ワイト島のマイルス、75年のマイルス

 22日WOWOWの放送で、70年ワイト島フェスでのマイルス・デイビスのライブを観た。やっぱりとんでもない演奏だった。もう後半はトランペットを吹くマイルスの顔がアップになるたびに、熱いものがこみ上げて、思わず涙してしまった。
 たぶん、これからも何回も観るだろう。きっと、何度観ても飽きないと思う。その度に、自分の脳ミソが新たに入れ替えられるような感覚になるだろう。

 何であんなにマイルスってカッコイイんだろう!

 このライブの後、彼は73年に2度目の来日をしたが、私はコンサートには行けなかった。しかし翌々年、75年の3度目の来日公演で初めてマイルスを観ることができたのだった。
 期待に震えながら、憧れのマイルスを「目撃」するためにたった一人で行ったのだが、正直この時は、そこで演奏されたものが全然理解できなかった。「何じゃ、こりゃ?」って感じ。それまで、レコードでは感動しまくっていたマイルスの音楽がこのライブでは全くダメだったのだ。(でもまあ、当たり前かも。この頃は60年代以前の4ビートものに夢中だったし。)

 特に最も「何じゃ?」と思ったギターのピート・コージーは、ルックスもギターの音もブっとびまくってた。マイルスが弾くヤマハのコンボ・オルガンによる不協和音は「ビシャー」「ンギャー」って感じだし、トランペットも電化されててワウまでついて、「クワッ、クワッ」っていってるから「何じゃ?」。エムトゥーメはずーっと、ドンドコドンドコ、コンガを死ぬまで叩き続けるかのようだったし。
 その後も「何じゃ?何じゃ?」とずっと思っているうちに、コンサートの後半ではドラムのアル・フォスターが突然演奏をやめて引っ込んでしまい、その後はピート・コージーがドラムを叩いたので、ますます「何じゃってぇーの?」と思ったら、それでオシマイになってしまった。あらーぁ、終わり?(アルは本当に怒って、楽屋に帰ったのだそうだ。)

 その時は、ひどく落ち込んだ。「マイルスに感動しないなんて、何故?」

 でも、もう一度考えてみると"In A Silent Way""Bitches Brew"を中学生で初めて聴いた時(よーく思いだしてみたところ、中学時代持っていたのは2枚組の日本編集によるベスト盤で、LP片面に1曲ずつ、「In A Silent Way/It's About That Time」「Bitches Brew」「Right Off」「Saturday Miles」が収録されているものだった!)も、「何だかわかんねぇ」と思ったもの。だけど、理解できないのがくやしいから、何回も聴いていくうちに、「げっ!これって凄いかも。」ってことになったのだった。

 そうしたら、しばらくして私が観た日の演奏が、FM東京でオンエアーされたのだ。そして、それを聴いてびっくりした。何と何と、ものすごくおもしろかった。ものすごくカッコ良かった。あまりにも感動して、その当時サックスをやっていた私は、ソニー・フォーチュンのソロをコピーしたのを覚えている。
 実際、譜面にしたらびっくりするようなことは何もなかったのだが、実際に聴こえたサウンドは最高だった。それは、フォーチュン氏がどうのこうのでなく、マイルス・バンド全てから湧き出る「何か」が凄かったのだ。

 その時の大阪公演がライブ・レコーディングされ、"Agharta"(右)"Pangaea"(左)としてリリースされている。
 ピート・コージーは今聴いてもブっとんでいる。マイルスのオルガン・サウンドは強力にイケている。エムトゥーメはやっぱり死ぬまで叩き続ける気だ。
 でも、やはり理解不能な「妖しい」ムードがあり、単純に楽しんで聴けるものではないことも確か。
 この演奏(75年1月)の後、9月にマイルスはバンドを解散し、病気療養に入るが、早期復帰の願いはかなわず、以後6年間も音楽活動の休止を余儀なくされてしまった。今考えると、そのことが暗示されているように思えてくるわけだ。

 まさに、燃え尽きる寸前の凄まじい記録。そして、マイルスが最も刺激的で、影響力のあった時代がこの時終わった。
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by harukko45 | 2005-11-24 01:27 | 聴いて書く

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