大橋純子/夏の陣(1)
2012年 08月 15日
だが、ここに来てようやく、それらの成果についてちゃんと理解できるようになったので、自分の記録としてブログに残しておきたいと思う。
ここ数年のジュンコさんとの活動は、夏のクラブサーキット・ツアーが中心となるのだが、実際には、そこに至る過程を含め数ヶ月におよぶ内容と言える。
それは、全体の方向性の決定と選曲、バンド全体でのアレンジとリハ等は当然のことながら、ジュンコさん自身はもちろん、加わるメンバー各自の思いやこだわりを全員の共通意識として高める作業であるからだ。
で、今年、個人としてある決意に達して、何としても実行しようとしたことは、これまでのサウンド・アプローチを一度リセットして、1曲1曲を再度洗い直しながら、音色を一からプログラミングしてみることだった。音色が変われば、フレーズも弾き方も変わる。それにより、新たな音楽的な発展が生まれることを目指した。
実際に数々の本番を終えてみて、うまく行った部分とそうでなかった部分もあったし、システム変更によるトラブルも何回かあり、全てをコントロールできたわけではなかったが、リスクをとりながらも新しい試みをやれたことへの満足感は大きかった。
さて、何をどうしたのか。ここからは、あくまでキーボーティストとして何を考えて何をやったのかばかりになるので、つまらんかも。
でもかまわず進めるとして。まず、今回の一番の特徴は、コンピューターを導入して、多くのソフト・シンセを積極的に使ったこと。それは、ジョン・レノン・スーパーライヴにおいては、すでに毎回やっていたことだが、一人のアーティストのツアーでそれをやることは、かなりリスキーと思っていた。が、ここに来て、安定したパフォーマンスを実現できるノウハウは十分身に付いたと思い、決断した。
具体的には、ヤマハ・S-90(70)XSをメインのキーボードとして弾く一方、これをシステムの司令塔とし、もう一台のコルグ・Tritonもリンクさせて、こちらからもPCのサウンドをコントロールした。コルグの音色には、かなりユニークなものが多くて面白いので、今回は特に積極的に使った。逆にソフト・シンセにはかつてのアナログ・シンセ系などの極めて「伝統的」なサウンドがたくさんあり、いい意味で「安心感」のある「いかにもそれっぽい」良い音が選べるので、コルグとの組み合わせはかなり楽しい。
ヤマハの方をSシリーズにしたのは、同じ系統でありながら、ここ最近どんどん「パキパキ」傾向にあるMotifシリーズよりも音質がナイーブな気がしたのと、より中音域が充実していると思ったから。それに、シークエンサー機能のような余計なものを省いたことも気に入った。
PCはマック・ミニを持ち込んで、演奏中は横目でディスプレイを見るって感じ。ノートブックを使わないのはスマートじゃないとも言えるが、この方が「音楽専用」ぽくって、自分には合っている。使うのはLogicのMainStageで、ここでソフト・シンセの管理をし、曲ごとに複数の音色、エフェクト、キーボードのスプリット、ペダルやスイッチの設定が出来る。それらを組んでいくのにはそれなりに時間がかかるが、一度決まってしまえば、本番ではヤマハ側のプログラム・チェンジ・スイッチを押せば、瞬時に全てが変化してくれる。
MainStageの導入によって実現するのは、過去にたくさんのシンセサイザーやラックマウントされた機材をステージ上に並べていたことが、コンピューター上で出来るということ。もちろん、アナログ時代へのこだわりや、そこに抗し難い魅力があることも理解しているが、それを今の時代に「スマートグリット」化することの方に興味がある。
とは言え、これらをつなぐのはMIDIという昔ながらのシステムで、複数の機器の設定を曲ごとに変えるにはMIDIパッチベイが絶対必要になる。で、これまた昔ながらのローランド・A-880を使っているのだが、要は、いろいろ細かく設定したって、その情報のやり取りにはこれがなきゃ始まらない。実は一番重要なのが、A-880だとも言える。私の持っている機材の中で、一番古くから現役で、他に代わりがないのが、これなのだ。
さて、私は1995年に大橋純子さんのバンドに再加入してから、もうすでに17年目となっている。こんなに長い時間、ジュンコさんの音楽に関わってこれたとは、あらためて驚くとともに自分の幸運に感謝したいと思う。もちろん、これだけ長ければ、自分自身の好不調の波はいろいろあったし、このブログのタイトルになっている「バンマス」という仕事も、当初の頃に比べてずいぶん変わってきた。
現在の「チーム大橋」は、ジュンコさんとプロデューサーの佐藤健さんを中心に、バンドメンバーも大いに加わる合議制と言える。それと、長い時間の中で、メンバー各自のやるべきことがじょじょにはっきりしてきて、「自分の居場所」みたいなものがほぼ確立されている。
だから、他の現場ではいわゆる「バンマス」としてのリーダー的役割と責任を意識して、時に強引に仕切ってしまう自分も、「チーム大橋」ではファミリーの一員としてのスタンスでいるのだった。
そういう意識の変化が、今回、自分自身の一体改革への導きとなったのかもしれない。バンドのような小さな社会の中にも安定・安心はあり、それは場合によってはマンネリ化し、予定調和した状況へと陥ることもあるわけで、自分への喝の意味を込めて、断固として変革に挑戦することにしたのだった。
と、やけに大げさだが、実際にステージを観ていただいたファンの方、お客さんたちにとっては、さして意味のあることではなく、あくまで結果として良かったかどうかなのだから、ひどく厚かましい話だな。だが、ここは「バンマスのぼやき」なのだから、ご勘弁願おう。
次回からは、実際に演奏された曲をテーマして書いてみることにします。
夏の陣(2)へ続く。