クライバーのオテロ
2005年 10月 28日
常に「天才!天才!」と呼ばれ続けたこの指揮者は、特にオペラが最高だったと思う。残念ながら私は実演を観る事はできずに、彼は去年他界してしまったわけだが、こうして映像で鑑賞するだけでも、その素晴らしさは他の指揮者とは圧倒的に違うと感じるのだ。
そのクライバーのオペラの中でもピカイチなのが、1976年ミラノ・スカラ座での「オテロ」だろう。歌手陣が超豪華だ。ドミンゴ、フレーニ、カプッチッリ(特にカプッチッリが最高に好きだ。)に、最高の舞台演出はゼッフィレッリ。これだけでも文句はないが、その聴き手の期待度をクライバーは軽々と飛び越え、最高の演奏をオケから引き出して、別次元に私を連れ去ってしまうのだった。
ただし、このビデオは自宅テレビから録画したらしい海賊版(?)もどきのものだ。だから、映像も音(モノラル)も大変悪い。にもかかわらず、本物の音楽が凄まじいパワーで押し寄せてくるのだ。
演奏を始めるまえのクライバーはすごく緊張している面持ちだ。表情が引きつっているようだし、唇を何回かなめているし、手も震えているようにも見える。が、決意をもって振り下ろした瞬間、とてつもない音が飛び出してくる。1幕冒頭の嵐の場面は、まさに命がけの音がしているのだ。そして、合唱のパートを歌いながら指揮をするクライバーはもうすでに音楽の化身となっていて最高にかっこいい!!そしてドミンゴによるオテロの第一声における輝かしい歌声がしびれる。
その後のカプッチッリが歌う「乾杯の歌」もご機嫌なノリで進んで興奮するし、1幕最後のドミンゴとフレーニの2重唱は甘くなりすぎず、それでいて陶酔感にもあふれている。この辺のセンスの良さが素晴らしい。
2幕目でもカプッチッリのイアーゴは最高で、彼のふりまく毒はオテロだけでなく聴き手をも狂わせるのだ。そして、イアーゴの奸計にまんまとはまり始めたオテロが怒りを爆発させるあたりのドミンゴとオケの一体感は何だ!この後の壮絶なるカプッチッリ、ドミンゴの2重唱はとんでもないことになる。
3幕目は恐ろしい。ヴェルディの深い人物描写、人間の裏の世界を見事に表現するその音楽自体もすごいのだが、完全に嫉妬と不信によって狂気の世界に踏み込んでいくドミンゴの名演技と、オケの力をつかって歌手達をアオリまくるクライバーには本当の悪魔が乗り移ったかのようだ。
シェイクスピアの書いたこの悲劇の結末は、やはり死しかないのだが、この4幕目は普通のイタリアもののようにズルズルとお涙頂戴にせず、スキっとすすめて逆にリアリティのあるエンディングになったのだ。
また、客の反応もおもしろい。クライバーが指揮を始めようとすると、反対派が口笛を吹いたり、ブーイングするとそれに抗議して猛烈な「ブラボー」の声と嵐のような拍手。それでもやめない妨害に対して叱りつけるお客の声。ステージの上も客席もすごい緊張感にあふれている。
それから余談だが、終演後のカーテンコールでのゼッフィレッリの姿がかっこいい。さすがイタリアの名演出家、映画監督。いい仕事をする人は見た目もキマッテいた。
右:オテロ 左:同じくスカラ座79年の「ラ・ボエーム」、パヴァロッティ、コトルバスも素晴らしいがやはりクライバーの音楽は常に新鮮で、音がわき上がってくるのだ。ただし、音質も映像もオテロ以上に悪い。DVDにもなっているが、まったく改善されていないらしい。この他ちゃんとした正規版、シュトラウスの「こうもり」も久々に観て感動した。こういうドタバタものでも最高のパフォーマンスを引き出す。もちろんR・シュトラウスの「ばらの騎士」も。結局すべて必聴必見となってしまう。