年末の第九

 昨夜、ついさっきまでN響の演奏によるベートーヴェンの9番を聴いていた。というか、最後まで聴いてしまった。実を言うと私は、ついつい日本人による演奏(クラシック、ジャズ、ポップス問わず)をTVなどで見たり聴いたりすることに拒否反応があったりするのです。悪い癖ですが、外国人のものは積極的に楽しむのに、日本人の演奏にはついつい余計なことを考えたり、思わず口を挟んだりして、心底楽しめない耳になってしまったようです。自分の心の狭さに、とことん呆れてもいますが、これも「欧米か」ってとこか、自虐的コンプレックス体質に成り下がっているのか。

 昨晩もいつものように、1楽章が始まったあたりでは、「ここはもうちょっとなぁ」とか「その出だしじゃタイムキーパーって言われちゃうよ」とか「ずいぶん軽いなぁ」なんてブツブツ言っておりました。なのに、何となく離れがたくて、ずるずると2,3楽章と聴き進むうちに、私の心もおだやかになり、ついに大スペクタクル・ショーである4楽章まできてしまい、最後の大運動会を思わす、大はしゃぎのマーチに大興奮してしまいました。アホか!

 まぁ、やっぱ何だかんだ言い尽くされてはいるけど、曲が素晴らしいから、ちゃんと演奏してくれれば何も文句ないです。本当にベートーヴェンは素晴らしいです。子供の頃、あまりにも「教育的」に聴かされたので、その反動で長いこと「嫌悪」の対象でありましたが、中年になってから再び大好きになりました。

 1楽章はとても音楽的には難しいし、深いです。なので、なかなか瞬時に感動するたぐいの音楽ではありません。とにかく、こちらを緊張させます。指揮するのも大変なんじゃないかな。評論家先生達や学者さん達はこの1楽章を絶賛しますが、どうも私は苦手です。ただ、その内容の深さには敬意を持っています。
 一転、2楽章はシンプルでわかりやすいスケルツォで、ベートーヴェンらしいシンコペーションやアタックを効かせて、ロック的なカッコよさがあります。スタンリー・キューブリックが大傑作「時計じかけのオレンジ」でこのスケルツォを実に効果的に使用していて、まさにベートーヴェンが「かっこ良かった!」
 3楽章は美しいアダージョではありますが、私はいつも、途中のいきなりの展開に笑ってしまう。それまで、まさに楽園の花畑の中で優雅にたたずんでいるのに、突然夢から叩き起こされて、そのまま絞首刑を言い渡されるような気分になるからです。それほど、彼の音楽は大仰なのです。「何でぇ?人がせっかく気持ちよくしてんのに、あんなおぞましいファンファーレを鳴らすのさ!」 まぁ、たぶんベートーヴェンの気持ちをあえて代弁すれば、「私の芸術を表現するのに、お前の都合など気にしてられるか!」ってとこでしょう。
 それと、美しい弦に比べ、木管やホルンの扱いがいまいち垢抜けてない印象がしてしまう。モーツァルトだったら、もっとうまく書くだろうなぁ。
 
 で、その大仰さで3楽章を数倍のスケールで上回るのが有名な「歓喜の歌」を含む4楽章。ただし、ここは最高に大好き。ここまで、やりきってくれる作曲家は人類の宝です。自分自身の魂の叫びをこれほどのスケールで表現してしまうのは、どう考えてもとんでもないこと。ほとんど傲慢なるエゴイスティックな音楽にもかかわらず、その音楽的効果が強力で美しいがゆえに、聴き手はすっかり巻き込まれてしまう。
 それでも、歓喜の歌が出てくるまでの部分は、3楽章よりも笑ってしまう。それまでの主題が演奏され、「ああ、もっと美しい調べを、もっと!」って悶え苦しむベートーヴェンの魂をあらわすチェロとコントラバスのユニゾンがそれらをいちいち否定する。で、歓喜の歌の旋律が流れると、「おおっ!それじゃ、それじゃ!」って喜ぶんだから勘弁してよ。

 だが、その後はベートーヴェンの天才にただ平伏すことになる。彼はいわゆる変奏の名人であり、基本的に第九の4楽章も「歓喜の歌」の変奏の繰り返しだ。で、そのバリエーションがどんどん展開し発展していくのがとんでもなく素晴らしくて感動する。こんなシンプルな主題が繰り返されるたびにどんどん美しさと偉大さを獲得していくのが凄いのです。
 最も好きなところは、テノールの勇壮なソロと大合唱があってからの弦の合奏だ。もうこれぞベートーヴェンの偉大さ極まれり、いやいやこんなの書くのチョロイチョロイって雰囲気も。それぐらい音符を書く彼はさぞやノリノリだったろうし、頭の中は炸裂しまくっていたことだろう。
 興奮の極致を体感した後、一転とても宗教的な合唱によるパートがくるが、こちらの体は地球を離れて、まさに宇宙を漂うような気分にさせられる。ここも大好き。その後も合唱が大活躍、その激烈な展開にクラっとしつつも、まったく飽きさせないのだった。

 ところが、ついに来てしまった、まるでトルコ風マーチか、はたまた大運動会か、とにかくそれまでの極上の美の競演をすっかり台無しにするかのごとくエンディングに駆け上っていく狂乱のブンチャブンチャを何と例えるか?! 「お前さんはそんなにしてでも、これがやりたいんだな!」
 「苦悩を経て歓喜へ」が彼のトレードマークだが、それもここまでくると手が付けられない。こちらは呆然とするのみだろう。完璧なる美しさをも、同じ曲の中で自ら無惨に破壊しつくす、その恐ろしい才能に畏敬の念を覚える私はほんとに小市民じゃわい。

 あー、面白かった。というわけで、CDでフルトヴェングラーのを続けて聴いている。この場合、指揮者も尋常じゃないから、ますます狂い方が凄い。パンクも軽くぶっ飛ぶ。
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by harukko45 | 2006-12-31 02:43 | 聴いて書く

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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