供のころにさんざん聴かされた反動ですっかり大嫌いになってしまったクラシックに、私が再び興味を持ったのは2つのきっかけがあって、1つはミロス・フォアマン監督の映画「アマデウス」を観たこと、そしてもう一つは彼の指揮による‘あまりにもカッコイイ’ベートーベンの「第5」を聴いたからだ。

 私が小学生時代、「教育的」にクラシックを聴いていた頃、クラシック音楽鑑賞の定番である「第5」はカラヤン/ベルリン・フィル盤が一般には大ベストセラーだった。ご多分に漏れず私も最初それを聴いていたが、私自身の音楽的恩人である当時東大在学中の方にフルトヴェングラー/ウィーン・フィル盤を強く薦められ、聴き比べることにした。その時初めて、同じ曲であっても指揮者・演奏家によって、こんなにも違う表現になるのかということ知った。

 どちらが良かったか? 圧倒的にフルトヴェングラー盤であり、その後フルトヴェングラー/ベルリン・フィルによるライブ盤がそれをも大きく上回る演奏であるのを知ったが、とにかく子供心にフルトヴェングラーにすっかり参って、どんなに人気があったってカラヤンなんかペラペラ! などと偉そうに思っていたのだ。で、私の中で「ベートーベン=フルトヴェングラー」の方程式が出来上がり、それ以外は聴く価値なしだった。が、その極端な価値観は、結局ロックやジャズに興味が移っていくうちに、「フルトヴェングラー=ドイツ=重くてかったるい」「ベートーベン=ダサイ」よって、「クラシック=大っきらい」へと変わっていったのだった。

 ところが、その当時すでにカルロス・クライバーは40代の期待の星であり、若きカリスマとして注目されていたのだった。そして何枚かの名盤を早くも出していた。いやいや彼の場合、取り組む作品に対して深く深く掘り下げ、実に緻密に作り上げるために、発表されるレコード・CDは他の人気指揮者に比べて極端に少ない。が、それらは彼の高い音楽性に裏打ちされた個性的な解釈によって、どれもこれも傑作であり問題作であり、すべてが必聴盤なのである。

 そして、私は80年代後半になって、もう一度クラシックを聴くことに目覚め、遅ればせながらクライバーを知った。再び「第5」だった。私が指揮者の善し悪しを判断するのに、これほど打って付けの曲はない。なぜなら私の記憶には常にフルトヴェングラー盤があるからだ。

 クライバー/ウイーン・フィル盤を買ったその日、久々にそのベートーベンを聴いたときの感動を今でも忘れない。私にとってすっかりカビが生えて思い出すのもイヤになっていた「あの曲」が、とてつもなく鮮明に、それどころか全く生まれたての音楽、初めて聴く音楽のように鳴り響くのを感じた。そして蘇った子供の頃の思い出とともに、何度も何度も繰り返し聴いたのだった。

 1楽章のもともと息が詰まるように書かれている音符の一つ一つがイキイキと意味を持ち、それらが結びついていくのがスリリングでたまらない。それでいて、彼は全体をよく見渡していて、決して興奮しっぱなしの状態になっていない。実にクールでカッコイイのだ。2楽章では、一転して歌いまくっている。私は大好きで、一緒に口ずさむ。クラシックを一緒に歌って何が悪い。そのメロディのえぐり方が緻密で素晴らしい。だから、聴くたびに新たな発見があり、常に新鮮で美しい。3,4楽章はその精密なアンサンブル・ワークとキリっとしたリズム感・スピード感が素晴らしいが、これに関してはより劇的なフルトヴェングラーに軍配を上げる。が、現代においてフルトヴェングラーのようにすさまじくドラマティックに演奏することは、やはり抵抗があるだろう。よって、この極度に洗練しきった超モダンな演奏こそ、まさに今の表現だと感じるし、高く評価したいのだ(でももう30年前の演奏、結局これ以上の名盤は出ていないようだ)。

 その後、クライバーの演奏をいろいろと買い揃えることになった。特にオペラはどれも素晴らしい。ミラノ・スカラ座での「オテロ」と「ボエーム」、バイエルンとウィーンでの二つの「ばらの騎士」、スタジオ録音の「椿姫」「トリスタンとイゾルデ」、そのいずれも歴史に残る大傑作と思う。

 また、ウィーン・フィルとの89年と92年のニューイヤーコンサートの素晴らしさを何と例えたらいいのか。とにかく、その映像(92年)でみる、エレガントの極致である指揮姿! まずこれに魅了されない人はいないだろう。また、大事なところでの悪魔のような殺気を感じさせる集中力。それでいて、オーケストラの優秀さを認めて、まかせるところはまかせてしまう大きさ。まさに、彼そのものが音楽の化身となって、それまでのウィンナ・ワルツとは別次元の演奏を実現したのだった。それ以後、何人もの指揮者がニューイヤーコンサートを代わる代わる指揮したが、私にとってはどれも楽しめない、ありきたりの演奏でしかなかった。

 私は彼の演奏を生で観ることは残念ながら出来なかった。そして私のアイドルはまた一人この世から去った。この喪失感は91年のマイルス・デイビスの死以来だろうか。私ごときにアイドルなどと言われては、クライバー氏も心外だろう。また、多くの彼のファンにも失礼だった。とにかく、今はこの偉大なる音楽家に感謝するとともにそのご冥福を祈るのみだ。
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by harukko45 | 2004-07-20 00:00 | 聴いて書く

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