魔笛/コヴェント・ガーデン

 先月の27日がモーツァルトの250歳の誕生日で、それにちなんでNHKが24日から5夜にわたって彼のオペラを放送していたのだが、私はツアー中だったのでHDに録画していた。で、ボチボチ見始めた次第。
 さて、人類史上最高の天才音楽家モーツァルトの偉大な作品群にあって、まず1番手に上げられるのは「オペラ」だろう。2番手は「ピアノ協奏曲」となるかな。それぞれ聴く人によって好みが別れるだろうが、オペラが最も優れているということは間違いないと思っている。特に3大オペラ"フィガロの結婚""ドン・ジョバンニ""魔笛"は最重要だろう。

e0093608_1323672.jpg で、まずは28日に放送されたコヴェント・ガーデンでの"魔笛"から。指揮はコリン・デイヴィス。よくありがちな傾向なのだが、オペラ先進国のドイツ、オーストリアあたりでは演出でかなり挑戦的な試みがなされて、現代劇風に無理矢理見せようとしてかえって大失敗するのだが、オペラ後進国のイギリス、アメリカの公演は逆にとても保守的で、観客が普通に望むような舞台を作ってくれる。おかげで大変安心して観ていられるとも言えるのだ。
 この2003年2月ロンドンの舞台もまさにそのような内容。だから、演出に大きな不満はない。唯一パパゲーナだけ、何であんなに場違いなアバズレ女のような描き方(衣装が最悪)なのかが疑問だった。おかげでパパゲーノとパパゲーナの二重唱のシーンがドッチラケてしまった。
 
 音楽的にはコリン・デイヴィスは全体にゆったりしたテンポで淡々と進め、強く深いエグリも一切なく、よく言えば極めて「純音楽的」であった。逆にいえば優等生的で面白みに欠けるとも言えるかな。でも、とかく独りよがりの解釈で、聴き手の夢をぶちこわす傲慢な指揮者に比べれば純粋にモーツァルトを楽しみたい者には有り難い演奏だったかもしれない。
 が、歌手はことごとく期待はずれだった。このオペラは全体に神秘的宗教的(それもちょっとカルト的)な色彩の濃いメルヘンの世界を描いているのだから、登場人物は皆「非人間」的な存在で、神や悪魔の領域に近いのだ。だから、その神秘性を消し飛ばしてしまうような深いビブラートや不必要なポルタメントや余計な感情移入による大げさなニュアンスをつけて歌われてはガックリしてしまう。そういう歌い方は歌手本人は気分が良いだろうが、こちらにはイメージぶちこわしで、夢の世界から普通の人間界に戻って来てしまうのだ。
 それと、歌手側のノリが悪いのか、指揮の統率力不足なのか、どうもアンサンブルがピシっとこない。原因は両方だと思うが、歌手側が勝手にニュアンス過多で歌っているとテンポが遅くなる。ポップスの世界でもとかく技量と経験が足りないボーカリストほど、バラードもののテンポを遅くしたがる。本人は感情移入しているつもりでも、全体の様式が崩れてしまっては実はよろしくない。演奏も歌もシンプルにやることほどむずかしいものはない。

 魔笛の場合は、ある一つの統一されたムード(モーツァルト最晩年の諦観、寂寥感、透き通った感性/ピアノ協奏曲27番、クラリネット協奏曲、アヴェ・ヴェルム・コルプスなどにも通じるもの)が全体を貫いていて、それを壊すようなものは出来るだけ取り除いてほしい。だからこそ指揮者の音楽性と現場での統率力がものすごく大事になってしまうのだ。
 しかし、ただ一人パパゲーノだけは感情的で無節操、ある意味「過剰に」演劇的であってかまわない。彼だけが普通の人間であり、我々凡人の、あるいは俗世界の代表だからだ。
 きちんと整えられた美しい世界に紛れ込んだ「薄汚い」俗物、それがパパゲーノであり、彼がこのオペラの真の主役なのだ。そして、私たち観客が一番思い入れする対象であり、きっとモーツァルトが最も愛したものに違いない。
 だからパパゲーノ役が魅力的でなくてはどうにもならない。そういう点でも、この公演のパパゲーノは地味だったし、抑え過ぎていた。パパゲーノだけはもっとヤンチャでいいのだ。

 というわけで、これだけ書いていると全く良くなかった感じに思えるだろう。が、それでも感動してしまい、涙がこみあげてしまう瞬間があった。
 何でそんなことになるのか? 不思議でしょうがない。
 結局、それは紛れもなく曲自体の持つ力が凄いからとしか言いようがない。演奏家や歌手の実力の優劣も数々の演出の効果も全く飛び越えてしまう圧倒的な「音楽力」とは存在するのか?
 どうやら存在する。
 何回も同じ曲を鑑賞していると、自分の中に理想の演奏が作られてくる。「ここはこうあってほしい!」「こうあるべきだ!」といったもの。もちろん素晴らしい表現に出会うだびに、それは上書きされて情報量も増える。そうやって新しい演奏に関しては何かと文句が多くなるものの、逆に元の楽曲への思い入れは増幅の一途をたどるのだろう。なかなか満足できなくなる。だが愛はより深まっている。
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by harukko45 | 2006-02-10 01:37 | 聴いて書く

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