Seemaのアルバム(1)「赤い糸」

e0093608_1657447.jpg 99年のデビュー・アルバム「赤い糸」。発売がMIDIクリエイティブで、インディーズ扱いだったし、それほど世間的には話題にもならなかった気がする。ただ、私にとっては自分の人生においても画期的な出来事となった大仕事だったし、今でも自分のベスト・ワークの一つと思っている。

 この時出会った二人のユニークな才能の持ち主が、それまでの私の「業界ズレ」していた音楽観を見事に粉砕し、もっとプリミティブな音楽体験を思いださせてくれたのだ。それは、初めてGSを聴いて音楽に関わることに憧れ、ロックに目覚めて音楽だけが喜びになり、ジャズにのめり込んで「絶対に、これしかない」と思った、あの感覚である。
 その一人はもちろん、このアルバムの主役であるシーマであり、もう一人はプロデューサーでギタリストの成川正憲さんだ。
 
 ナリさんの作り方は極めて非合理的で、具体的な譜面もコンピューターもドンカマもなし、ただただ演奏して、そのいい瞬間を捕らえるのが常だった。
 彼は曲を作った時の最初のイメージ(それは映像的・抽象的なことか、具体的に言っても「音数を減らして」「空間を作って」ばかりだった。)を伝えるだけで、あとはお任せだ。だから、何をやりたいのか見えない時もあったし、実際にその方向性がどんどん変わってもいった。
 だが、彼の真意は「レコーディングとは人間を録ること」だった。だから、最初から考え抜いたアレンジメントを実現することではなく、そこに集まったミュージシャンが裸になってその人間性をムキ出しにして演奏するのを聴きたかったのだ。ゆえに、ミュージシャンがそうなって演奏して結果として自分の思ったことではなくても、ちゃんと受け入れてくれた。それどころか、その方が良い、とした。
 だから、ここでの各ミュージシャンの演奏は実に生き生きとしているし、自分とちゃんと向き合って極めて内省的な表現とも言える。自分にとってはこれはThe Bandの「Music From Big Pink」体験だった。
 ちょうど、伊豆のスタジオに泊まりがけでのレコーディングで、東京・業界・ヒットチャート、そういうものと隔絶していたことも影響していたのかもしれない。

 今、このアルバムを聴きながら書いているのだが、何度となくキーボードを打つのが止まって、思わずその音に引き込まれてしまう。シーマの声の素晴らしさ、その声で唄われる彼女自身による詞は時に意味不明でありながら、妙に心に入り込んでくる。彼女はとってもナイーブでレコーディング中もアップダウンを繰り返していた。だが、ナリさんはその生々しさを残酷にもつかみ取ってCDにパックした。だから、今その歌声を聴くと、こちらも自然と泣けてくる。

 そういえば、ナリさんの残酷さはM10のレコーディングでも言えて、この時のベーシストの六川さんは、演奏前にほとんど泥酔状態だったが、そのままフレットレスを弾かせた。録音中彼はたいそう気持ち良さそうだったが、後で聴き返すとかなり危ない音程をさまよっていた。が、ナリさんはそのままにして、全体の空気感を優先した。

 と同時に、M7においてナリさん自身がギターをどうやって弾いたらいいかわからなくなって苦しんだ。だから、その時は私が「もっとゴーって音で、ガーンと弾けばいい。」てなことを言った。そこで、彼はかなり悶絶したような雰囲気で「自分にはわからない」といいながら演奏した。でも、結果この曲のエンディング近くで聴こえるギターソロはたまらん効果を出している。

 このアルバムの全ての曲が大好きだが、M1"INTRO"と最後のボーナストラック(M10のミステイク)は外してもいいかも。これがなくても、1曲1曲の充実度が高いので、ちゃんと傑作として成り立つと思う。

 世間的な評価とどんなに離れていようが、デビューにしてこれだけの作品を作ったシーマとナリさんにはいくら賛辞の言葉を贈っても足りない。そして、これに参加できたことを、あらためて二人に感謝したい。
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by harukko45 | 2005-12-17 18:05 | 聴いて書く

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