大橋純子/夏の陣(4)
2012年 08月 17日
m5.季節の中で
2007年リリースの邦楽カヴァー・アルバム「Terra」に収録されている曲が、未だに色褪せずにライブのレパートリーになっているのは、それぞれの楽曲の認知度の高さだけじゃなく、ジュンコさん以下バンド・メンバーの解釈の深まりによる部分も大きいと思う。正直、私の場合、松山千春さんや中島みゆきさんの楽曲・アルバムをじっくり聴きこむという経験はなかったが、こうして演奏していくうちに、元々の曲の素晴らしさを理解できるようになったのだから。
特に松山さんの"季節の中で"は掛け値なしに名曲。歌詞もいい。ずいぶん前に北海道で松山さんとイベントでご一緒した時に、生で聴く彼の歌に完全ノックアウトされた記憶がある。やっぱり本当の本物には感動以外ないのだ。
ジュンコさんによる「Terra」バージョンは、抑制の効いたボサノヴァ・アレンジとなっているが、その素朴さゆえに、バンドとしては時間が経つにつれて、いろいろなアイデアを盛り込むようになった。もちろん、ここでも「変えちゃいけない」部分は存在する。クールな装いで無駄を排したプレイを心がけることで、ジュンコさんの名ボーカルを堪能したい。松山さんの持つ熱い心情を、ジュンコさんは静かな歌声で包み込んで表現してしまうわけで、そのテクニックの見事さとセンスを賛辞しないで、何を聴くのか。
ケンさん曰く、「北海道出身同士にある、何か」が、一見相容れないような個性と個性を美しく共鳴させる。ある意味、北海道のソウルを感じる瞬間なのかもしれない。
この曲はこれまで同様に、土屋さんの素晴らしいガットを中心にして、ピアノがさりげなく絡む。土屋さんは時に過激なエッセンスを、これまたセンスよく醸し出すのだが、今回はソロの終わり部分での速弾きにしびれた。これが、毎回違うからたまらん。
私にはとてもじゃないが、あんなスリリングな事は出来ない。心からリスペクトしちゃう。同じバンドにいながら、ファンでもあるのでした。
私はいつものようにコソコソと準備して仕込んでおいた音を登場させる。今回は、メロトロンのサウンドをどこかで合わせてみたかった。いつも同じようなストリングスではつまらんので、有名なMkIIモデルから「3-Violins」のサンプリングを使った。これは、AKAIのサンプラー時代から持っていたもので、かのムーディ・ブルースのマイク・ビンダー氏が制作した音源で、こちらの求めるエグ味がちゃんと残っていて、大変オイシイ。
で、これをコーラス等のエフェクトでステレオ化すれば、バンドとの馴染みも良い。いいリバーブも加えれば、独特の「ミャー」的な音質が絶対的な存在感を示しながらも、少しマイルドになって、"季節"のような曲でも使える。ただ、調子こいて、ついついこの音のボリュームを上げそうになって、注意を受けることに。さりげない使い方が出来るかどうか、それが生命線じゃった。
大阪でのリハーサルの時に、モニター担当のスタッフが何気なくやってきて、"季節のなかで"で聞こえる「あの」音は何なんですか?と尋ねてきた。「待ってました」ってわけじゃないけど、それをきっかけにメロトロンの話に花が咲いたのは言うまでもない。
どういう音なのか、興味のある人はキング・クリムゾンの"エピタフ"や"クリムゾン・キングの宮殿"を聴いてください。ガビーンと圧倒される「あの」音ですから。この時、イアン・マクドナルドはダブルで録ってステレオにし、TDの時は二つのフェーダーを微妙に動かして、いろいろとニュアンスをつけていたとのこと。だから、クリムゾンの「あれ」は特別だったのか、ふむふむ。
"クリムゾン・キングの宮殿"
"エピタフ"
ところで、この"エピタフ"を先日亡くなった伊藤エミさんのザ・ピーナッツがカヴァーされているのをご存知だろうか。ピーナッツは数々の名曲・名歌唱で日本音楽史上に残るデュオだが、クリムゾンをカヴァーしていたのには驚いた。それも、完璧に!バックの演奏も素晴らしい。必聴!
m6.地上の星(名古屋1日目では"時代")
中島みゆきさんの曲に関しては説明不要。オリジナルの認知度の高さはもちろんのこと、「Terra」バージョンはアルバムの中でも随一の出来だし、それをバンド・アレンジして毎年アップグレードしている我々のバージョンも自画自賛できる内容だと思う。特に名古屋・大阪ですごく盛り上がる、何でだろう?曲といい、演奏といい、ずっとドヤ顔してる感じがウケるのか?
とは言え、内容は実に繊細な部分の積み重ねで、基本の「3・3・2」ビートで突き進みながらも、各自のラテン感覚がいろんな色彩を生んで、演奏している私は実に楽しい。
全体としては、CDのフラメンコ的なニュアンスよりも、カリブ海、南アメリカ方面に近づくのは、ドラムとベースを擁するバンドのごく当然の帰結。それでも、当初はジプシー・キングス風味があったものの、最近ではよりキューバ的、ブラジル的、アルゼンチン的なフュージョンとなってきたと思う。もちろん、細かい部分を言えば、それほど深いラテン指向ではないが、いわゆる「オイシイとこ取り」の「ごった煮」感こそがポップ・ミュージックの面白さに違いない。
名古屋初日では、"地上の星"ではなく"時代"がセットに入っていたのだが、ここ最近の"時代"は、かなりAOR色を強調したものになっていたので、本番でやってみると"季節の中で"との流れに少し違和感が感じられた。そこで、ラテン・エスニック的なフレーバーでこのコーナーを統一する意味もあり、"地上の星"に変更となった。"地上"には、ある種の「やりきった感」もあるので、ライブとしてはこれで正解だったと思う。
m7.シルエット・ロマンス
今年の"シルエット"では冒頭の部分の音色をがらりと変えた。他の曲での変化には気づかなくても、さすがにこの曲での変化はわかっていただけた方も多かった。
これは、私自身のわがままに由来する変化だったが、実際の効果が良かったかどうかはともかく、今後もより美しい内容を目指してチャレンジは続けたいと思う。