W杯2002/ここまでを振り返ってPart2

【ベンチがアホやと野球(サッカー)がでけへん!】イタリア編

 6月18日の韓国対イタリアは、今大会屈指の試合として歴史に残るのだろうか?確かに、ヒディンク監督の勇気ある采配に、見事に応えた韓国選手達の素晴らしさは絶賛に値する。がしかし、イタリアのどうしようもない試合運びが、自ら敗戦を招いたことも事実なのではないか。イタリアのトラパットーニは名将の誉れ高い監督だが、この試合では時代おくれの「カテナチオ」(ゴールにカギをかける)采配で、墓穴を掘ったのだった。もはや、守ってばかりで試合をコントロールすることなど不可能な時代なのだ。

 かねてから、イタリアは守りの堅さを売りにしていたが、3大会連続のPK戦敗退(90年大会・準決勝、94年・決勝、98年・準々決勝)で、「守りがいくら強くても、結局点を取らなければ勝てない。」という反省がおこなわれた。また近年、クラブ・チームのレベルにおいても、スペイン、イングランドなどのチームの後塵を拝するようになり、「攻撃的指向」に切り替えねばという気運がわき起こってきていた。

 そんなおり、代表監督に抜擢されたトラパットーニは、今まで誰もやらなかった、トッティ、デルピエーロの二人を組ませる攻撃的布陣でヨーロッパ予選を圧勝し、楽々本戦出場を決めた。「攻撃的なイタリアの誕生」に世界のサッカーファンは驚き、今大会での活躍を期待させたのだった。ところが、いざ本戦になった途端、監督はそれまでの3-4-1-2のシステムから、イタリア伝統の4-4-1-1という守備的布陣に逆戻りしてしまった。おかげで、「ファンタジスタ」デルピエーロはベンチに引っ込まされてしまったのだ。何たることか!これが、イタリア流なのか?またしても1点取るまで、ガツガツやって、いざ1点取れたら、守りまくって試合自体を殺してしまう戦法の復活。この裏切りはマフィアのお国柄か?この時点で、私はイタリアを応援することをやめた。

 イタリア本国でも、たくさんの批判がまきおこったらしいが、初戦に圧勝したために楽観ムードがただよった。ところが、2戦目のクロアチアに「カテナチオ」は無惨にも破られ、3戦目もメキシコにリードされ、絶対絶命な状態に追いつめられた。さて、この段階にいたって、さすがの私もフランス、アルゼンチンに続いてイタリアまでいなくなっては、ワールドカップではなくなってしまうじゃないか、という危機感を感じ、誰かイタリアを救ってくれ!と願う始末。その願いは通じ、それまでほされていたデルピエーロが後半登場、試合終了直前に同点ゴールを決めたのだ!さあ、トラパットーニさんよ、やっぱデルピエーロとトッティにビエリの3人の前線で戦う方が、見てる方も楽しいし、強いと思うよ。だから、お願い。決勝Tに入ったら、せこせこした「カテナチオ」はやめて、堂々と横綱相撲してね。

 そして、18日韓国戦。スタートは私の期待どうり、デルピエーロとビエリの2トップ、その下にトッティという布陣。前半すぐにビエリの得点、その後の雰囲気から2点目も十分期待できた。が、何たることか!!後半15分で、デルピエーロとガットゥーゾ交代。嘘でしょう!またしても「カテナチオ」。1点守るつもりか。これがイタリア、これがイタリア。

 しかし、サッカーの神様は愚かなイタリアに微笑むはずもなし。試合終了間近に同点にされ、延長戦ではトッティ退場によりPK戦狙いで益々守りまくり。だが、気迫にまさる韓国の攻めにずっと耐え続けられる精神力は彼らには残ってなかった。イタリアから言うと「テジョンの悲劇」は自ら招いた当然の結果だった。デルピエーロをかえずに、2点目を狙っていけば、イタリアの勝ちだったろうと思う。少なくとも、あんな惨めな敗戦を見ることはなかった。たとえ交代するにしろインザーギなどのFWを投入すべきだった。この日、名将トラパットーニは自らの栄光の系譜に大きな汚点を残した。

【ベンチがアホやと野球(サッカー)がでけへん!】日本編

 同じ18日、日本はトルコとの戦いに勝てるはずだった。当然勝利し、次のセネガルにも勝てれば、準決勝でブラジルかイングランドと戦うはずだった。私はそう思っていた。だって、こんなチャンスは二度とないのである。この組合せの幸運、ホームの利をいかさずに、いつ栄光に近づくというのか。

 確かに、今の日本代表は素晴らしいチームに成長した。戦前の心配など見事に吹き飛ばし、私達におおいなる幸福、熱狂、感動をもたらしてくれた。それについては、トルシエ監督に感謝している。彼の指導のもと、若くて才能ある選手たちが、ぞくぞくと登場し、世界に堂々たる戦いぶりをみせてくれた。小野、稲本、中田浩二、高原、小笠原らは3年前のユース選手権で準優勝。この世代に中田英や中村、森岡ら加えたシドニー・オリンピック・チームはベスト8。さらに名波、森島、西澤らとの融合により、アジア・カップ優勝。そして、さらに鈴木を加えて、昨年のプレ・ワールドカップであるコンフェデレーションズ・カップ準優勝と、日本代表を応援することによってもたらされる喜びは多かった。

 しかし、時折見せるトルシエの迷采配が、不安の種であったことも言わねばなるまい。一例をあげると、シドニーでの準々決勝の対アメリカ。高原の逆転ゴールで2-1として、勝ちは目前だった。後がないアメリカは死にものぐるいの猛攻をしかけてきた。この時、フレッシュな選手交代をすることで、守り抜くこと、あるいは前がかりになった敵の裏をとってカウンターでとどめの3点目を取ることが可能に見えた。が、トルシエは全く動かず、日本はアメリカの圧力についに屈し、同点にされてしまった。その後、PK戦までもつれたあげく、敗退した。勝てる試合だった。試合後、インタビューで彼は「チームが勝っているときに、動く必要はない。だから、メンバーの交代は考えなかった。」と発言していた。

 では、今回のトルコ戦。それまでの3戦では完璧な采配で、私はトルシエに感動していた。選手だけでなく、監督もこの大舞台で進化しているのか!と興奮していたのだ。だから、さして調子がいいとは思えないトルコに対しても、自分達のサッカーでのぞんでいけば、十分勝てると思っていたのだ。ところが、突然の「殿のご乱心」である。彼はいつ心変わりしたのか?「チームが勝っているときに、動く必要はない」のではなかったか。聞くところによると、トルコの3バックの右側(日本の左側)が弱いから、そこを突くために小野の前にアレックスを配したという。しかし、アレックスのFW起用は今まで一度も試されたことがなく、またもう一人の西澤は、約1ヶ月試合から遠ざかっていた選手である。柳沢がケガでもしていたというならともかく、何故それまで調子のよかった鈴木、柳沢でいかなかったのか、「信じられない」が率直な気持ちであった。

 それに、試合が始まってみたら、なんとトルコは4バックでのぞんできていて、アレックスの前にはスペースなどなかったのだ。おまけに、今まで柳・鈴木の献身的な前線からのプレスによって、日本はリズムをつくってきたのに、西澤ひとりにすることで、プレスがかからなくなって、トルコのディフェンダーは楽に構えることが出来た。そして、トルコはほとんど攻撃してこなかった。なのに、おかしな布陣でのぞんだ日本は小野も稲本もアレックスとかぶってしまい、自分のポジションを見失ってしまった。おかげで、今までと違う日本チームがそこにはいたのだった。

 ビハインドで迎えた後半、アレックスと稲本を鈴木と市川にかえて、今までどうりのシステムに戻したが、それでは前半の45分は全くの無駄になってしまったというわけか。結局、日本らしい戦いをやっと後半みせたが、なんとも後手後手の采配に振り回された日本には追いつく気迫がなかった。

 何故、いつもの布陣で戦わなかったのか?それで相手の強さに屈するなら、負けても納得がいく。しかし、こんな中途半端な試合ぶりでは到底満足できない。これではドラマがないじゃないか!指導者としてのトルシエには敬意を表するが、勝負のかかったときの戦略家としての資質はやはり物足りなかったと言わざるをえない。同じ日の夜、対照的に韓国のヒディンク監督は、「失うものは何もない。」と、リスク覚悟で今までどうりの攻撃的姿勢を貫き、勇気ある采配をみせた。そして、選手達は「勝つ」ことへのすさまじい執着、気迫を前面に出して、見事に奇跡を起こした。
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by harukko45 | 2002-06-20 01:00 | スポーツ

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