フィガロの結婚/チューリッヒ歌劇場

 "フィガロの結婚"は登場人物も多いし、演劇的にも凝っているので、オペラ上演において全てが完璧だったというのは、まず有り得ないと思う。常に完璧なのはモーツァルトの音楽のみ。
 しかし、その音楽の完璧さのおかげで、たいていの場合「こりゃ、ひどい」という舞台にはならないことが多いと思う。とにかく、序曲もアリアもアンサンブルも、最初から最後まで「いい曲」ばかり。伯爵から小間使いの女性にいたるまで、出演者すべてに名曲が提供されている希有なオペラなのである。

e0093608_14555382.jpg 1月25日に放送されたのは1996年チューリッヒ歌劇場での公演で、指揮はニコラス・アーノンクール。アーノンクールは古楽器風の奏法を早くから導入し、なおかつその表現は「前衛的」「過激」と言われてきた好き嫌いの別れる指揮者で、私はどちらかと言えば敬遠するタイプ。
 この公演でも序曲の遅いテンポから(でも、私の持っているクレンペラー盤よりは早いから、さほど驚かないけど)、金管の強いアタック、今まで聴いた事のない場所でのフェルマータやレガートなどなど、いろいろやり放題でありました。
 1幕あたりではその奇抜さにいちいち反応してしまうので、少しイライラさせられたが、2幕目以降は彼のやり方にも慣れて、あまり気にならなくなった。
 歌手陣がそろっていて安定感があり、演技も良かったので、なかなか楽しめる環境になっていったのだった。

 しかしまぁ、何度聴いても2幕目のフィナーレは凄いな。伯爵と伯爵夫人の夫婦喧嘩の二重唱に始まり、小間使いのスザンナが加わり夫人が優勢の三重唱、ところがフィガロが加わり大混乱の四重唱、そこへ庭師が御注進して五重唱で事態はフィガロ派の不利、そこを機転を効かせて乗り切り、フーこれで何とか丸く収まるかと思いきや、3人の伯爵派が乱入して4対3で再びフィガロ派は劣勢に!
 約20分にわたる目も耳もクラクラになる音楽の流れにこちらはただただ圧倒されるのみ。この作曲家の才能はどこまであるのか、と茫然自失になりながら幸せを感じる次第。

 3幕目の綿密に組まれたドラマと音楽には常に唸りっ放し。笑いも悲しみも恋する気持ちも嫉妬も疑念も悪だくみも、すべてが重層的に絡み合っているのに、音楽によって一度に表現されてしまっている。まさに、神の視点で人間達を俯瞰している音楽。
 4幕目には何も言葉はいらない。フィガロとスザンナの魅惑のアリアに続く再び長大なフィナーレは、あまりにも素晴らしくて自分の存在意義さえも見失うほどだろう。もはや、この音の前に何もいらなくなってしまい、このまま死んでもかまわない気持ちにさせられる。
 最後に伯爵が夫人に謝罪し、夫人が「私はあなたより寛容なので許します。」とこたえる辺りになると、近頃すっかり涙もろい私はボロボロになっているのだった。

 ところが、聴き手が至福の嗚咽に浸っているというのに、「ハイ終わり終わり!」とばかりにこの作曲家は快速のエンディングで一気に幕にしてしまう。再びこちらは呆然としたまま、あの天才は悪魔のような甲高い笑い声をたてて何処かに消えていってしまうのだった。
 ミロス・フォアマンの傑作映画「アマデウス」の中のサリエリの心境が痛いほどわかる瞬間だ。
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by harukko45 | 2006-02-14 13:50 | 聴いて書く

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