大橋純子/クラブサーキット2011詳細(3)

詳細(2)からの続き。

 3回目で、いまだに4曲目とは何と言うスローペース。ま、いいか。

 m4.大人の恋をしましょう

e0093608_17202884.jpg 昨年の11月にリリースされた新曲は、バンドでのライブ演奏はあまり多くなかったが、去年の暮れにやった時よりも、ずいぶん良くなったと思っている。この曲って、テンポが早くても遅くても駄目で、基本的に「ここしかない」ってポイントがあるんですな。ただ、そればっかり意識していると、固くなってつまらんわけで。その辺のさじ加減がだいぶうまくなってきた、って感じ。
 ドラムのウエちゃん風に言うと、「3連ロッカ・バラード」と「ジャズ」の中間のグルーヴ感、となるのでした。
 
 アレンジした萩田光雄さんのマスター譜には、各楽器への指定が意外と細かく書かれていて、やはり大編成での「せーの」一発録りを意識した丁寧な作りになっていた。なので、当然ながら大編成でやるのが一番良いにきまっているわけで、バンドでやる場合は、ある程度全員で他のパートの音を補いあうわけです。
 ただ、当初は久々にオーケストレイションの豪華さを生かしたいと思ったのだが、最近ではあまり意識しないことにした。それよりも、バンドならではのノリやサウンド、それとともに自分自身の感覚でもっとトライしたいと思った。

 閑話休題、実は、最近よく思う事があって、例えば今回みたいに70年代、80年代のジュンコさんの旧作を聴き直したりすると、曲に対する作家や演奏家の思い入れが音となって強く表現されていたり、ミックスにもかなり大胆なデフォルメやメリハリが刻まれていることに感動してしまうのだが、最近の音楽制作では、そういう感覚が希薄になり、いろいろなアーティストのどの作品でも、だいたい「予定調和」で「整理整頓」された世界が重んじられているような気がするのだ。たぶん、アーティスト側には強いこだわりがあるとは思うが、それが実際にはさしたる大きな要素とならず、結果として「出る杭は打たれる」ような音になっている気がしてならない。

 それがCDというものだ、と言ってしまえばおしまいだが、「後に残るものだから、出来るだけ完璧にしたい」という思いが常識化してしまい、それが予定調和な世界から突き抜ける音になっていない、と思う。
 もちろん、現代の方が音質やテクニカルな部分では圧倒的に良くなっているのだが、かつての名盤の方が、仕上がりにデコボコ感があっても、音に立体感があり、そこら辺に作り手の意志や魂みたいなものを感じてしまう。
 あえて言えば、現代の音は全て「平板」だ。さらに、誤解を恐れずに言えば、少なくともアートを意識するなら、もっと作り手が破綻していてもいい、ということ。
 60年代70年代のポップ・ミュージックは、無意識に「完成」していない状態で、作品化されていると言い換えてもいい。そこに、聴き手の思い入れや感動が加わって、最終的な完成へと作品が成長していく余裕が残されているのだった。

 今の音楽は、CD化された段階でテンパイ。サウンド的にも、感情的にもコンプレッサーによって制御されている。

 そういえば、クラブサーキットの打ち上げの時、幸運にもその会場で、SP盤をとっても素敵な蓄音機で聴くことができた。それは、チャーリー・パーカーやルイ・アームストロングらの巨匠達の名演だったが、SP盤自体の状態も良かったせいもあり、実に素晴らしいサウンドにすっかり圧倒され、特に大好きだったパーカーのアルト・サックスが今までのイメージよりも全然太い音だったことに感動してしまった。私は本当のバードの音を知らなかったということだ。そして、バードの1フレーズ1フレーズが心にガツガツと入り込んでくるのだった。CDの、コンプで上から抑え付けられた音では、けっして味わえない感覚に違いない。科学的には悪い音であるのに、人の感動は別物なのだ。

 私は、音楽や音楽家の裏に潜む妖しい物語が大好きなので、そういう目に見えない事、耳に聞こえない事柄を意識しすぎるのかもしれない。現代の流行は完全なる即物主義であって、私のような考えは古くさいのだろう。

 さて、まったく"大人の恋をしましょう"とは関係ない話で、再び大脱線から戻れなくなりそうなので、いい加減やめる。それでもって、実際のライブでの演奏はどうだったかというと、CDよりも我々の方が「ジャズ」色が強いかもしれない。CDの方が3連のビート感がより顕著だ。
 全体的には、ゴトウさんのフルートや土屋さんのギターのおかげもあって、ずいぶん良くなっていると思うが、随所にまだまだ「大人」になってない部分、まだまだ「青い」部分が見受けられた。それは特に私なんだけど。(カッコイイ)大人になるって本当にむずかしいよ。

 m5.地上の星

e0093608_17355030.jpg 「予定調和」ってキーワードで、しつこく話をつなげると、その対局にある部分が、この曲にはあるような気がする。それは「Terra」収録のスパニッシュ・バージョンが、かなりスリリングで惹き込まれる出色の仕上がりだからに違いない。
 中島みゆきさんのオリジナル版は、何と言うか「軍歌」みたいじゃない?ただ、曲と歌のインパクトは、好き嫌いを越えて凄いことは確かだけど。

 ジュンコさんは、歌のうまさだけでなく、元々、超絶な高音を使うことで、ある種の「スリル」を聴き手に与える歌手だ。それは、オペラのテノール歌手達のスリルさに近い感覚だ。みんなワクワクドキドキしながら、ピンポイントでキメル高音に快感を感じて酔うのだ。
 だから、このアルバムの中で、そのセッション自体が、最も緊迫感あふれていたと言う"地上の星"が、ジュンコさんのキャラに見事にはまる。この曲では、別段、高音を駆使して圧倒しているわけではなく、逆に力を抜いて繊細な表現に終始しているが、そのセンスが良いわけで、演奏のダイナミクスをより強調するような効果にもなっているのだった。

 で、我々ですが。

 この曲は、かれこれ4年近く、ライブ・レパートリーとして取り組んできたが、ようやくここに来て、曲の核心に近づいたって気分。元々、普通のバンド・スタイルのアレンジではないので、いろいろ試行錯誤してのライブだったが、土屋さんのアコギが、かなりスパニッシュな美味しい色合いを出してくれ、ウエちゃんのアプローチがより大胆不敵になってきたことにより(?、何と言っても、今回のティンバレスは大正解!)、今までよりも一皮むけた内容になったと思う。

 私は、結構どこのテイクを聴いても、大暴れで実に大人げない所もあるのだが、個人的にはこれぐらいのバカさ加減が面白い。今の日本には特に必要だ!なんてね。

 だって、名古屋や大阪ではものすごくウケてたしなぁ。たぶん、ライブ録音を聞き返して、自分の無邪気さに気づいても、それを全て反省して、クールダウンさせちゃいけない部分も音楽にはあるんだと思う。だから、この程度の興奮は許すし、評価するのでした。じゃんじゃん。

 続く、と。
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by harukko45 | 2011-08-25 18:18 | 音楽の仕事

おやじミュージシャン和田春彦の日記でごじゃる
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