水越けいこ/名古屋ムジカ(2)

(1)からの続き。

 m6.上を向いて歩こう〜7.テネシー・ワルツ

 アコギとコーラスにプロデューサーの森さんを迎えての中盤戦。ここでは、カヴァー曲で少しリラックス・モードへ。

e0093608_13343036.jpg m6は言わずもがなの坂本九さんの大ヒット曲。ウィキペディアによると、当初は日本歌謡界での評価はあまり高くなかったとのことで、それは、九ちゃんの歌い回しが耳に合わなかったらしく、作詞の永六輔さんも、『「ウエヲムーイテ」が「ウヘホムフイテ」に聞こえ、「何だその歌い方は!」と九さんに向かって激怒し、「これでは絶対ヒットしない」と言った』という、今では信じられないような話が残っている。また、爆発的な売り上げ(3ヶ月チャート1位)だったにもかかわらず、日本レコード大賞の候補にも選ばれなかった。
 ところが、1962年にフランス、イギリスなどヨーロッパでヒットし、63年にはアメリカにおいても1位となり、翌64年には100万枚突破でゴールドディスクを獲得する大ヒットとなった。これら世界での大成功により、日本での不当な評価は覆されたのだった。

 永さんが最初気に入らなかった、九ちゃんの独特な歌い回しは、プレスリーやバディ・ホリーといったロカビリーからの影響だけでなく、彼の母上から教えられた小唄や清元の影響だと言われていて、永さんも後に、九ちゃんと邦楽の歌い方を結びつけて、それがこの歌の世界的なヒットと関係があると考えたとのこと。
 それは、東洋的なエキゾチックさが西欧に受けたということもあるだろうが、基本的にメロディに字数をきちっと合わせた結果が「ウヘホムフイテ、アールコウホウホウホウ」であり、それによって八大さんのメロディの良さが生かされ、言語・文化を越えて世界で受け入れられたのだと思う。

 中村八大さんが亡くなった時の追悼番組の映像がYouTubeにあり、ここでの永六輔さんの話がすごく面白い。(5分24秒から)


 この追悼番組はとても良いので、絶対に観る価値ありです。残念ながらパート4が削除されていますが、それ以外は残っていますので、一度ご覧あれ。「六八九」の偉大さを再確認しましょう。

 上を向いて歩こう~中村八大 こころのうた
2/6 3/6 5/6 6/6

 続いて、"テネシー・ワルツ"。きしくも2013年1月1日にパティ・ペイジが亡くなった。今回、この曲を演奏できたことで、個人的にはこの偉大な歌手への敬意と追悼の気持ちを少しでも表せたかと思う。
 この曲は1948年に作られたもので、大スタンダード曲だが、最もヒットして有名なのが、1950年のペイジによるバージョンで、ここではボーカルを彼女が多重録音しているのが特徴。彼女は1947年に"Confess"において多重録音によるボーカルを世界で初めて行った人だが、この時は予算がなく、他のパートを歌う歌手を雇えなかったためだった、というのだから面白い。
 もちろん、そのような話を知らなくとも、彼女の歌の素晴らしさの価値は変わらない。一度聴けば、その美しさに夢中になるだろう。



 もう1曲、彼女のマルチトラック・レコーディングの代表作"With my eyes wide open I'm dreaming"もお聴きください。レコードに「Voices by Patti Page, Patti Page, Patti Page, Patti Page」って書いてあります。それでも足らずに、「Patti Page Quartet」ってダメ押ししてあります。



e0093608_13375644.jpg テネシー・ワルツに戻りましょう。日本でも江利チエミさんが1952年にカヴァーしてこちらもヒットした。12歳から進駐軍のキャンプ回りをしていたチエミさんが、自ら決めたデビュー曲が"テネシー・ワルツ"だったのだ。この時のレコーディングが14歳である。
 チエミさんの"テネシー"の特徴は、何と言っても英語と日本語の「チャンポン」であるということ。これは、その後の洋楽カヴァーブームへの先駆けとなった。

 翌53年にはアメリカに招かれて、キャピトルで「ゴメンナサイ / プリティ・アイド・ベイビー」をレコーディング、ヒットチャートにもランク・インしたのである。つまり、日本人で初めてのアメリカ進出を成功させたのは、江利チエミさんだったのだ。
 "ゴメンナサイ"はいわゆる「進駐軍ソング」のひとつで、リチャード・パワーズのものがYouTubeで聴ける。

 そして、これをアメリカで日本人歌手が歌うことになり、抜擢されたのが Chiemi Eri であった。だが、この時の"ゴメンナサイ"が、検索してもどこにもない。そうしたら、こんな記事が。
「江利チエミ:幻のレコード 没後30年、米で発見」毎日新聞 2012年08月08日
 今まで、この曲は日本では発売されず、その存在もずっと忘れられていた。それが、ようやく発見されたということだが、キング・レコードもずいぶん怠慢だったのでは?まぁ、その辺はいろいろ事情もあるのかもしれないが、いずれにしろ、アメリカのコレクターからSP盤を取り寄せて確認したというのだから、今後は正式な日本リリースに是非ともこぎ着けてほしいものだ。
 これにより、江利チエミさんへの再評価が起こるかもしれない。現在の由紀さおりさんにつながる第一歩は彼女だったわけだし。
 
 また、江利さんはその時のアメリカ訪問ではロサンゼルスなどでのコンサートが大好評で、「JAPANESE AMERICAN NATIONAL MUSEUM」にも書かれておりました。

 他にも、この頃のチエミさんについてのくわしい記述は「その2 ゴメンナサイ - 江利チエミファンのひとりごと」をどうぞご覧ください。
 また、進駐軍ソング"ゴメンナサイ"関連ではこちらも「進駐軍ソング EP盤:pei's-discs ・ガロート珈琲の音源:So-netブログ」
 いやぁ、今回いろいろと勉強になりました。ネットよ、ありがとう。そうだ、美空ひばりさんの"The Soba Song/チャルメラ・ソバ屋"とか細野晴臣さんやディック・リーがカヴァーしてた"ジャパニーズ・ルンバ"もなかなかイケますよ。





 と、カヴァー曲からいろいろと大脱線していきましたが、これまで知らなかった事柄も多く、長々となってしまいました。やれやれ。

(3)に続くっと。
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by harukko45 | 2013-02-06 18:58 | 音楽の仕事

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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