Bob Dylan/No Direction Home

e0093608_42506.jpg マーティン・スコセッシによるボブ・ディランの長編ドキュメンタリー"No Direction Home"のDVDを昨日見終わって、ある種のショック状態にある。
 彼の生い立ちからデビュー、フォーク界のヒーロー、プロテスト・ソングの旗手となり、その後アコースティック・ギターをエレキに持ち替え、バンドを引き連れたことで、ファンからのブーイングとバッシングを浴びる日々、そして66年にバイク事故で活動を一時中止するまでを追いかけたものだが、その時代背景と音楽シーンの考察、その当時の歴史的映像の引用、また新たな発掘、関係者やミュージシャンへのインタビュー、もちろんディラン本人へのインタビューも多く、大変細やかに詳しく丁寧に作られたドキュメンタリーだ。すべてで3時間40分。だが、ちっとも長い事のない、また60年代前半期のアメリカの音楽、特にフォークを中心とした流れを知るのに大変素晴らしい教材でもあると思う。

 そして、何よりボブ・ディランとは何者か、ということが静かにジワジワと語られながら、最後には強烈なインパクトを残して、その天才にショックを受けるのだった。

 私は彼のことが昔から大好きであり、今でもCDを集めるファンだ。だが、初めてディランを見て聴いたのはジョージ・ハリスンの"バングラディシュのコンサート"の映画だった。その頃(71,2年)中学生だった私は、エリック・クラプトンの動く姿が見たくて映画館に行ったのだが、何よりもそのパフォーマンスに感動して惚れ込んでしまったのは、ディランだった(それとレオン・ラッセル)。つまり、私は70年代以降のディランの大ファンであり、それ以前の彼についてはレコードと解説文などで知った世代だ。だから正直、彼自身が最も世界に刺激を与えていた60年代について十分に把握していたとは言い難かった。
 たとえ、知識としての60年代は分かっていても、実際にリアルタイムで経験したものにはかなわない。そういった意味でも、ロックという音楽、それから派生するポップカルチャーが最高に刺激的で魅力的だった60年代は、私にとってはほんの少し前の時代ながら、どうしてもしっかりと捕らえられていない無念さが常にあったのだ。

 結局は昔のCDを聴いているだけでは、本当の60年代はわからなかった。

 だが、ようやくこのようなドキュメンタリーを確かな映画監督がしっかりとした視点から制作してくれたことにより、あの時代を体験していなくても、かなり理解できるようになれると思う。たぶん、繰り返し見て聴き、60年代前半の音楽シーンにおけるボブ・ディランの重要性を体感することで、やっと私も真のディラン・ファンになれると思えたのだった。

 そして、当時のディランの凄さに驚くばかりでなく、私がここで最終的に一番強く感銘を受けたのは、「アーティストとして生きるとはどういうことか」を、彼が自ら、様々な映像に映し出される姿を通して、我々に示していることなのだ。
 JabBeeシゲルさんがこれを見て、「あの頃のディランは誰よりも"とんがっていた"に違いない。比べたらビートルズもストーンズもかわいいもんだ。」と私に言っていたが、まさに同感だ。どんな状況であれ、自らのやりたい事を貫き通すということは、これほどまでにし烈な戦いに巻き込まれて行くことなのか。そして本人にその「覚悟」があるのか。

 自分は一介のミュージシャンで、どうやらここまで年齢を無駄に重ねてきてしまった感じではあるが、それでもこの音楽の世界に憧れた時の純粋な「芸術心」のようなものを強く刺激されたように思った。ボブ・ディランの歌う"Like A Rolling Stone"が今もたまらなく私を揺さぶり続けている。
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by harukko45 | 2006-07-17 04:27 | 聴いて書く

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